私財を投じてネパールに寺を建てた身障者
昨日終日疲労が残っていた。土曜日の午前中に、週刊金曜日に諌早干拓事業に消えた60億円分の海砂について初稿を書き終え、8時間ほど自転車走行したせいである。
距離にしてたったの90キロ少々だが、嬉しかった。これで数年ぶりの100キロ越えは近くなってきた。
四万十川を旅する準備だから、まだまだこれではいけない。年内にスペインの巡礼地を走る。いずれは南米縦断とシベリア横断、地中海一周、南ア縦断。中国とチベット。こんな誇大妄想的なことも考えている。
劣化した肉体はその程度のビジョンがないと点火してくれない。が、かりにすべて完走してもなんと言うこともない。スポーツは我欲を満たす行為に過ぎない。個人的にはスポーツごっこが好きなのだが、スポーツだけの趣味人を最近はどうも尊敬できないときもある。海外の貧者に学校を作る程度の他愛的趣味は尊敬する。ノーベル賞欲しさに世界中に競艇の寺銭をばら撒き、ハンセン病撲滅に訴えた笹川氏の狂おしい動機の不純さを知っているので大いなる慈善事業をしていても、動機を知るとそれほど心が動かない。しかし確かに、子どものときに自分が苦労した人がやれば確実に良い学校になる。
世間では知られていないが、無私の精神でネパールにウン千万を出して寺を作った人を個人的に知っている。
名は向坊弘道さん。向坊さんは若い頃の交通事故が原因となって車椅子に乗っていた。
頚椎髄損が原因だった。2年前に癌で逝った。聞くところでは、最期のとき、癌は向坊さんの肉体をむさぼったが、交通事故で首の神経が切断されていたので、全く痛みを感じなかった。最期の日も睡眠導入剤などを飲んで、荒い呼吸をしながら、ベットに横たわった。ヘルパーさんの太田美代子さんが、深夜部屋を覗くと眠るように安らかに逝っていた。死後、ネパールの首都カトマンズにお寺を残した。
彼はグリーンライフ研究所というNPOを作っていた。同サイトには以下の情報が残る。
【カトマンズ本願寺の経緯】
カトマンズ本願寺は、向坊弘道氏によって発願され、さまざまな方々の協力を経て、建築が始まりました。ネパールの首都カトマンズにある浄土真宗のお寺です。
2005年度には、浄土真宗本願寺派から、「カトマンズ本願寺」の寺号を許され、新たな活動をスタートさせております。
【カトマンズ本願寺の活動】
現在、カトマンズ本願寺では、次のような活動をしております。
メンバーによる定例法座
日本語教室の開催
今後再開したい活動
古着などの配布
無料医療検診の実施
車いすの現地生産と無料配布 など
向坊さんは1人で始めて、浄土真宗の仲間の力を借りて、ここまできた。フィリピンにも身障者の施設を持っていたが、そちらは向坊さんの没後、現地の裏切り者に取られたと太田さんが残念そうに語っていた。フィリピンでは外国人は土地を持てない。それはいいことである。外国からの収奪資本主義が土地を食い尽くすからである。ところが抜け道はある。向坊さんも信頼したフィリピン人の名義で土地と建物を投機した。そして、最期に裏切られた。
もっとも聡明な向坊氏のことである。その程度のありそうなリスクはちゃんと読んでいただろうが、寒い冬を逃れて、数ヶ月だけフィリピンの田舎でのんびりと療養目的で日本から来た身障者と介護者に、長年親しくしてきた現地の管理人がいきなり銃を突きつけて、「もう2度と来るな」と凄んだ時の情景が目に浮かぶ。たしかにそれは修羅である。幸い、向坊さんと宗教的紐帯があるネパールの施設では問題はおきていない。現地の責任者の僧侶は、向坊さんから資金を受けて、来日し、龍谷大学で学び、その後、西本願寺で僧籍を得た。彼が現地でこれからも恩師の大業を残す。
ココを読めばおおよそは知ることができる。
筆者が向坊弘道さんご本人から教えてもらった話もある。そのサイトに書いていない。
彼の貸しビル業が成功した一つの理由は正直な不動産業者に会ったことだった。在日韓国人だった。北九州には高利貸し、パチンコ屋、不動産屋の世界には戦前玄界灘を越えてきた者の末裔が多い。向坊さんの周囲は大反対した。「連中と組むと全部取れるぞ」と。それもまた現実的な評価である。そんな時代だった。
身障者になった向坊さんは、幸いにも実家が北九州の地主だった。交通事故に遭った当時、東大法学部にいただけあり、努力家だった。時代を見るセンスもあった。彼は土地の将来性に着眼して、70年代の高度成長期にビルを建て家賃収入で自立した。
わざわざヤバイ相手を笑んだ訳を、生前、聞くと、「あー、彼ねえ。彼とは高校のときに同級生だったからね」。そんなもんだったかと腑に落ちた。最後は10代の友愛に賭けたといった。
