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2009年12月 1日 (火)

アフガン終わりなき戦場/第26回 カブールの民家で(2)

 やにわに、ヘリのローター音が背後から巨大な音量で聞こえた。
 僕は振り向かないうちから、それが戦闘ヘリのアパッチだと感じた。
 アパッチは窓の外を、菩提樹の木をなぎ倒して、家のすぐそば地上1メートルをホバリングしている。暴力的なローター音が巨大な肉食獣のうなり声を連想させた。そのクジラのような巨体の先端には機関砲がぶら下がっている。
 その銃口は間違いなく私たちに向けれれていた。
 機関砲がババババと銃弾を発射した。
 窓ガラスが割れる音と同時に、視界が砂埃で遮られた。鼻孔に破壊された日干し煉瓦の粉塵が飛び込んでくる。
 僕は頭を抱えて、ソファーの上でうずくまっている。床に伏せたいが、体が硬直して動かない。頭が考えることを拒否し、脳が動くなと体に信号を出している。
 20秒ほど銃撃が続き、次にはあつらえた様な沈黙が訪れた。何も聞こえない。近距離で銃撃音を聞いたので耳が馬鹿になってしまったようだ。
 粉塵が重力に引かれて地上に落ちてくると、視界がだんだんと回復してきた。
 けれど、まだはっきりとは見えない。3人の女たちは無事のようだ。咳をしたり、目を手でゴシゴシとこすっている。上司は伏せていた床からもそもそと起きだし、ソファーに座りなおしていた。
 バンと右端の女性の後ろにあるドアが蹴破られた。ドアが床に倒れ、また粉塵があがる。
 塵が外部に吸い込まれるのと入れ違うように身を低くしながら、5人の兵士たちが素早く部屋の中に入ってきた。
 兵士たちの顔は濃い色の入ったゴーグルと、防塵用のマスクで覆われている。迷彩服の上に迷彩色の防弾チョッキを着、皆手にはM16ライフルを両手で抱えている。
 どの兵士もどのような顔をしているか分からない。ただ、巨大な体躯と手に持った銃が確実に残忍な方向性を持った物体であるということだけを僕に認識させた。
 兵士たちは壁にあるタンスをひっくり返し、またドアを蹴破り他の部屋に入っていった。部屋中の物という物が床にぶちまけられた。瓦礫の上に赤や黄色の服が放り投げられていく。時計が叩きつけられるように床に投げられ、電池がそこからはじけ飛ぶ。
 こいつらはテロリストを捜索している。
 次に、兵士たちがとった行動は僕にとって予想できるものだった。
 左端の若い女を一人の兵士がライフルで撃った。狙いもつけずに、道端の石ころでも蹴飛ばすような素振りで、限りなく自然に頭部を打ち抜いた。
 女はソファーから転げ落ち、床に体躯を広げた。
 血が円状に床にぬるりと広がっていく。とても濃い血。画材店で赤の絵の具の棚の一番右に並んでいるような濃い赤だ。
 もう一人の若い女も撃たれた。床にどさりと大きな音を立てて倒れる。ヘジャブが真っ赤に濡れている。ピクリピクリと手と足が動いている。
 そこに、兵士がもう一撃を頭部に加えた。脳からの信号が絶たれ、彼女は動かなくなった。
 僕は絶望的な気分で上司の手を握った。誰かの手を握るなり、抱きつくなりしなければ気が狂いそうだった。
 上司の顔を見ると、緊張は浮かんでいるが、平静さを装った顔が見て取れた。僕の手は汗で湿っていたが、上司の手は冷たく乾いていた。

「大丈夫だ。連中がジャーナリストを殺すことはない。じっとしていろ」
 
 僕は、服の中に入れてある記者証をまさぐった。大丈夫だ。これがあれば僕は殺されない。これさえ服の上に出しておけば、撃たれることはない。僕は誰にも悟られないようにゆっくりとした動きで、首から下げてある記者証を服の下から上に出そうとした。
 けれど、襟元のボタンをしめているせいか、いっかな服の上に出てきてくれない。これを出さないと次に打たれるのは僕だ。殺された女たちのことなどもう頭にない。僕はただただ狭い襟元から記者証を出すことに集中した。
 ふと左端の年老いた女と目があった。
 そこには真っ赤な憎悪の色が浮かんでいた。彼女の親類を殺した兵士たちではなく、一直線にその怒りと蔑みは向けられていた。これまでに一度も見たことがない、強い殺意を抱いた視線だ。
 僕は大声で叫んだ。
 
 僕はポーランド、クラクフの安ホテルの上で覚醒した。実際に大声をあげていたのだろう、薄っぺらい壁を叩きながら「うるせえ!」と言っている男の怒声が聞こえた。
 ベッドライトをつけると、自分の服がびっしょりと汗で濡れているのが分かった。よほど暴れたらしく、枕はベッドから2メートルも離れたところに飛ばされていた。
 フロイト学派の精神分析をしている人に申し訳ないほど、僕は夢を見ない。見ても年に1度か2度だ。だから、却ってこの夢は長く僕を苛んだ。
 アウシュビッツもマイダネックででも、うわの空だった。
 この夢から引き出されるのは、僕が「ジャーナリスト」として自分を特権化している、ということに尽きるのだろう。
 以前、先輩のジャーナリストにこう言われたことがある。
「ジャーナリストはあくまでも観察者。起きている出来事を正確に観察できればいい」
 
 観察者。
 
 僕は観察者なのだろうか。
 確かに僕がやってきたことといえば、アフガニスタンに行って見たことを下手な文章にして、たまにテレビでしたり顔で喋るくらいだ。
「ジャーナリズム」などとお題目を掲げても、今まで一人だってこの手で救えたことがあったのだろうか。
 たぶん無い。
 今後も無い。
 目の前で誰が殺されようと、記者証を免罪符のように掲げて、私はジャーナリストだ。見ているだけだ。観察しているだけだ。撃つんじゃない。責任問題になるぞ。とでも言うのだろうか。

 僕は夢の中だけででも、アフガン人たちと一緒に殺されるべきだった。

 もう2年も前になるが、講演会の後に、その主催者から出席者の感想文をもらったことがある。
 その中の一枚、こんなのが入っていた。
 
「人の不幸を食い物にしやがって。バカ野郎」

 僕は前回の取材で初めて自爆攻撃の現場に遭遇した。
 4階建ての解体中のビルで、二人が自爆。一人が自爆したほうがマシだと思うくらい殴られて警察に連行された。
 自爆した部屋では、血が床にバケツをぶちまけたように広がっていた。肉片が天井や壁にこびりついていた。
 僕はそれをカメラに収めることに集中し、現場を走り回った。他の記者たちに遅れまいと走り回ってインタビューをとった。
 けれど、そこに血の匂いを嗅ぎとることはできなかった。
 人がそこで死んだという事実を少しも肌で感じることができなかった。
 死んだ人も、殺そうとした人も、僕にとっては取材対象という、まるで食べられることが当たり前のようにテーブルに載っているステーキくらいにしか感じなかった。
 もし、人に人間として必要な何かを感じる、という臓器があるのなら、僕のそれは重大な疾患にかかり、機能を停止しているのかもしれない。いや、もう手術でその腐ってただれた臓器は取り除かれてしまっているのかもしれない。

 この仕事を続ける限り、僕は、たぶん、こんなことを考えながら取材をするんだと思う。
 僕は来年早々またアフガニスタンに行く。
 真冬のマイナス20度に達するカブールで難民たちを訪ねる旅だ。

 きっとまたあんな夢をみるんだろうな。
 そんな予感がしてならない。(白川徹)

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