鎌田慧の現代を斬る/第132回 名誉欲に踊ってカネをばらまいたトヨタ
5月初旬、トヨタ自動車が2009年3月期連結決算を発表した。営業利益が4610億円の赤字で71年ぶりの営業赤字となった。前期が2兆2703億円の黒字だったから、その急落ぶりが際立つ。また来期の営業利益についても8500億円の赤字と予想し、創業以来初めての2年連続営業赤字となる可能性が強まっている。
この赤字の要因の1つは世界的な不況にある。ただトヨタの売上高は、前期比で21.9%の減少にとどまっており、大幅な赤字になったのは設備投資が過剰だったからだ。需要状況をつかめなかったからではない。
では、どうしてそんなに無理にをしたかといえば、ゼネラルモーターを追い抜くのが、至上命題になっていたからである。とにかく1000万台を突破して世界一の自動車会社になりたいというドン欲な名誉欲が、会社を蝕んだ。
世界トップの幻想に踊らされた様子は、ナショナルフラッグを掲げていた日本航空の衰退を思い起こさせる。儲かると名誉欲が生まれ、それが習慣になってカネをつかう。そうしたワナにトヨタもはまった。
トヨタグループは豊田佐吉以来、石橋を叩いても渡らない経営方針だった。この方針を大幅に方向転回したのが奥田碩元社長だった。政治に近づかない「モンロー主義」を廃し、政治力を使って富を築く、フィリピンのマルコス政権下で使った手法を日本にもちこんだのである。
つまり今回の赤字の原因は経営陣にある。ところが「カイゼン」の対象は上層部ではなく、現場や下請けにむかっている。
トヨタ自動車の池渕浩介相談役・技監は、朝日新聞(09年5月3日)の取材に答え、立て直しのポイントを次のように解説した。
「受注から生産までにかかる時間、リードタイムの短縮が鍵になる。これは短いほどいい。(中略)競馬もレース前に馬券を買うからなかなか当たらないわけで、第3コーナーまでレースを見てから買えるならかなり当たる」
つまり現場の労働強化を目指すわけだ。第3コーナーまで見て馬券を買いに走るようなやり方は、競馬では認められない。その禁じ手を生産にもちこもうとしているのだからあきれさせる。
さらに彼は「トヨタ生産方式を洗い直し、今の不具合を正常化しよう」とも語り、「生産の輸送の中継点ごとに」多少許容していた在庫の撤廃を示唆している。もともと在庫をもたない、というのが「トヨタ生産方式」の真髄だったが、世界中に工場を展開しているいまでは、会社の押しつける緊張感だけでは規律が守れない。品切れの欠損が怖いからと在庫をもつようになるのは、現場の必然だ。
トヨタは生産停止期間をつくって在庫調整した。つまり労働者に負担を押しつけて(日系ブラジル人などハケン労働者が苦しんだ)、緊急措置を施したのである。そこからさらにトヨタの「ぞうきん方式」を強め、現場を絞りあげるつもりだ。
この在庫をもたないという思想は、車の部品ばかりか労働者の在庫ももたないという形で、期間工や派遣労働者を増やしてきた。トヨタの圧力強化によって、関連会社を含めた非正規労働者の苦悩はますますつづくことになる。
名誉欲に振り回されているのは、トヨタのF1参戦もおなじだ。世界的な不況の中、黒字を確保したホンダは撤退を決めた。一方のトヨタは継続を表明している。しかもその理由はモータースポーツの発展を願ったものではない。
「表彰台の真ん中にたたない参戦した意味がない」(『朝日新聞』08年12月6日)というトヨタ自動車幹部の言葉が物語るように、ほしいのは名誉である。その“道楽”に、労働者が血みどろになって奪われた利益から、年間500億円ともいわれるカネが投じられている。
この不景気を前に国際自動車連盟(FIA)は1チーム当たりの年間予算を4000ポンド(約60億円)に制限する案を提示した。合意したチームには技術規制を緩め、膨大になりすぎた予算を絞っていく方針だ。
しかしトヨタは規制に反対し、制度導入ならF1不参戦もありうるとした。トヨタ側は「選手権の二層化につながるもので、F1の正しい方向ではない」(『時事通信』09年5月10日)と発言しているが、資金不足の弱小チームはポイントをあげることができず、事実上の二層化となっている。今回の規制は、予算に恵まれたチームと弱小チームの差を埋めるものともいえるが、開発費に糸目をつけないチームには受け入れ難いようだ。コスト管理に徹底的にこだわるトヨタも、「名誉」のためには惜しげもなくカネを投じるのだから、どこかの大宗教団体の名誉会長のようなものだ。
次期社長の豊田章男副社長はドイツの24時間耐久レースでに出場した。次期社長自ら走る宣伝塔となり、巨額を使ってトヨタフラッグを掲げようとしていることを、1円単位で泣かされている現場や下請けの労働者はどのように感じるだろうか。
七光り経営者と現場労働者の意識の差を大いに感じてしまう。(談)
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