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2009年12月24日 (木)

アフガン終わりなき戦場/第28回 米軍と『堕落論』(2)

 私などはかなりうがった人間なので、自分のしていることを正しいと考えることのほうが少ない。自分のしていることを「正しい」とか「正義」だとか言う人たちとは、彼らが何をしているにしろ、ウマが合うということは無い。一言で言えば私はへそ曲がりなのだ。
 そういう時に常にしつこく頭をもたげてくる本がある。
 坂口安吾の『堕落論』『続・堕落論』だ。
 人間堕落するなら「真っ逆さまに正しく堕落しなければならない」などと言い切るところが、気に入っている。
 ただ、『堕落論』の誤解を解く意味で書くが、別に安吾は人間が自堕落に生きなければならないと言っているのではない。

「人間。戦争がどんなすさまじい破壊と運命をもって向うにしても人間自体をどう為しうるものでもない。戦争は終わった。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。人間は変わりはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は落ちる」

 彼は戦争中には泥棒や不平を言うやつなどおらず、皆鍵もかけずに寝ていたと書いている。戦争とは非常に「健全」だったという。しかし、それは人間性とはかけ離れたものであり、そこから堕落しなければならぬ、と書く。
 安吾は生涯「人間」というものに固執した。私流の解釈で言うと、戦争中の「健全」な精神や、大義を語る、集団的な状態から、一つの「個」に人間を還元すべきだ、というものだ。
 安吾にとって戦争中の「健全」な人々の精神は、人間性とかけ離れたものとして見えた。
 そこから「堕落」し、人間性、ひいては「吾」を取り戻せと主張した。
 私がアメリカ軍で感じていたものも、やはり安吾の言う「健全」な精神であった。アメリカ軍の相互扶助の精神や、愛国心。どれもやはり人間性からかけ離れているのではないか、そう感じた。
 ただ、私がこの雑誌で「アメリカ軍の諸君、私は君らに堕落することを主張する」と言ってもせん無いことだ。もともと軍隊とは「個」を消して、「全」にする組織形態のことを言うのだ。
 ところで、安吾の言うとおり日本は正しく「堕落」することができたのだろうか。
 そんなことは無いだろう。「堕落」することもなかなかしんどく、厳しい道なのだ。どいつもこいつも、「俺は正しいことをしている」という顔ばかり。
 取りあえず、2009年ももう終わりだ。
 けれど、取りあえず来年の抱負くらいは書いておこう。

 「来年こそは真っ逆さまに堕落する by白川徹」
(白川徹)

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