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2009年10月29日 (木)

アフガン終わりなき戦場/第24回 番外編・ふられた僕がプラハで爆弾をもらうまで

 観光客の多い通りを避けながら、道を選ぶ。プラハの街はまるでカラー映画を無理にモノクロに落としたように不自然に陰気で、ゴツゴツと突き上げる石畳の感触が僕を憂鬱にさせた。プラハに限ったことではないが、ヨーロッパの観光地なんてこんなものだ。歴史的に重要な場所は全て観光客向けの店に埋もれ、歩いているのも観光客だけだ。まるで街ごとディズニーランドである。巨大なテーマパークだ。本当はそこにあったはずである人間の営みが、上から石膏で固められ、まるごと隠されてしまう。あまりにアンリアルな光景と、無遠慮に笑いながら歩く観光客たちの人いきれで、ものみなひしゃげて眼に写り、僕はまっすぐ歩くのも困難な体たらくである。

 プラハ城からフラフラと人通りの少ない通りを歩いていくと、フランツ・カフカ博物館があった。吸い込まれるように入ると、カフカ直筆の手紙などがおいてあった。
 妙に安っぽい普請の建物の中で、僕はカフカのハンド・ライティングを凝視した。書きなぐるように書いているのだろうか。スラスラと感情無く書かれているのだろうか。それとも、引きずる様に書かれているのだろうか。僕には判断がつかなかった。ただ、思ったよりもきれいに書かれていた。けれど紙の各所にインクがポタポタとたれていた。時間をかけて書く人なのかもしれない。
 カフカは生前まるで評価されなかった作家だ。家族とも折り合いが悪く、30歳のときに婚約した女性とも一緒になれなかった。保険局の役人と小説家の二束のわらじで、孤独と人間関係失調症の上、40歳で寂しく息を引き取った。彼も、観光地化される前のこのプラハを歩いていた。この陰気な街で彼は何をどう感じたのだろうか。僕と同じ気持ちで歩いてくれていればいいのにな、と思った。

 僕はあまりカフカの小説が好きではない。彼の小説の中に人間的な共感を呼ぶものがひとつとして感じられないのだ。僕の勝手な所感だけれど、カフカはある時点で他の人間に自分の考えを理解してもらうことを諦めたのではないか、と思う。人間だもの、彼だって理解してもらいたかったはずだ。けれど、どこかでそれを諦めざるを得ない、というような一種の悟りに達したのではないだろうか。

 僕は、自分の書くものをそうだと言えないでいる。僕はいつでも、道化を演じてでも、何とか人間の根源にあるものを引き出したいと考えている。成功しているとは言えないが、少し投げやりになっているとも言えるが、どこかでまだその希望を捨てずにいられないでいるのだ。
 安っぽく大仰に言えば、人間の相互理解の希望から抜け出せないでいるのだ。

 実は、と構えて言うほどのことでもないが、このヨーロッパ旅行に一緒に来た女性にイタリアで逃げられた。イタリア、フランス、ドイツ、ポーランド、チェコ、と一緒に旅するはずだったが最初の国で彼女を失ってしまった。
 あらゆる意味で、僕が悪かったのだが、原因を言えば、僕が自分という殻から出てくることができず、その苦しみに耐え切れず、己が醜い面を最後の一滴まで搾り出してしまったのだ。
 錯乱した挙句、泣き落としや卑怯な説得も試みたが、結局は全てがあるべきところに落ち着いた。

 僕はその後ひどい神経衰弱に襲われた。何を食べても味を感じず、どんな強い酒でもジュースのように飲めてしまうのだ。味覚がなくなってしまった。眠れないのだから酒をあおるが、2時間もすると目が覚めてしまう。己が宿痾の正体を見れまいかと、朝までベッドの上を転がり続ける。もうろうとした意識の中でただただ、あらゆる身の回りの人の幻影に許しを請い続けている。

 僕は、腐った臓物のような脳みそを抱えて、プラハのキオスクで新聞をひとつ買った。英国のガーディアン紙だ。目のピントがなかなか合わず、最初はうまく頭に入ってこなかったのだけれど、そこには「アフガニスタン大統領選挙、決選投票に」と書いてあった。
ああ、何てことだろう、と私は口に出した。いよいよ眩暈が足にまで来た。これでカルザイ側のパシュトゥーン人とアブドラ側のタジク人やウズベク人の間での亀裂が決定的になるだろう。ややもすると民族間の紛争につながりかねない。
 選挙で不正があったのは事実だ。僕はこの目でそんな事例を山ほど見てきた。でも、何としてでも、不正を飲み込んででも、軟着陸させるべきだった。
先進国は選挙に不正があった、と声高に言うけれどアフガニスタンでまともな選挙ができるはずがないじゃないか! 彼らは「選挙に不正があれば、国民の信任が得られない」と言うけれど、アフガニスタンの実情を知らなすぎる。
アフガン人で選挙が正当なものだと思っている人なんていないのに。選挙、というシステム自体に疑念や怒りをもっている人が多いのに。
 アフガニスタンと先進国の関係って、一方通行だ。外国は「これが正しい」と自分たちのやり方を絶対的に正しいものとして押し付ける。相互的な意思疎通も、理解もあったものでは無い。

 ああ、でもそれは僕も一緒だ。僕と彼女の関係ってそうだった。僕が欧米の側で、彼女がアフガニスタン。僕はいろんなものを押し付けたし、自分の都合しか考えていなかった。もっと言えば、己が醜さにまったく気づいていなかった。
 意思の疎通、それを心から望むのだけれど、それができない人なんだ。善意なんだけれど、押し付けがましい、独りよがりな、他人を理解できない独善者。

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