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2009年8月27日 (木)

アフガン終わりなき戦場/第22回 語り出すタリバン政権の重鎮

 その男は私を慇懃に家に迎え入れた。握手をするとその手はゴツゴツと硬く、農具を持っていただろう跡があった。目からはなかなか警戒の色が消えない。恰幅の良い体躯に、ピッとした白いアフガン服。今は無きタリバン政権の重鎮、ワキル・アフマド・ムトワキル氏だ。
 カンダハールの農村で育ち、タリバン時代には外務省の長官にまで上り詰めた。外国メディアへのスポークスマンも務め、度々彼の記者会見が世界中で放送された。アメリカの侵攻後はバグラム空軍基地に収監され、03年に釈放された。現在、彼はタリバンとの関係を否定しているが、街では「アメリカから逃れる隠れ蓑さ」と実しやかに言われている。
 タリバンという存在は、アメリカ侵攻以来日々その形態を変化させている。誰もが「これだ」と自信を持って定義できない魑魅魍魎の様な存在になった。アメリカはそれに対して、2万1千人を増派し、武力で駆逐しようとしている。と同時に「穏健派タリバン」との対話も軸にすえた。
 オバマ政権のアフガン政策の目玉である「穏健派タリバンとの対話」について聞くと、「今は私はタリバンではないのだが」と前置きをして
「アメリカ侵攻後、『タリバン』という言葉の定義自体がが変わった。以前は『学生』という意味でしかなかったが、今は『自由と独立のためにアメリカと戦う者』に変わったのだ。戦わない者はタリバンではない。オバマ大統領は一体誰と対話するというのかね」と言う。
 また、タリバンの変化をこう指摘する。
「私のいた時代にはよく会議が開かれ、行動方針について話し合った。しかし、今のタリバンにはそれが見られない。今のタリバンは少数の集団で、一つの組織の統率の元に動いているわけではない。個々の『タリバン』が自立的に攻撃を仕掛けているように見える」
 それでは、タリバンとの交渉など不可能では無いだろうか。ムトワキル氏は現在のタリバンは組織といういよりも「主義」に近いと指摘する。それが、現在のタリバンの隆盛に関係していると言う。
「欧米はタリバンの大部分は金で雇われた傭兵に過ぎないと言うが、誰が金のために自爆攻撃をするのかね。『主義』で動くから、自爆までやるのだ。自分たちの文化と国を占領しようとする敵と戦うレジスタンスという意識だ」
 日本のPRT(リトアニア軍との共同作戦)への参加について尋ねると、ムトワキル氏は「日本はアフガニスタンの友人だと考えている」と言い、「愚かな選択だ。タリバンからすれば軍隊も支援部隊も一緒に見える。友人が攻撃されないのを祈るばかりだ」と続けた。
 タリバンは外国軍が最後の一兵までアフガニスタンを離れなければ止まらない。ムトワキル氏はそう断言する。ムトワキル氏の言うことを信じるならば、オバマ政権はアフガニスタンに対して大きな誤解を抱いていることになる。
 1839年のイギリスのアフガン侵攻に始まり、ソ連もアフガニスタンに戦争をしかけ、最終的には多大な被害を出して敗退した。アメリカも同じ轍を踏みつつあるのではないだろうか。
 ムトワキル氏の物言いには、不気味な説得力があった。(白川徹)

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