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2009年8月31日 (月)

鎌田慧の現代を斬る/第135回 政権交代を果たした民主党へ3つの提言

 8月30日の総選挙は民主党の圧勝で終わった。小選挙区で221議席、比例区で87議席、合計308議席を獲得。過半数となる241議席を大きく超えた。1週間前に新聞各紙がおこなった情勢調査でも民主党の300議席超えが報道されていたので、ある意味、予想通りの結果といえる。
 一方、自民党は改選前議席の40%となる119議席の獲得にとどまり、公明党と合わせても140議席にしかならない。政権を握ることで求心力を維持してきた政党だけに、この選挙結果によって党としての存続が危ぶまれる状況になったとの見方もある。惨敗だ。
 この結果からわかるのは、いかに自民党が嫌われていたかだ。市民生活は行き詰まり、もう出口のない状態になっていた。だから、とにかく空気を変えたいとの思いが選挙民に強かった。
 約1週間前、民主党の優位を聞いた塩谷立文部科学相が「高速道路無料化や高校無償化など、目先のお金に釣られて、そういう雰囲気になっているような気がする。ほかに理由が分からない」などと記者会見で語り、ヒンシュクを買った。
 また麻生首相も同時期に、若者に結婚資金がなく結婚の遅れが少子化につながっているのではないか、との質問に、「そりゃ金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことはしない方がいい。金がおれはない方じゃなかったけど、結婚遅かったから」などと答えている。
 この想像力のなさは、政治家として致命的だ。自分たちが進めてきた政策がどれだけひとびとを痛めつけたのか、まったくわからない。人が死んでも、なにも痛痒を感じていない。失言とも理解できない。
 こうした政治家たちの無神経さに、選挙民は米国とおなじようなチェンジをを突きつけた。とにかく変えたかった。選挙民のゴツンなのだ。
 本来なら細川政権が誕生した1993年に、自民党の命運は尽きていたはずだ。ところが、まだ自民党に幻想をもっていたために、決着をつけられなかった。結局、社会党と新党さきがけと一緒に自社さ連立政権をつくり、政権に復帰した。それから15年間、自民党はやりたい放題の政治をつづけてきた。自分たちが断崖絶壁に追い込まれているとわかっていても、修正する力はもうなかった。末路である。残ったのは派閥政治に明け暮れる古参議員と、親からの「遺産」だけを引き継いで新しい道にむかおうとしない世襲議員である。ついには適任の首相候補すらおらず、昔の大物政治家の子どもたちのたらい回しがはじまった。まるでいらないお中元を、ほかの家に回すように首相のイスが回されたのだ。
 首相の政権運営もまた、別の意味のタライ回しだった。サーカスで見る曲芸師が足でタライを回すごとく、危なっかしいアクロバットで日本の政治は回った。結局、回しつづけられなくなった麻生がタライを落としたわけだ。この15年間のロスは大きかった。
 今度こそ魯迅の言葉「水に落ちた犬を打て」ではないが、自民党政権がもう二度と復活しないように叩く必要がある。それで、ようやく腐りきった「自公時代」が転換する。民主のワンポイントリリーフでは仕方がない。民主党と社民党などの連合政権で、日本を変えていく第一歩にしなければ、政権交代の意味がない。民主党の大勝が憲法改悪への出発となったら悪夢である。

