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2009年6月26日 (金)

ホームレス自らを語る 第30回 新宿が好きで離れられない/石浜智憲さん(46歳)

 オレが生まれたのは、長崎県の崎戸町というところしい。だけど、もの心がつく前に一家で引っ越してしまったから、その町の思い出はなにもない。
 引っ越した先は東京の小岩(江戸川区)。オヤジはタクシーの運転手をしていた。ごく普通の暮らしぶりで、平凡な家庭だったと思う。小岩に移ってから妹が生まれた。きょうだいはふたりだ。
 オレが小学6年生のときに、オフクロが胃腸炎で亡くなった。オフクロは下腹部の痛みが続いていたのを、ずっとガマンしていたらしいんだ。医者に見せたときは手遅れの状態で、そのまま死んじまった。

 5年後にオヤジが再婚して、新しい母親がきた。だけど、もうオレも妹も高校生で微妙な年頃だったから、オヤジの再婚には猛反対だった。オヤジは「男が独り身でいると、いつまでも出世できないんだ」とか言って、オレと妹を説得した。そのオヤジがオレだけに「男の独り身は寂しいもんだ」と洩らしたことがあった。多分それが本音だろう。この歳になって、オレにもあのときのオヤジの気持ちがわかるようになった。あんなに反対して、可哀想なことをしたかなって……。
 オレは高校を卒業して、都内の印刷工場に就職した。大手印刷会社の下請け工場で、週刊誌の印刷が仕事だった。1日3交替制の猛烈に忙しい職場だった。発売日の前々日とか、ひどいときには前日にスクープが飛び込んできて、急遽記事が差し替えになって、2日間ぶっ続けで働かされたりした。そんなことがしょっちゅうだったな。
 印刷工場に就職して、実家を出て工場の寮に入った。オヤジが再婚してからは、とにかく家を早く出たかったからね。ところが、寮で同室になった仲間とうまくいかなくて、毎日ケンカばかりして、面白くなくなってきて工場は辞めちまった。22歳のときだ。

 それで新宿に移った。それからはずっと新宿。25年間、新宿を離れたことがない。
 最初に働いたのが、歌舞伎町のディスコだった。ちょうど最初のディスコブームのころで、開店前から店の前に客が長蛇の列をつくって並んでいたからね。そんな状態だったから客の可愛いコに便宜を図ってやったりすると、すぐに友だちになれて、オレもけっこうモテたんだよ。

 そのうちにディスコのブームも下火になって、喫茶店に移った。24時間営業の店で、ウエーターをやったり、カウンターに入って働いた。じつは、この店のオーナーが暴力団でね。給料が約束通り払われなかったり、すごく遅配されたりいいかげんな店だった。
 それに暴力団の組員がやってきて、カネをせびるんだ。口では「貸してくれ」って言うんだけど、返してくれたためしがない。そんなのもたび重なると結構な金額になるだろう。それでその喫茶店は辞めた。
 その次はキャバレーのボーイの仕事に代わった。いわゆる“ヌキキャバ”といういかがわしい店。オレも若かったし、そんな店で働いているとムラムラしてきて我慢できなくなる。それで店のホステスといい仲になって、彼女の部屋に転がり込んで同棲を始めた。
 ああいう店では従業員同士の恋愛はご法度なんだ。はじめのうちはバレなかったけど、彼女が妊娠してバレてしまい、2人ともクビになった。オレは別のヌキキャバに代わって、彼女は仕事をやめて子どもを産んだ。
 そうしたらオレは新しく代わった店のホステスと、またいい仲になってしまった。それが同棲中の彼女にバレて、いろいろもめてケンカが絶えなくなった。それでオレはその女のアパートを出て、新しい彼女のアパートに転がり込んで同棲するようになった。前の彼女は、そのあとアメリカ人と子連れで結婚して、アメリカに渡ったという噂だ。
 新しい店では15年間働いた。ホステスとの同棲もバレないで、よく15年も続いたよ。やめることになったのは対人関係。15年も同じ職場で働いていると、人間関係にもいろいろあって、ウマの合わないヤツも出てくる。仕事もだんだんに面白くなくなってくるし、オレのほうからやめてやった。同棲していた彼女とも、それをきっかにして別れた。

 それからは日雇い。新宿には手配師がいっぱいいて、仕事はいくらでもあるからね。オレも飯場に入って土工で働くことになった。
 ところが、すぐに身体を壊してしまった。それまで軟派な仕事をしていたのが、いきなり肉体労働のきびしい仕事に代わって、身体がついていけなかったんだ。もう、40歳だったしね。それにああいう肉体労働をしている連中はよく酒を飲む。オレも調子づいて付き合って飲んで、それも身体を壊す原因だった。汚い話だけど、幾日も下血が続いてね。
 それでもう肉体労働では働けないから、仕方なくホームレスになるしかなかった。新宿駅東口を出たところに、映画の看板がずらっと並んでいるところがあるだろう。いまはあの看板の下に、夜だけ段ボールを組み立てて寝ている。

 あそこに寝るようになって1年以上になるけど、誰も文句を言ってこないよ。あそこは多分JRの土地なんだろうけど、何にも使われていない空き地だし、オレもきれいに使うようにしているからね。
 これからのこと?  これからのことは、あまり考えたことがないな。とにかく、22歳のときに歌舞伎町のディスコで働きはじめて、25年間新宿を離れたことがないからね。これからもずっと新宿で暮らしていくんだろうな。新宿以外で暮らすことは考えられないよ。新宿が好きなんだ。(聞き手:神戸幸夫)

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