その在日のパートナーに会おうかとも思い、その後の消息をヘルパーさんに尋ねて、愕然となった。返事はぽつんと一言、「自殺したようです」。身体的ハンディよりも社会的ハンディがしんどいこともあるのか。よりによって、善人が自殺する環境とは何か。一瞬考えたが、答えはなかった。
向防さんの著作はある。題名は『隠れ念仏伝承の旅』(本願寺出版社刊)。宗教弾圧といえば日本ではカトリックが有名である。教科書に出てくる隠れキリシタンの殉教者は5万7000人。ところが、浄土真宗の隠れ念仏者の殉教者は14万人以上という。それだけの殉教者が、南九州、とくに薩摩の地で出たという。室町末期から明治9年まで地下に潜伏した念仏者の足跡を尋ね、テントを張りながら、自動車で介護者と回って記録を残した1冊である。隠れ念仏者は、キリシタン同様、九州の辺境の島に逃げ、洞窟生活したらしい。長崎・平戸のキリシタンは五島列島だったが、薩摩の念仏者は鹿児島の甑島列島などに隠れた。この本には現地踏査で得た写真が多く、知識が満載されている。彼はこんな本を相当数自費出版も含めて世に残した。少数者が宗教を背負うと本物になる。
どなたでもネパールに小旅行を予定する方がいれば、いつでもグリーンライフ研究所に連絡して欲しい。日本からの方はお寺で宿泊いただける。僧侶は日本で修行したインド人僧。何も心配はない。グリーンライフ研究所の現在の代表は太田美代子さん。向坊さんの最期を看取ったヘルパーさんである。彼女はグリーンライフ研究所の近くに住むご婦人である。長年、向坊さんをお世話して世界中を歩んだ。
同研究所の所在地は
〒803-0123 福岡県北九州市若松区有毛3106
FAX 093-647-0336
脱線が過ぎた。小生も数ヶ月前に小さな交通事故に遭った。リハビリを兼ねて、自転車旅行を再開することにした。計画だけは壮大で守っていないが月曜日と火曜日が35キロ。水曜日が65キロ。木曜日と金曜日がまた35キロ。土曜日が100キロから130キロ。日曜日は休み。7月末まではこのスケジュールでいくつもり。
だれかの役に立つわけではない。なぜ、体力をつけるか。答えがない。あまりに虚弱だと原稿が書けないという理由があるにはあるが、エクササイズに熱中すると、書く情熱が消える。疲労が蓄積して頭がうごかない状態になるのだ。
プラスもある。新しい光景に遭遇すると脳が動く。昨日は無駄な公共事業を見ようとして海上に作られた北九州空港を見にいった。海上空港までの道は精緻だった。用地買収にいくら対策費が動いたかなどと考えずにひたすら走ったが、海上の道路の全長は2100メートル。自転車と歩行所専用レーンもあった。欧米基準の造りを見て高コストを実感できた。トヨタ・日産などの自動車産業の従業員を北九州工場に誘致したので、前市長は彼らの便のためにも作ったというが、いまや世界的不況を受けて大減産。空港の定期便はスターフライヤー社1社だけ。これも赤字空港になるだろうと思いながら、ちんたら走っていると、安手のマウンテンバイクに乗った若者に抜かれた。
ややむっと来たが、今の段階ではこちらが遅い。すべては1年後。そう思いながら、休日の午後を楽しむ若い自転車乗りの背中を見送った。
とえらそうに述べたが、大畑センセーがシカトし、原稿の掲載が遅れた。
『週刊金曜日』も小生の原稿の法律的杜撰さに蒼くなり、編集者本人が確認作業に入るという。没ではない。
60億円が諌早に消えた。犯人は誰か。国かゼネコンか。
証言者を小生は探したが、取材費を十分寄越さないので、それなりの手法で小生が取材したもので、いざ裁判になると負ける可能性が濃厚という。それで走り回る。若手の編集者が。裏の裏を確認するために。かくて掲載は6月中旬になるらしい。編集者も人を利用することに長けているが、彼ら同様、小生も人でなし。週刊金曜日にはややどたまに来たので、今回、取材して残った情報をさらに銭をくれそうな月刊誌に提示してたかる最中である。
自転車乗りを信用するな。
こんなことはいい。その後、隠れ念仏についてさらに読んだ。五木寛之も書いている。日本のこころという本で。
五木は50歳になって竜谷大に学んで、浄土真宗を彼なりに学んだ。その過程で、一向一揆をやった北陸の教えが九州に入り、生まれたことを知る。その産物とが隠れ念仏である。このことを総本山の竜谷大にいる向坊さんの恩師に五木も習い、九州を走り回っている。作品としては、プロの五木の作品の方が格段がいいが、車椅子に乗り、節約するためにカップラーメンを食しながら野宿して、南九州を往った向坊さんの先駆的体験があればこそ、五木が今いる。(李隆)
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