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2009年6月25日 (木)

ロシアの横暴/第19回 ロシアで吹き荒れる「さらし首」(下)

 かつて、強権時代のエリツィン・プーチン路線は前政権のやったことは何でも否定するロシア方式に、何が何でも共産主義からの決別を上乗せして、とりあえずぶち壊すことから始めた。
 その中の最たるものに民営化路線がある。国有財産を二束三文で払い下げ、そこからあがる収益を個人の懐に入れるという、おなじみのやり方だ。払い下げは多岐にわたっているので、特定はできないが、少なからぬ商人が暴利をむさぼったのは事実である。というより、少なからぬ商人に暴利をむさぼらせるために払い下げ民営化をおこなったのだった。しかし、「善良な」ソ連国民はそのことに気がつかなかった。今になってだまされたと騒いだりしているが、当時は国のすみずみまで、貧しい「社会主義ぐらし」から抜けられると思いこんでいたからだ。民営化路線は熱狂的な支持を得た。自分たちが貧しいのは社会主義だからだ、と。

 それから数年がたって、いっこうによくならない暮らしに何かおかしい、と人々が感じ始めたころ、一部の商人(民営化払い下げで巨万の富を築いたニューリッチのうちの何人か)に対して、「国家財産を食い物にした」と難癖をつけ、国外に追放してみたり、逮捕して監獄に入れたりし始めた。すると、何かおかしい、と思い始めていた人々もたちまち「社会主義がなくなっても自分たちの暮らしがよくならないのはあいつらのせいだったんだ」とまたニューリッチ追放劇を歓迎したのだった。

 そうしたロシア国民の「ものの見方・考え方」を如実に物語る事件がある。
 ――ロシアの混乱期に巨万の富を得たある金属会社が最近の経済危機で経営が傾き(おおむね、乱脈経営が真の原因と思われる)、給料不払い、あげくの果ては大量解雇に踏み切ったので、労働者のデモが起こった。そこに事態を打開するために乗り込んできたプーチン首相が公衆の面前で(メディアも引き連れていたから)社長を一喝、解雇撤回、事態打開をする約束書に署名をさせられた・・・・――
 まるでヘビに睨まれたカエルみたいな社長と、「首相が悪徳社長をやっつけてくれた」と涙を流す労働者の姿も報じている。この画面だけをみれば経済危機で仕事をなくした労働者を守るために首相が強権を発動したようにみえる。少なくとも「派遣切り」で苦しむ日本の労働者に「当座のねぐら」程度しか保証せず、「使い捨て」をもっぱらとする悪徳資本家はおとがめなしの状況に不満を募らせる日本国民からみれば、胸のすくような一太刀である。

 しかし、ロシアの現象はロシアの物差しで解釈しなければほんとうの姿は見えてこない。プーチンは大量首切りに苦しむ人々を救おうとはみじんも思っていない。なぜならばどうしたらクビを切らずに経営が立て直せるか、何も提案していない。乱脈経営であれ、経済危機であれ、独占基幹産業が傾いているとき、首相の一喝で立て直せることなどあり得ないのに。ロシアの労働者は悪徳社長が「ヘビに睨まれたカエル状態」になったからといって経営が再建できないことに気がつかないのだ。彼らもまた経済危機を「乗り越える」のに一役を買ったことになる。

 極東シベリア地域はソ連崩壊後、立地条件を活かして日本や韓国、中国との交易で富を蓄積してきた者が多い。その資本となったのは90年代の民営化政策で、「なにをやっても自由」の時代、うまく立ち回って積み上げたものだ。といっても先述のお歴々が巻き上げた国家資産とはやり方も桁もちがうが。大した利権も資金もないなかで努力して小さなビジネスを立ち上げ、働き、そこそこの収入を得るまでに至った者も多い。
 したがって極東の人々にとっては改革万歳だったはずが、ここにきて問題が噴き出した。国産車保護政策で輸入関税が大幅に引き上げられたのだ。日本からの中古車輸入で潤っていた極東地域は大打撃をうけた。保護政策反対のデモを組織すると「無能な」首長の責任となった、首切りが始まったわけである。

 少し話題が横道にそれるが、ロシアの地方首長は大統領に罷免権がある。少し前までは選挙で選ばれた首長を大統領が解任できる、という妙なシステムだったが、いくらなんでもこれは矛盾していることに気がついたようで、少し変更された。大統領は解任はできるが任命権はないとした。任命はしないが、候補者を送り住民に信任投票をさせる、という不可解な制度になった。

 信任以外に選択肢はない。それでも知事になれば前任者の否定から始まる。まず汚職腐敗撲滅と称して、解任された知事をはじめとする自治体、会社工場に検察官を送り込む。なんでもいいからナンクセをつけ、出頭逮捕をほのめかす。でもいままでに不当に蓄財した金額を払えば見逃してやろう、というなかなか「的を射た」やり方である。捜査の結果没収という道もあるが、それだと国庫収入となって検察官の懐には入らない。それより脅かして全財産相当分を現金で取り上げてしまえば「前任者成敗作業」は完了するし、「賄賂」がどっさり入る。風が吹けば桶屋が儲かるように、大統領が前任者を解任すれば地方の検察官が賄賂で荒稼ぎをするという図式が復活する。当然、検察官が巻き上げた賄賂は慣習に従って新しく着任した首長と山分けとなる。

 首切り後に末端役人がこうしてぼろもうけしているのを大統領は知ってか知らいでか、国民の声を聞くブログを開設した。でもそこでどんな情報集めをしているのだろうか。冒頭に述べた言論弾圧のプロローグのような気がしてならない。だれがチェチェン戦争を批判しているのか、どこで反体制グループが動いているのか、ブログに寄せられた「不用意な」発言を監視し、取るに足らない「不満分子」を摘発して大々的に罰するのは見せしめであり、権力誇示である。さらし首に震え上がった国民はこれから先どうするのか。黙って行方の定まらないロシア丸に乗り続けるだけである。(川上なつ)

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