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2009年9月 8日 (火)

●サイテイ車掌のJR日記/初秋親子百景

○月×日
 秋刀魚1本88円、安いからと2本買った。他には大根、かぼちゃ、人参、ごぼうにトマトといんげん。それに鳥肉、豆腐、油揚と納豆。あとは缶ビール6本入りパックなどなど、いつものスーパーで大量に買い込んだ。
 その帰りに、タバコを買い忘れたなと途中のコンビニに寄ろうと自転車を止めると、前カゴの荷物が重すぎてバランスが悪かったのだろう。いつもはそんなことにも慎重な私なのに、店に入いるのと同時にバッタンと倒れてしまったではないか。
 いやあ、もう大変であった。歩道に缶ビールはあちこちゴロゴロ転がるは、ミニトマトはパックから飛び出し一個ずつコロコロ散らばるは、なんと、秋刀魚は刀の字の如く、鋭く尖った頭がビニール袋を突き破って泳いでいる……、ん!? それはないけど、とにかく焦って、すぐに自転車を立て直したまではよかったが、しかしまぁ、いったい何から袋に入れ直したらいいのかと一瞬パニック。
 通りすがりの心ある妙齢のご婦人が「あらあら、おにいさん」と手伝ってくれたのには助かったが、何だか家の晩のおかずを全て見られてしまったようで、恥ずかしいったらなかったのだ。

 さて、乗務中の話だが、某駅を発車させ、いつものように列車とホームの前方の安全確認をしていると、お母さんに手を引かれた3才くらいの坊やのTシャツの背中の文字が目に入いり、唖然としてしまったのであった。
 それは、縦2列の大きなカタカナで、ハッキリと確認出来た右の1列には、なんと、「ステゴ」と書いてあったからだ。ナヌッ!? 「捨て子」だなんて。う、嘘だろ!! と、一瞬、そんな服を売る店も店だが、それを着せる親も親だと、そんな世の中を憤慨したものの、その親子の後ろを歩く人がじゃまで見えないもう1列にはいったい何と書かれてあるのかと気になって、電車が親子に急接近した追い越しざまにキビシク確認すると、私はガクッとこけそうになった。
 だって、「ザウルス」なんだもの。私は坊やをチラッと見ると、Tシャツの前面には大きな恐竜の絵があり、「やれやれ」と納得。ホッと一安心しながら前方確認を終え、過ぎ去った駅に身体をクルリと向き直すと、腕を一直線に伸ばし「後方オーライ」と指差喚呼。バイバイね、坊や。
 また、ある日の車内ではこんな光景を見た。1才くらいの子をお母さんがおんぶして、お父さんは吊革につかまり車窓の景色を眺めていた。その子はずっと愚図りっぱなしで、ふんぞり返るは、お母さんの髪の毛を引っ張るはで、時折激しく泣きじゃくる声は乗務員室にまで聴こえてきた。
 それを見かねたお父さんは漸くチェンジしてくれだっこしたが、収まる気配は一向にない。
 ふと、私は何か変だなと違和感を覚えた。それは、やっと解放されたはずのお母さんが、お父さんのあやすリズムに合わせてさっきまでのおんぶの動作をがに股のまま続けていたからであった。
 私は微笑ましいと思いながらしばらく様子を窺っていたのだが、お母さんは自分の不自然さにハタと気づいたのであろう。その動作をピタリと止めたかと思うと、回りを気にしながら恥ずかしそうに俯いてしまったのだった。
 分かる、分かるよお母さん。夜中だろうが1日中おんぶにだっこであやし続けて、そのリズムが身体中に染みこんでいるのだろう。すぐには抜けるはずないよね、お疲れさん。
 ところで、田舎のおふくろだが、横になったり起きたりの繰り返しで、全く元気がない。何をしてもすぐに忘れてしまうこの病気は快方に向かうということはない。
 それでも喜怒哀楽はある。だから一瞬でもいいからできるだけ喜んでくれればそれでいいと思っている。
 だから、帰省出来ない時はせっせとハガキを出したり、誕生日などの何かの記念日には花を送ったりと、思えば、私がやっていることといったらおふくろが病気になった4年前と何も変わってはいないのだ。
 こうして、つい最近になり、おふくろとの思い出を辿っていくことが多くなった。すると、何とも奇妙な事実が浮かび上がり、それには私も驚き、愕然としてしまったことが一つだけあったのだった。
 このことは、これまでには全然気にもしていないことだった。また、何とも思わなかったし、深く考えることすらなかったことだ。本当に、たった今気付いたことなのである。
 それは、一般家庭から見れば「それっておかしいよ、変だよ、そんな家族ってありかよ」ということであり、私自身も異常なことだったと(今)思っている。
 回りくどくなったが、単刀直入に申し上げる。『私はおふくろと食事をしたことがない』。厳密にいえば、世間話などをしながら一緒に食卓を囲んだ記憶が殆どないということだ。
 私自身信じられないことだから、比較的新しい時期のこと、すなわち私が田舎から東京に出て来て、たまに帰省したときでも、なるほど、そういえばやっぱり一緒には食べていないということに気付く。
 ならば、その時におふくろはいったい何をしていたのか。食卓と台所を行ったり来たりなのである。まず、じっとしていることがない。ただただ忙しそうに動き回っているのだ。もちろん私は「ゆっくり座って皆と一緒に食べようよ」という。すると、「美味しいですか? よかった、よかった」とニコニコ見ているだけで、台所に引っ込んでは私の酒や別のものを用意してくる。
 おふくろの性格だといってしまえばそれまでだが、私が子どもだった頃からずっとそれが当たり前で来たから何とも思わなかったのだと思うが、結局私は自分のことしか頭になかったのだ。「座って」とおふくろに声を掛けたのもうっとうしくて落ち着かないからであり、おふくろの幸せなどこれっぽっちも考えていなかったのだろう。
 何もかも遅すぎたが、今になって様々なことが頭を過ぎる。おれはもしかしたら捨て子だったのではないか、おんぶもだっこもされたことがなかったのではないか、そんなわけないか。
 いずれにしても、とんでもない家族だったわけだが、今さらそんなことを考えてもどうしようもないことなのだ。
 さぁ、秋刀魚だよ今晩は。秋だよな~……。(斎藤典雄)

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