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2009年7月30日 (木)

アフガン終わりなき戦場/第20回 従軍取材で感じた住民の視線(上)

 今回のアメリカ軍従軍取材は、私の希望通りにならない点が多かった。むしろ、要望を完全に無視されたようなものだ。
 今回私は東部ホースト州での従軍を申請していた。しかし、従軍先は基地に来るまで教えられず、滞在先もRCイースト(東部戦線)の最大基地であるバグラム空軍基地に限定された。つまりニュース価値の高い地方戦線の取材はさせてくれないということだ。
 従軍を許可しておいて、希望の場所を取材させてくれないというのは腑に落ちない。私は前回の従軍取材で米軍を批判したのがバレたかな・・・と勘ぐっている。事実、在日アメリカ大使館の中には日本のメディアをチェックしている機関がある。新聞や雑誌を片っ端から英訳して本国に送っているとの話だ。

 前回の取材では米軍の傍若無人ぶりをテレビから新聞から雑誌でまでしつこく報道したのだから、目をつけられても当然だろう。事実を報道したことに後悔は無いが、「アメリカの報道の自由はその程度か!」と言いたくなる。先方としては、「住むところも飯も提供して、前線まで連れて行ってやったのに批判するとは、この恩知らず!」くらい思っているのだろうが。
 けれど、米軍はオープンな方だ。イギリス軍やオーストラリア軍は撮影した写真やビデオは徹底的に検閲すると、同業者から聞いたことがある。その点米軍は取材したものまではチェックしていない。私も軍事機密に関しては一度注意を受けたが、政治的な理由で写真のデータを消されたことは一度も無い。この辺りはアメリカの「自由な」気質が残っているのかもしれない。

 今回、私は基地周辺のPRT(地方復興支援チーム)の取材を行った。PRTとは軍の行う支援や、建設事業のことだ。現在駐留する40ヵ国の軍隊のほとんどが加わっている。2008年には民主党の小沢一郎元代表が自衛隊を派遣し、このPRTを行うと騒いでいた。その後、民主党の自衛隊派遣案は立ち消えになったが、今年から政府ゴール州チャグチャランでリトアニア軍に文民を派遣して行う形をとった。日本もPRTには実質的に参加しているのだ。
 私は米軍のPRT部隊と共に近隣の村に向かった。目的は基地周辺の村長たちと会合を持つためだと言う。装甲車3台が編隊(コンボイ)を組み、基地を出る。基地周辺は攻撃を避けるために道路が舗装されておらず、狭い装甲車の中で何度も頭をぶつけた。
 舗装路に入り、人がちらほら見え始めると、地元民が装甲車に目をやる。ただし、絶対に見つめることは無い。ちらちらと横目で、盗み見るように見るのだ。私も街中では同様にする。恐怖の対象であるが、同時に好奇心もある。そういう複雑な視線だ。
 私も見られる。
 道すがら、装甲車が自転車を轢いた。巨大な装甲車のサスペンションが少しだけ軋む。幸い誰も乗っていなかったようだ。運転をしている兵士が「オー!やっちまったぜ」とすっとんきょな声をあげる。わたしは車の後部に座っていて、遠ざかる12、3歳の少年の姿が見えた。恨めしそうな目が防弾ガラス越しに私に注がれている。けれど、少年もすぐに横目でちらちら見るようになった。車が走り、少年が遠ざかる。けれど、少年の目だけが頭に焼きついた。
 基地から一時間程度で小さな村に到着した。村人たちが兵士たちを遠巻きに見つめている。迷惑そうな顔を浮かべた老人もいれば、米兵に「1ドルくれよ」と手をすり合わせる少年もいる。(白川徹)

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