八王子スーパー強盗殺人事件の現場を歩く
なぜ?
そう思わずにはいられない。どれほど考えても3人を殺す理由が、まったく想像できないからだ。
事件が起きたのは1995年7月30日午後9時15分ごろ。現場は北八王子駅から歩いて10分のほどのスーパー「ナンペイ大和田店」だった。閉店直後の店では、2人の高校2年生とパートをしていた47才の女性が2階の事務所で帰宅の準備を進めていた。
パートの女性が迎えに来てほしいと友人に電話を入れたのが午後9時15分ごろ。それからわずか5分の間に、3人は銃で撃たれて命を奪われた。2人の高校生は互いの右手と左手をガムテープで縛られ、口もふさがれた状態で、後頭部から1発ずつ撃ち込まれていた。友人が後ろから撃たれ、慌てて逃げだそうとしたもう1人も後ろから撃ったという。
一方、パートの女性は手を縛られてはいなかった。ただ顔に銃把で殴った跡が残っており、金庫の鍵を彼女に出させたうえで、金庫のダイヤルの番号を聞き出そうとして犯人が殴ったとみられている。しかし彼女は番号を知らなかった。開けられないと分かった犯人は、額の左側などに前方から彼女の頭に向けて2発の弾を撃ち込んだ。ヤケドの跡が残っていることから、額に銃を押しつけるように撃ったことも判明した。
犯人は3人の無抵抗な女性を殺すのに4発。そして開かない金庫に向けて、もう1発発砲。結局、金庫の中の500万を拝むこともなく、わずか5分で現場を去った。
無抵抗な3人を殺害したのは、犯行を目撃したからだろうと推測されている。
「もともと、ここらへんは何の事件もなかったんだから。事件のあったスーパーだって小さくて、誰が見たってもうかっているような店じゃないよ。強盗に入るような店じゃないよね」
近くで農家を営む男性は、ビニールハウスのトマトを収穫しながら言った。実際、ナンペイ大和田店の普段の売上げは200~300万円といったところだった。ただ事件の数日前から特売セールがあったため、その晩の金庫には500万円入っていた。それにしても500万でしかない。3人を殺せば死刑確定。目撃情報通り複数犯なら、通常の感覚なら割に合わないと感じるはずだ。当初、警察が強盗と物取りに見せかけた怨恨の両面で捜査していたのも理解できる。
また、先述の近所の男性は、「訪ねてきた刑事が『こんなことするのは外人だ』って言ってたよ」と教えてくれた。当時の新聞報道でも外国人の可能性が示唆されており、顔を見ただけで無抵抗の女性を銃で撃つ残忍さは、日本人の犯罪と思えない空気が95年にはあったのだろう。しかし事件から14年近くがたった今、「日本人だから無茶はしない」という根拠のない信頼は崩れ去った。
そのような残忍さな殺人の原因の1つになっているのが、この事件当時から急速に広がった銃の存在だ。
「捜査一課の敏腕刑事だったある警部補は、銃による殺人は『冷たい殺し』だという。刺殺や絞殺は、犯人の手に被害者の体のぬくもりが残る『熱い殺し』。どんなに冷酷な犯人でも、『死』を自分の体で感じる。しかし、けん銃殺人には、その『実感』がない。発砲事件の容疑者を取り調べる時、被害者への『思い』がまるでないことに驚くという」(『毎日新聞』95年8月2日)
実感なき殺人が凶器によって作りだされたというわけだ。そしてもっと恐ろしいことに、銃とは関係なく訳の分からない殺人を犯す日本人が増えてきている現実だ。殴り殺す「熱い殺し」ですら、そこに「実感」のない犯人たち。
以前、精神科医に取材したときに、実感を感じられない「離人症」的な症状を訴える人が増えたと聞いた。時代を背景に人が心を病むように、時代を背景に罪を犯す人がいるのなら「実感なき殺人」が増えているのもうなづける。
八王子スーパー強盗殺人事件は、そうした事件のはしりともいえる。周辺の治安に関係なく、特段の理由もなく、国内に出回り始めた銃で殺害した事件。これは怨恨など犯行動機から洗っていく日本の警察得意の捜査手法を楽々と飛び越えていく。
結果として捜査は迷走を続けてきた。
事件当夜、夜9時過ぎまでスーパーナンペイから30メートルほど離れた「北の原公園」では盆踊り大会が開かれていた。太鼓の音で悲鳴などは聞きとりにくい状況だったが、店の近所の主婦は花火のような破裂音を連続で聞いている。
また事件直前の9時5分ごろ店の駐車場のすぐ近くで白いシャツを着た男が目撃された。さらに事件当日と数日前に、スーパーの店内をうかがっていた不審な2人組がいたことがわかっている。しかし店には防犯用ビデオカメラもなく、目撃証言は犯人逮捕に結びつかなかった。
03年には名古屋・大阪で現金輸送車を襲撃した犯人の関係先から押収した銃の線条痕が、八王子の事件と似ていると騒がれた。無言でためらうことなく発砲するやり口も、犯人像に当てはまるといわれた。しかし、これもハズレ。
07年には被害者のパートの女性と交際していた男性が、フィリピン人の知人に殺人を持ちかけたとして警視庁はフィリピンに捜査員を派遣している。しかし、これも犯人にはつながらなかった。
そして現在、中国で覚せい剤所持の疑いで逮捕され死刑が確定している日本人への疑惑が深まっている。この男は過去に日本人と中国人の混じった強盗団を率いており、八王子強盗事件の当日、ナンペイで金が取れなかった腹いせに、近くで別の強盗を働いた、と仲間に話していた。その事件が実際に起こっていたことが明らかになり、捜査員はいろめきたった。今後、中国との捜査協力しだいでは、犯人があきらかになる可能性ありそうだ。
しかし地域住民の「なぜ」の思いは、いまだに消えていない。
ナンペイの前に住む男性は、事件当夜の暑さを思い出しながら語った。
「暑い夜でさ。でも、事件のことは何も知らないんだ。ビール飲んで寝ていたからね。それが、どんどんパトカーが集まってきて、そのうちどこで調べたのか知らないけれど、ジャンジャン自宅の電話が鳴り始めて。どこどこ新聞だの、なんとか通信だの。次の日は朝からヘリコプターが飛んで大騒ぎだった。
驚いたよ。そんな事件が近くで起こるなんて思ってもみなかったから」
ナンペイで買い物をしたことがあるという主婦は、事件の翌朝に飛び回っていたヘリコプターの音を覚えていた。
「驚きました。あの事件の後にも先にも、ここら辺で殺人事件が起きた記憶なんてありませんから」
東京近郊の閑静な住宅街で起こったこの殺人強盗事件は、もう日本のどこも安全じゃないと、全国に向けて宣言したようなものだった。その宣言へのとまどいは、事件が14年近くたった今も続いている。(大畑)
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コメント
そうなんですか、そのような動きがあるなんて知らなかった。何はともあれ解決してほしい。
その一方で日本もセーフティーな国じゃなくなってきてるのって痛切に感じます。
コンビニ強盗なんかだって結局、その延長に凶悪強盗事件があるといっても過言ではないと思うんですよやね。
引ったくりにせよまたしかり。
国も疲弊してるんでしょうが多くの人々はもっと疲弊してる今の時代。やな時代です
投稿: ゆーだい | 2009年6月 9日 (火) 12時52分