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2009年6月11日 (木)

使い捨て社会の構造を理解したい方に

Photo  以前、鎌田慧さんに「取材で九州の暴力飯場で働いていたんですよね?」と質問したとき、「取材じゃないよ」とボソっと話してくれた。ルポライターとして現場を書こうとは思っていたが、生活のためでもあったという意味だろう。
 当時の様子は『ぼくが世の中に学んだこと』(岩波書店)に詳しい。穴倉のような製鉄所の粉塵舞い上がる劣悪な環境、なんの希望も見いだせないまま繰り返される労働は、人間の大事な部分を少しずつ浸食していく仕事の恐ろしさを感じさせた。

 このように自らの生活を抱えて「最下層」の労働に飛び込んだ経験が、鎌田さんのルポに他にはない奥行きを与えている。例えば秋葉原の通り魔事件の容疑者について、『いま、逆攻のとき』(大月書店)で「もしも派遣の現場で働いていなかったならば、すくなくともあの悲惨な事件は起こらなかった、と断言できる」と言いきれるのは、絶望的な環境で働く労働者の気持ちがわかる鎌田さんだからだ。大手新聞社や出版社出身だったり、書き手としてすぐに雑誌ジャーナリズムの繁栄の恩恵に預かってきた多くのライターとの違いといえる。
 だからこそ生活保護者をやり玉にあげるような記事を書き連ねる記者に対して、「カサにかかって暴露するのには、記者が裕福な暮らしをしていて、生活感覚がない、ということがある」と、鎌田さんは指摘する。

 私自身、弱小出版社の底辺の労働者だと自覚していたつもりだった。だからこそホームレスから本音を聞けたなどとうぬぼれていた。しかし、この出版不況になってみて初めて、自分の認識の甘さを悟った。自分にとって貧困など、結局人ごとだったのだ。その立場に立ってみないと書けないことが確かにある。

 『いま、逆攻のとき』は、労働現場を中心とする日本の悲惨な現状を、歴史的な考察を込めて描き出している。外国人研修生の問題は新聞などにも報じられた。しかし、彼らが劣悪な環境の改善を求めて雇用主に逆らえば、たちまち国が「強制送還」し、支度金や渡航費などの借金で母国での生活が破綻する、といった事情まで言及した記事は読んだことがなかった。研修制度という表の顔を支えていたのは、借金で労働者を縛り付けた海外の派遣会社であり、絞りとらなければ損とばかりにギリギリの給料でこき使っている日本の雇用主であるという現実は重い。日本政府と海外と日本のヤクザ企業が手を組み、労働者から構造的に搾取している構図は、日本の派遣労働者が置かれている構図を根本的には同じだ。
 この本では、こうした構図をつくろうとしてきた人たちにも鋭い批判を浴びせている。例えば派遣労働を推し進めた八代尚宏・国際基督教大学教授に対しては、「複数の派遣会社に登録することで、それだけ多くの雇用機会を得るというメリットがある」という彼の一文を引き、「そんなに『多様化』が好きなら、高額の所得を得ている大学教授の地位をなげうって、「不安定就業」にほかならない非常勤生活の生活を送ってみろ」と書いている。
 自分の高給を省みず、企業や政府のために搾取される層を作りだす。そんな人々に対する強い怒りが、この本を貫いている。また、そんな人々に対抗する時代がきたことも、この本は教えてくれた。
 年越し派遣村の村長として大きく報道された湯浅誠さんとの対談のページでは、「経営者だって善人ばかりではいが悪人ばかりでもないわけで、経営者は経営者らしくきちんと弁(わきま)えさせるのは労働運動の役割です」と鎌田さんは語っている。これもまた名言である。
 日本の現状をきちんと理解したい人に、ぜひおすすめしたい。(大畑)

※『いま、逆攻のとき  使い捨て社会を越える』(鎌田慧 著 大月書店)
定価 本体1500円+税

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