アフガン終わりなき戦場/第26回 カブールの民家で(1)
僕はカブールの民家にいる。アフガニスタンの家では珍しく、西洋風の家具セットが置かれている。10畳ほどの漆喰塗りの壁の部屋に、少しすすけた花柄のソファーが、イスラム・カーペットの上に置かれていて、僕たち5人は向かい合って座っている。
僕と僕の上司が座るソファーの後ろには大きめの窓があって、気だるい昼の光が差し込んでいる。テーブルを挟んで、3人の女性がやはり花柄のソファの上に座っている。3人ともブルカは着ていない。鮮やかなスカーフを頭にまとい、無邪気な笑顔を浮かべている。
左端の女性は35歳くらいだろうか。顔には健康そうな皺が刻まれ、笑うとその皺が彼女の明るさを象徴するように深さを増した。その右に座っている二人の女性はまだ20歳に届かない程度の年だ。姉妹なのかもしれない。アフガン人らしいほりの深い顔。まるで2000年前に作られたギリシャの彫刻に色をつけたみたいに整った顔だ。
二人とも笑うと笑いじわが目じりに浮かぶ。女性の寿命が40歳前後のアフガニスタンでは、二人とも人生の半分を終えている。美しくいられるのは人生の中で、ほんの一瞬なのだ。
僕たちは何事かを話している。
何かは僕にはよく分からない。でも、明るい話題なのだろう。みんなよく笑う。上司がに僕の背中をバシバシと叩いて、キッキッ、と喉の奥から声を出して笑っている。
女たちも控えめに、でも、嘘のない笑いを浮かべている。
僕は、ああ、いいな。と居心地よく感じていた。時間も光も、時計のチクタクという音を離れて、ゆったりと流れている。
薄い天井を隔てて、ヘリコプターのローター音がかすかに聞こえる。でも、珍しいことじゃない。戦闘機が通ればガラスがガタガタ震えたりもするのだし。
僕は右端の若い女に話しかけた。
「ねえ、人生は苦しい時間と楽しい時間。どっちの割合が多いのかな?」
「もちろん苦しい時間。大体4割くらいはそういう時間」
「それだと、楽しい時間の方が多いじゃないのかな?」
「いいえ。『我慢できる時間』が5割5分。残り5分が楽しい時間よ」
そう言うと、彼女はうふふと笑った。この女は今僕と離している間、この時間をその5分に入れてくれたのだろうか。
僕はひどく悲しくなった。砂糖の入った緑茶を胃に流し込んだ。お茶はグラスから無くなったけれど、まだ砂糖は底に溜まっている。たぶん僕の人生の楽しい時間もこれくらいなんだろう。
僕は腰が悲鳴をあげるくらい捻って、後ろの窓の外を見た。まるで落ち込んだ演技をしたトム・ハンクスみたいに、しょぼくれた菩提樹があった。
僕は菩提樹に「ねえ、木も僕たちと同じで楽しい時間は5分だけなのかい?」と心の中で尋ねてみた。
でも、返事は無い。スクリーンの中で、落ち込んだトム・ハンクスはたいてい手のつけられない落ち込み方をする。この菩提樹も今は5割の落ち込んだ時間の中にいるのかもしれない。
空からは相変わらずヘリの音が聞こえ続けている。
ぶーーーん。
近づきも遠ざかりもしない。一定の音程と音階で、変わらず聞こえてきている。まるで東京の僕の部屋のポンコツ空気清浄機みたいだな。
「ねえ、あなたは結婚しているの?」
左端のおばさんが尋ねた。
僕は体を前向きに捻り戻して、膝に手を置いた。
「いいえ。していません。たぶん今後することも無いと思います」
「どうして?」
おばさんは、まるで十字軍の司令官の生まれ変わりに出会ったような目で僕を見た。
「できないからです」
でも、月に1、2回は会ってくれる人妻のガールフレンドならいます。とは口にしない。
「あなたは健康そうだし、肌も白いわ。どうしてできないのかしら?」
「人との距離感がつかめないんです。相手が自分と違いすぎると興味が持てないし、近すぎると憎んでしまいます。でも、相手に合わそうとするから、自分が何なのかが分からなくなるんです。そんな状態ではどこにも行けません」
「随分とややこしく考えているみたいね。私なんて前の夫は戦争で死んでしまったから、その弟と再婚したんだけど、うまくやっているわ。神様が助けてくださるわよ」
おばさんはそう言って、あなたが結婚できるように祈りましょう、と言ってくれた。
色んな人が僕のために祈ってくれている。東京では僕の無事をキリスト教のシスターたちが十字架に向かって祈っている。この叔母さんも祈ってくれている。田舎のお婆ちゃんも神社で祈ってる。
神様が集まりすぎて、喧嘩してるからうまくいかないんじゃないだろうか。なんか恐いな。(白川徹)
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