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2009年9月22日 (火)

ロシアの横暴/第24回 ロシアがチェチェンのわがままを許すワケ(上)

 2014年冬季オリンピック開催地のソチで夏休みを過ごしてきた人の話を聞いた。それによると、となりに火薬庫といわれるカフカスがあるのにテロの影は全く見えず、経済危機などみじんも感じられず、ゆったりと休暇を過ごしたそうだ。
この手のみやげ話は外国からの観光客によくある。彼らは観光コースに従って表だけしか見られないから当然のことだ。だがこの人は現在日本に暮らしている黒海沿岸地方出身のロシア人女性である。ロシア政府のプロパガンダ要員ではないから多少の誇張はあるとしてもウソではないだろう。
 実はロシアはソ連時代から素顔が見えにくい国である。いいところだけを見せたがる「ソ連式プロパガンダ」のせいだけではない。ロシア人の思考回路を表現するのに「ロシア人はあることを考え、それについて語るときには別のことを言い、さらに実際の行動はまた別」というのがある。どれが本音なのかわからないが、ロシア人同士だと不思議と分かり合えるようだ。

 さてソチをはじめとするロシア各地が潤っているかどうかの前置きは別として、インターネットニュースではまた別のうわさ話が流れてきた。
「カディロフ・チェチェン大統領がヨーロッパのいくつかの国に、チェチェン政府代表部を開設する意向」
 ロシアとチェチェン対立の歴史からみれば度肝を抜くような話である。
 政府代表部というのは国家規模でいえば領事館のようなもので、国外で暮らす自国民の保護や便宜をはかることを主な仕事とする。チェチェン政府代表部が開設されればチェチェン人の出入国関連業務がここで行われるので独立国家とほぼ同等の扱いになる。
 奇想天外なことを言うのはカディロフのいつもの癖としても、独立宣言も同然の新提案をロシア政府が容認するはずがない。
 しかしロシア側はこのまさかの話を認める方向だという。
 この類の噂話といえば今年4月、ロシア軍撤退に伴ってひょっこり現れた国際空港開港がある。この計画案はすぐに消滅したから今回の代表部開設話も同じ道をたどるかも知れないが、火のないところに煙は立たない。何かありそうだ。

 そこで煙の源である「国際空港開港」にさかのぼってみよう。
ロシア軍撤退の理由は「武装勢力はほぼ撲滅したのでロシア軍の駐留は必要がなくなった」となっていた。これはロシア側・チェチェン側双方の一致した見解で、特にカディロフ大統領は「武装勢力は山岳部に70人ほどを残すだけだから4月いっぱいには全部片づける、片づけたのちには国際空港を開き、諸外国との交易を進め、若者に仕事と夢を与える、と意気込んでいた。
 ところが両隣のイングーシ・ダゲスタンで撲滅したはずの武装勢力が大暴れをし始めた。そんな物騒なところに就航するエアラインなどなく国際空港話は立ち消えになった。
消えた煙のなかから今度は「チェチェン政府代表部開設話」が立ちのぼってきた。ロシアはチェチェンに手を焼き、振り回され、消耗しきってもはや統治できないところまできていることを伺わせる。
 戦争が始まって15年、ロシアがどうやってもチェチェンの独立を認めたくないのは石油資源もさることながら、もし独立を認めればそのほかの共和国も片っ端から独立してかつてのソ連崩壊のようにロシアは分解してしまうからだ。ここで独立同然の「政府代表部開設」を認めれば他の共和国も雪崩を打って「代表部開設」を言い出すのは目に見えているのに容認するのは何故だろうか。

 チェチェン政府には他の共和国にない「強み」がある。それは戦争で国外に逃れた膨大な数の避難民である。正確な数は不明だがヨーロッパだけでも20万人はくだらないと思われる。彼ら避難民は故国となんらかのコンタクトを取りたければ、「いやなロシア大使館」の窓口に出頭しなければならない。ロシアからの弾圧を怖れて偽装パスポートを使って移住してきた者は当然出頭しない。チェチェン避難民は野放し状態になっている。
(偽装パスポートについて補足すると、実際には正式のパスポートである。おかしな言い回しだが、パスポート発給窓口が「別料金」で発給を請け負ったものである。正式な窓口で発給されたものだから偽装パスポートとは言えない)
 この「強み」は他の共和国の追随を許さない。チェチェン以外の自治共和国――たとえばタタールスタン、バシキールスタンなどからの避難民はいないからだ。「戦争で離散し、ロシア領事館に出頭できずにいるチェチェン人の保護」がこの提案のウリである。このことだけでも他の共和国からの代表部開設要求は却下できる。
 だがチェチェン側の提案は奇妙なことに「チェチェンはロシアに留まったまま、ヨーロッパに代表部を開設する」となっている。これでは独立志願の他の共和国は追随できまい。ここでチェチェンの「強み」をさらに上乗せするのは隣接する「ロシアが独立させたロシア丸抱え独立国家」の南オセチア、アプハジアの存在である。ロシアはチェチェン共和国に対し、「代表部を出すならもう独立と同じだから年金も公務員給与も自分でやれ」とは言えなくなる。ロシアはいままでどおりロシアの年金法にしたがって年金を払い、公務員の給料を払い続けなければならない。(川上なつ)

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