●ホームレス自らを語る 第40回 派遣社員をしていた/浜野浩一さん(44歳)
ホームレスになる前は、派遣社員をしていたんだよ。いや、去年9月の経済危機による派遣切りとは関係ない。オレの場合は、いまから3年前に登録していた人材派遣会社が倒産して、それで仕事を失うことになったんだ。そのあとしばらくはネットカフェを利用して暮らしていたが、ナイト割引きを利用しても1泊1000円はかかるし、食事代も必要だからさ。だんだんに金が尽きてきて、野宿するしかなくなってホームレスになった。野宿するようになって1年半くらいになるよ。
いまの派遣社員は毎日違う工場に派遣されたり、日によっては仕事がなかったり、かなり変則で不安定な働き方をさせられているようだよね。だけど、オレたちが派遣で働いていた頃は、派遣先の業種がだいたい決まっていて、それも同じ工場で1ヵ月間の契約で働いていたんだけどな。
オレの場合は自動車メーカーのラインの仕事が多くて、日本の3大メーカーのT社、N社、H社の工場によく派遣された。派遣中は工場の寮に入れた。
ところが、3年前に登録していた人材派遣会社が倒産すると、たちまちクビを通告されて、寮を追い出されたんだ。昔は労働者の権利はもっと強かったと思うけど、派遣切りはボロ雑巾でも捨てるみたいに簡単だからさ。人材派遣法なんて悪法をつくた政治家たちを恨んだよね。
それからずっと新しい就職先を探しているけど、いまだにどこからも雇ってもらえないからさ。
オレが生まれたのは昭和39(1964)年で、埼玉県大宮市(いまのさいたま市大宮区)なんだ。
(実は浜野さんが路上生活をしているのは、JR大宮駅西口のペデストリアンデッキの下である)
うん。大宮は生まれ育った街だけど、実家があったのは東口側だからさ。いまだに親戚とか、友人とか、知り合いに見つかったことはないね。
実家は八百屋をやっていたが、祖父と父親の二人だけでやっていた個人商店だから、それほど繁盛してたわけじゃない。祖父が始めた店で、父親はイヤイヤながら手伝わされていたようだ。祖父が亡くなると、すぐに店を畳んでしまったからな(笑)。
オレは中学校を出ると、火災報知器メーカーの下請けをしている町工場に就職した。仕事は製品カバーを成型加工してつくる板金工だった。工場は上尾にあって、大宮の隣町だから通えないこともなかったが、工場に寮があったから寮に入った。
その工場には10年くらいいたんじゃないのかな。辞めることになったのは、人間関係の縺れだね。同僚の工員にイヤなヤツがいて、オレの言動に何だかんだと理屈をつけは、突っかかってきてね。それが鬱陶しくて辞めることにしたんだ。
それからは池袋の手配師の紹介で飯場に入って、建築工をやったり、土工をやったりするようになる。仕事は何でもやったよ。建築工だったら、トビから、配筋工、型枠バラシ工、コンクリート工、コンクリート仕上げの左官まで何でもやった。土工のほうもたいがいのことはやったな。
名のある建物では「浦和ロイヤルズパインズホテル」「浦和市民会館」、それに東北・上越新幹線の上野―東京間の工事にも参加した。そうそう、御徒町駅近くで陥没事故を起こした工事だよ。このときのオレは配筋工で参加していたんだな。
飯場仕事も10年くらい続いたんじゃないかな。こういう現場作業に従事しているのには、ギャンブル好き、酒好きの怠け者が多いんだが、オレは真面目だったからね。一つの現場が終わると、休まずに次の現場に出て働いた。ギャンブルもたまにパチンコをやるくらいで、競馬や競輪には縁がなかった。酒も飯場で夕飯のときに晩酌を少しやる程度だった。女遊びもしなかったしね。ホント、真面目なもんだったよ。
結婚はしなかった。男ばかりの職場で、結婚しようにも相手の女性がいなかったし、何より面倒臭いというのが先だったな。
飯場仕事をやめたのは、バブル経済が弾けて仕事が極端に減ったからだよ。いくつもの飯場もつぶれたしね。
それで人材派遣の会社に登録して、自動車メーカーの工場で働くようになったのは、さっき話したとおりだ。
ホームレスをするようになったのは、1年半くらい前からだね。夜もこのベンチに寝ている。このベンチはオレの指定席になっているんだ。
この街でホームレスをしていても、新宿や池袋なんかのように炊き出しとか、差し入れとかはないからね。ここでは自分の食いもんは、自分で調達しないといけないから楽じゃないよ。オレは時々アルミの空き缶拾いをして現金に換えているが、この不況でアルミも値下がりしているから、それで食い扶持を稼ぐのはきびしいよ。
そうまでして大宮に留まっている理由かい? まあ、この街で生まれ育ったからね。最初の町工場も、飯場での仕事も、この界隈の仕事が多かったし、この街に愛着があるんだな。大宮の街が好きなんだよ。
これからのこと? オレもまだ44歳だから、一日も早く再就職先を見つけないとね。いまの日本経済は最悪の時期だけど、そのうちにきっといいときがやって来るよ。そう信じてないと、ホームレスなんかやってられないからね。ホントにさ。(神戸幸夫)
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