アフガン終わりなき戦場/第18回 生活のため銃を同胞に
アフガニスタンなど危険地での取材には信頼できる友人が不可欠だ。通訳や車を雇うにしろ、危険情報を得るにしても、誰かの協力無しでは不可能だ。その点、わたしは友人に恵まれた。2006年に出会ったイスマット・スルーシュとは無二の親友となった。
1歳年下で、初めて会った時彼はまだ21歳であった。小柄な体に人懐っこい目。すぐにクヨクヨと落ち込む彼のことが、私は本当に好きであった。
イスマットの夢は日本に来ることだ。彼はJICAの支援プログラムで一度日本に研修旅行に来たことがある。彼とは成田空港で会った。出国日が重なり、飛行機の中で意気投合した。その後、わたしの取材に協力してくれている。いつか楽しい思い出のある日本で暮らしたいと考えている。
しかし、今回イスマットと口論になった。彼がISAF(国際治安支援部隊)に兵士として参加するという話を聞いたのだ。わたしは彼を問い詰めた。
「仕方ないんだ。今は開発・人材省で働いているけど給料はたったの300ドルだ。とても家族を養えない。ISAFは900ドルもくれるというし・・・」
私はISAFで働く傭兵がどのような扱いをうけているか、米軍に従軍した経験からよく知っていた。今年の2、3月、パキスタンとの国境に近いコースト州に展開する100人ほどの米軍空挺部隊には5人のアフガン人がいた。彼らは地元民との通訳を行うが、戦闘にも参加する。しかし、死んだとしても戦死扱いにはならず、何の保証も無い。言うなれば、金もかからない便利な使い捨ての道具だ。
「君が死んだら、君の家族はどうなる。だいたい君の親は賛成しているのか」
「両親は反対だよ。でも、家族のために働くのは長男の義務だ」
イスマットは譲らない。話せば話すほどますます意固地になっていく。イスマットは外国軍を心から憎んでいる。政治を語るのは嫌いだが、時折ふいと呪詛の言葉が飛び出す。彼の親戚も今年外国軍の空爆で亡くなっているのだ。
イスマットの家を訪ねることになった。私とイスマットをのせたおんぼろのカローラが富裕層の住むタイマニー地区をこえて、中流以下の人たちが住むカライ・ザマン・ハーン地区に入っていく。舗装路や街頭が急になくなり、わだちで車が跳ねる。
イスマットの携帯がふいに鳴った。「バレ!(タジク語で「もしもし」)」と言って元気に電話を取るが、彼の顔はみるみる青ざめていった。
「どうしたんだ?」
「ISAFで働いていた友達が死んだ。明日、遺体がカブールに届くって…」
イスマットの家に着くと、彼の父アドラサや母、それに親戚一同が私を出迎えた。イスマットの家は父母と妹の4人家族だが、人が少ないと寂しかろうと親せきを呼んだ。狭い二間の家に25人もの人が集まった。皆、「ようこそ。ようこそ」とほほ笑み、私の手を握っていく。
女たちは食事を作る。ナン以外はすべて手作りだ。パラオ(ご飯の油煮)やケバブ、カライ(肉と卵をあえたもの)が色とりどりの匂いを放つ。決して彼らも豊かではない。客人を歓待するのはアフガン人の誇りであり、文化だ。
食事は部屋のほとんどに届くシートの上に並べられ、シートを囲むように座る。一番若い子供がお湯の入ったポッドと受け皿を持ってまわり、大人たちに手洗いをしてもらう。大人たちは子供たちの頭を撫ぜて、労を労う。
食事が終ると、子供たちがダンスを始めた。大人たちが手拍子を打ち、子供たちは短い手足をバタバタさせながらコロコロと踊る。笑いがあふれる。子供がけつまずいて転ぶと、また皆笑う。
アフガンの人は皆子供にキスをする。ダンスが終わると、子供たちに大人たちからキスの雨が降ってくる。子供たちはキスを受けてキャッキャッ笑う。私もキスをしようとすると東洋人が怖いのか、私の顔が怖いのか、泣かれてしまった。それを見てまた皆笑う。
けれど、スルーシュの顔は笑みの裏に少し悲しみが見て取れた。亡くなった友人のことを考えているのだろう。私には何もできない。言葉を尽くしても、やはり彼の意思を変えることはできないのかもしれない。この家族の生活を支えたいのだろう。
外に出ると空には満点の星空が広がっていた。美しすぎる空と、若者が最も憎むべき側に与し、生活のために同胞に銃を向けなければならない状況が、違いすぎて、少し涙が出た。(白川徹)
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