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2009年9月21日 (月)

ロストジェネレーション自らを語る/32歳・男性・漁師・正社員(後編)

(後編)
 島から大学に戻って、またアルバイトとスキューバダイビングの日々を過ごしました。就職活動は3年生からはじめました。平成13年度新卒で、超氷河期といわれた頃です。僕のまわりは就職自体はできたんですが、希望の職に就ける人はなかなかいませんでした。僕は教員になりたいと思っていたんですが、教育実習に行ったときに「ガキがガキを教えちゃいけないな」と感じていました。一回社会人になってからじゃないと、人を教えるということはできないんじゃないかなと。私立高校から教員のお話があったんですが、悩んだ末にそれは結局お断りして、教育関連会社に就職しました。

 そこは厳しい営業をやらされる企業でした。でも僕には合っていましたね。部活や漁師体験で体育会系のノリには慣れていたし、裁量権が全部与えられていたので自由に動くことができました。お給料も良かったんですよ。基本給プラス歩合制で、1年目は500万円ちょっと、2年目は1000万弱の年収がありました。
 4年半で辞めてしまうんですが、理由としては率直に言って仕事内容に飽きてしまったということに尽きます。営業テクニックを知っていると普通にしていても稼げてしまって、そうすると面白くないんですよ。この先、10年経っても同じ職場にいるのかなと想像すると、それはしんどいなと思って。辞めてまた漁師をはじめました。お金には困っていなかったので「無給で結構です、飯だけ食わしてください」と、学生時代のツテで置いてもらいました。そして色々な場所を転々としながら、基本的には海沿いに住んで漁師をやっていました。

 漁師生活も1年が過ぎた頃、知り合いから引き合いが来て中国情報を配信する会社で広告営業の仕事をするようになりました。消費者相手の営業に飽きて、今度は企業間の取引に関わりたいと思っていたので丁度良かったです。最初は派遣だったんですが、数ヵ月してから頼んで直契約にしてもらいました。売上さえ持っていれば問題ないので、14連休とかしちゃってましたね。でもそうやって暮らしていると社会性がどんどんなくなってくるような気がして、このままじゃまずいかなと感じるようになりました。そしてその仕事も2年半で辞めて、また1カ月くらい海に行きました。
 その後は、広告の仕事を続けてやってみようと小さな広告代理店に正社員で入社したんですが、そこはあまり自由に動かせてもらえず、5ヶ月で辞めました。そしてアジア関連情報を発信する今の会社にまた広告営業で移って、しばらくいる、という現状です。

 結局僕は年収にかなり変動のある人生を送っているわけですが、その中で見えてきたのは、年収1000万でも、200万でも、ストックがなければ結局同じだということです。4年半いた最初の会社では、めいっぱい稼いでも使い尽くしてしまって貯金のない人達をさんざん見てきました。すると稼げなくなったときに、あっという間に没落する。幾らあってもお金に使われてしまえばおしまいです。
(後編終わり)(聞き手:奥山)

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