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2009年11月 4日 (水)

アフガン終わりなき戦場/第25回 番外編・ふられた僕がプラハで爆弾をもらうまで

 小説家の荻世いをらからこんなメールを受け取った。

今、名古屋です。

案の定、逃げられましたか。
君は、空気、読めないからね!
是非読もう、空気!
多くの人が、僕みたいに、器が広いわけじゃありません。
どこ行っても、おちょこの世界ですから、君には、生きにくいよね。

 きっとそうなのだろう。ああ、そうなのだろうともさ。
 いっそ死ねればいいのだけれど、死後の世界も神も信じられない僕は汚れた我が身を引きずって生きていかねばならぬ。死ぬのが怖いのです。僕は死後の世界を信じるにはすれすぎているし、神を信じるには自分を頼りすぎている。
 カフカは人生の途中からユダヤ教徒としての自分に目覚めた。彼は理解されない自分を、宗教の中で救いを見出すことができたのだろうか。そうは思いたくないのだけれど。
 ところで、カフカは生まれ故郷のチェコであまり人気が無いのだと、博物館のおばさんが教えてくれた。カフカはチェコ生まれのユダヤ人で、小説もドイツ語で書いた。チェコ人の民族意識の上では、間借りしていただけの異邦人でしかないのだろう。
 死んだ後でも、故郷では賞賛を受けることがないのだ。カフカらしいと言えば、それまでなのだが、あまりにも報われないのではないだろうか。
 
 夜のプラハの街を歩く。
カッコウをつけてお洒落な薄っぺらいコートしか持ってこなかったので、寒さが文字通り体を突き刺してくる。鼻の先は感覚を失い、手は今にも凍傷にかかりそうなほど赤くなっている。
 カレル橋のたもとから、プラハ城を見るとライトアップされた町並みが宇宙船の中から見る星空を連想させる。ヴルタヴァ川を挟んで見えるのは、街の明かりなのだけれど、不思議と人工的な感じはせず、自然が作り出したような力強さを感じる。闇が嘘を覆い隠し、本当のプラハを浮かび上がらせてくれた。
 誰かがプラハを「おとぎの国」と呼んだけど、僕にはそれ以上に呪術的に見えた。
 大自然を前にすると人間は本能的に自分の存在の小ささを実感させられる。僕もそんな気分になっていた。

 ふいに水面からぽちゃんという音がした。あたりを見回すと、40台くらいだろうか、浮浪者の男が、音のした地点にむかって何かぶつぶつと呪詛の言葉を吐いている。彼が川に何か投げ込んだのだろう。
 僕もポケットから適当に、一番最初につかめたものを川に投げ込んだ。たぶんライターだったと思う。投げてから水面に到達するまでずいぶんとかかった。一秒くらいなのだけれど、30秒くらいに感じた。聞こえてきた着水音は、男が作った音よりはずいぶんと威力の無い音だった。
 すると、男が僕のほうにやってきて、ぶつぶつと何かしゃべりだした。僕に向かってではない。僕と彼の間の虚空にむかって喋っている。顔を間近で見ると鼻が随分高く、寒さで真っ赤になっている。僕よりは随分背が小さい。落ち窪んだ目は、僕の背の高さからだと覗くことができなかった。彼はドワーフなのかもしれない。
 男は僕に一塊の何かを差し出した。手に持つと、木でできているようで随分と軽かった。暗くてよく見えなかったが、その木からは幾十本も毛が生えているようだった。
 投げようか迷っていると、元気出せよ、とでも言うように、ポンと肩に手をあてて男はどこかに行ってしまった。

 地下鉄に乗って、電灯の下で男からもらった塊を見た。
僕はしばらく呼吸ができなくなった。
それはチェコ人形劇の、あやつり人形の頭だった。尖った鼻と、苦痛にゆがんだ目を持った悪魔の人形だ。男は悪魔の人形の首をもぎ取り、体だけをヴルタヴァ川に投げ込んだのだ。
 地下鉄の無機質な車内で、僕は爆弾をポケットに忍ばせているテロリストのような気分になった。事実、これは爆弾なのだ。
僕はドキドキしながら、それを部屋まで持ち帰った。妙な罪悪感がその頭から発散されていた。
 僕はその人形の頭を今でも大事に持っている。(白川徹)

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