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2009年5月19日 (火)

●サイテイ車掌のJR日記/清志郎を聴きながら

○月×日
 清志郎が逝ってしまった。
 たかがロックじゃないかという人もいるだろう。そうはいっても、されどロックなのである。
 私にとって、ロックは、生活の一部であるといってよい。日々、共に暮らしているといっても過言ではなく、この世の何よりも好きだと思う瞬間すらある。
 清志郎のパフォーマンスには多くの大人が眉をひそめ呆れていたに違いない。しかし、私達ロック小僧には永遠のあこがれであり、道標でもあったのだ。また、清志郎への支持は絶大なものがあった。

 亡くなってから早半月も経つというのに、清志郎は未だに私の全身を支配している。あの派手なアクションが私の身体に乗り移っている。「オー・イェーッ」「愛しあってるかい」といった曲の合間の独特なトークが耳にこびりついて離れない。名曲「スローバラード」のフレーズが頭の中でぐるぐると駆け巡っている。それらのいずれも私がやると、どうしてもいかれたオッサンにしかならないが、それがバッチリ決まる清志郎は、今日も私から消えていかない。

 遠い昔、私は清志郎が住んでいると聞いた「たまらん坂」(国立市)まで行ったことがある。ぶらぶらしてれば、その辺の路地からひょっこり現れて来そうな気がしていた。その頃はまだ身近な存在だと思っていた。
 私は最後のお別れと、これまでの感謝の気持ちを込めて、レコードやビデオを引っぱり出し、立て続けに聴いた。観た。どれもこれも、途中何度も身体中にツーンと冷たいものが走っては、ひとり私は落ちて行くのだった。「ドカドカうるさいR&Rバンド」なのに部屋中がシーンと静まり返っているのである。死んじゃいけないだろう、清志郎。

 乗務中も国立を通る度に清志郎の顔が浮かんできて、あぁどうしようもない。

 清志郎は自由に生きてきた人だと思う。それだけに大変だったことだろう。ハチャメチャとも思える表現は誰にも真似はできない。権力に媚びることはしなかった。反骨精神、反体制を貫いたキング・オブ・ロック。だからこそ、辛いことがいっぱいだったはずだ。
 それにしても、58才。あまりにも若すぎた。「ぼくの好きな先生」、清志郎は燃え尽きてしまったのか。合掌。(斎藤典雄)

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コメント

清志郎、あたしも好きです。
斎藤さんの誠実な視点のレポも好き。
押しつけがましさがなくって毎回ゆったりした気分になれるから好きです。

(斎藤さんのとは全く関係ないですけど)
しかしあたしの経験から言って→誤
あたしの場合→正
なのかなあ?
データなしの断定と当たり前の正論をふりかざすのはいいかげんにしなくていいからマトモな日本語を書いてくれ。せめて、とあたしは思う。

投稿: ピーピングビッコノヤマシガ | 2009年5月19日 (火) 21時26分

斉藤さんの「辛いことがいっぱいだったはずだ。」ぐっと胸にきました。

竹中とか大竹とか「忘己利他」がカケラもなくって、肝心のキヨシローはそこのけで我が我がになっていて、もうこりごりって感じでした。羞恥心って本当に大切だと思いました。
といってもあたし竹中ってお笑い芸人としては松本より好きなくらいなのですが(全盛期竹中イエローページ、あの切れ芸の凄さと斬新さは寡聞にして比類なく・・)

投稿: 山子 | 2009年5月19日 (火) 21時47分

ヤマシガさま、山子さま、コメントありがとうございます。嬉しくて、今夜はいい気持で眠れそうです。ぐーない

投稿: 斎藤 | 2009年5月20日 (水) 20時21分

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