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2009年8月10日 (月)

書評『本は志にあり ~頑迷頑迷固陋の全身出版人』 西谷能雄(松本昌次・編)

32273029  良い本を作りたいと思わない出版人は皆無だろう。心底から惚れ込んだ著者と文章を、最高の編集と最高の装丁で世に出したい。その本が最高に売れてくれれば話は簡単だが、多くの場合、そうはいかない。だから売れるテーマを追いかける。売れる著者を追いかける。そうしていくうちに、本来作りたかった書籍の有り様が心の中で擦り切れていってしまう、そんな経験をする編集者は多いはずだ。
 出版社「未来社」の創業者、西谷能雄は、生涯を生粋の出版人として闘い続けた人である。なにと闘ったか。本をモノ化する企業体質、錆びていく出版流通、出版人の理想を阻む全てと闘った。この本は、西谷のエッセイや丸山眞男氏らとの座談などを収めた伝記的書物だ。

 話の焦点はまず、西谷が未来社を創業した動機にあつまる。西谷ははじめ、すぐれた法律関係書の出版で有名な弘文堂に勤めていた。しかしその権威主義的な体質に反発し、社を辞する。きっかけは木下順二の『夕鶴』であった。『婦人公論』に発表された『夕鶴』に深い感銘を受けた西谷は、弘文堂アテネ文庫の企画に推す。しかしその頃、木下順二はまだ無名であった。かつ、戯曲は営業的に危険だと、企画会議で否決になってしまったのである。
 西谷は諦めなかった。実に10回もの提出を経ても壁は厚かった。しかし『夕鶴』の初演後、「毎日演劇賞」を受賞し大きな反響を呼んだことで風向きが変わってくる。最後の機会と企画会議に出したところ、「もし売れなかったら、一切の経済的責任は君が負え」とまでいわれ、遂にアテネ文庫に入った。生活を賭けた大博打である。しかし面白いように反応は現れ、版を重ねた。売れに売れたが、ここに独立への転機があった。

「それにしてもあれほど『夕鶴』の出版に頑迷だった人たちから一言の挨拶も出ないのはどうしたことだろう。私は静かに釈明をまった。が弁明の代りに要求されたのは重版の強要であった。万一売れないときの犠牲だけを強いて売れた場合に一言の挨拶もしない非人間的なやり口に私は唖然とした。こんな面々とつきあって青春をむしばむことの愚かしさをつくづくと考えざるを得なかった。」(p.222)

 ここから未来社の立ち上げとなるのだが、詳しくは本書を、西谷自身の言葉をぜひ読んでほしい。このはしりだけでも、西谷がどんなに出版を深く愛していたかが分かるだろう。
 未来社は戯曲など演劇系の出版から始まり、人文書や社会系を取り込んで今現在も良質な書籍を発行する出版社として活動を続けている。出版社には珍しく完全買切制だ。その事実にも、委託制度を基盤とする出版流通に大いなる批判を浴びせてきた西谷の思想が反映している。この会社が存在しているというだけで、出版の精神はまだまだ日本に息づいていると強く感じさせられる。

 本書には編者である元未来社社員・現影書房社長の松本昌次氏が書く西谷像もあり興味深い。魅力的な人間を360度楽しめる、濃度の高い本である。(奥山)

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