●断酒の中川も消えた
 自民党候補者の当落をみると、日本に新しい風が吹いたことがわかる。まずは3首相経験者に吹いた逆風である。
 海部俊樹元首相は民主党の岡本充功候補に約8万票差で敗れた。首相経験者が落選したのは、1963年の衆院選で敗れた片山哲、石橋湛山両氏以来となった。政治家として最高権力者にまでのし上がった者としては静かな落選だった。
 石川2区の森喜朗元首相は民主党の田中美絵子候補に小選挙区でギリギリまで迫られた。「姫のサメ退治」などともいわれた選挙区だったが、終わってみれば4469票差。自称キングメーカーだった「サメ頭」は、もう少しで民主党の元議員秘書に退治されるまで追いつめられた。「神の国」発言など、その見識の疑われる行動と発言は首相時代から問題になっていたが、首の皮一枚で残ったといえる。
 福田康夫元首相も薄氷の勝利だった。民主党候補にわずか1万1948票差まで迫られ、「政権投げだし」の影響を、やっと自覚したにちがいない。
 こうした首相経験者の落選・接戦は、彼らが依拠していた保守的な基盤が完全に壊れたことをしめしている。小泉元首相が「自民党をぶっ壊す」とぶちあげてから約6年。彼の大衆ギマンの「公約」は、裏切りにたいする有権者の怒りとともに成し遂げられた。
 元首相以外の大物自民党議員も、今回の選挙でかなり苦戦している。
 自民党落日の象徴は、東京1区の与謝野馨財務相の小選挙区での競り負けだろう。比例区で復活当選したが、小選挙区で負けた意味は大きい。財務・金融担当・経済財政担当相だった彼は、菅直人に「3つのポジションを兼ねるのは大変ではないかと心配している」と衆議院予算委員会でねぎらわれ、「1つぐらい代わっていただきたい」と軽口を叩いたが、1つどころか危うく政治生命まで差しだすところだった。
 政治資金のスキャンダルが解散前に報じられたが、それほど大きな話題にもならなかった。一方で経済政策の担当大臣としてテレビに出演する機会も多く、かなり顔の売れた実力者だった。あれだけテレビに露出しても負けた現実は、「風」が吹いたときの小選挙区制の恐ろしさを知らしめた。
 前回の郵政選挙で「郵政反対組」を追いつめた、「偉大なるイエスマン」こと武部勤元幹事長も、比例区で救われたものの小選挙区では民主党候補に1万4476票差で敗れた。北海道で強い鈴木宗男氏が代表を務める新党大地に切られたのだ。過疎地の郵便局が消えていく現実も、武部氏を直撃した。解散直後には「中央や党内の抗争ではなく、政権交代でもない。オホーツク武部党で今日まで政治家として生き残ってきた」と、元幹事長とは思えない発言で周囲を驚かした。結局、権力さえ握れればなんでもするという「イエスマン」体質が自らの政治生命を削ったといえる。
 落選は当然のスキャンダルを抱えて選挙に挑んだ候補者もいた。その筆頭は北海道11区の中川昭一元財務相。国際的にヒンシュクをかった、ローマでの酔いどれ会見が、自分に甘い二世の限界をみせていた。G7以前にも、酒に飲まれての失敗がつづいていた。本来なら、もっと前に議席を失っていい人物だった。選挙期間中に「日本のため、皆さんのために酒を断つつもりだ」と断酒宣言をぶちあげ、会場からは「よくいった」と拍手がわいた。甘えの構造だ。
 事務所費とばんそうこう膏疑惑で農水大臣を辞任した赤城徳彦氏も落選した。ただの顔のかぶれが大臣の辞任にまで発展した貧しいコミュニケーション能力は、言葉を操る政治家として致命的だ。二世議員として地盤を守ってきただけの存在が、改めて議員としての能力を問われた選挙といえる。
 福岡2区の山崎拓元党副総裁も民主党候補に完敗した。得票差は5万3161票。愛人スキャンダルによって、ハレンチな私生活を暴露された人物が国政に携わっていていいのか、という当然の疑問が、この選挙で問われたのだ。
 また長崎2区の久間章生元防衛相も民主党の女性候補に完敗した。防衛産業の山田洋行から接待を受けていた疑惑を隠し切れなかった。
 昔、自民党の大物議員であれば、少々のスキャンダルでも当選した。業界の締め上げもあり、選挙民が議員に逆らえないケースもあった。あるいは地元にカネを落としてくれれば、多少のスキャンダルにも目をつむろうとする雰囲気もあった。そうした選挙民と政治家との関係が崩れ、議員の資質にたいして選挙民が厳しい視線を送るようになった。(談)

全文は→「9.pdf」をダウンロード

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