ロシアの横暴/第16回 ロシアの文豪にされたゴーゴリ(上)
近年、日本では差別用語というものの一覧があって、文学作品の鑑賞にずいぶんと支障をきたしているようだ。しかし差別用語をなくしても差別はなくならない。同様に賛美のせりふがあるから賛美しているとは限らない。わかりきった話が時として抜け落ちる。
ロシアとウクライナはここ数年来、なんやかやと対立が激化しているが、今年はウクライナ生まれの文豪ゴーゴリ生誕200年祭に端を発した国籍対立が起きていることを4月10日付けの産経新聞が報じている。。
ニコライ・ゴーゴリ(1809-1852)はロシア語で多くの作品を書いているので、何となくロシア人作家と思われてきた。ソ連時代にはウクライナもロシアもソ連だったし、「ソ連人作家」という呼び方はなかったから誰も問題にしなかった。日本でもソ連といえばロシア語だから何となくロシアだろう、という曖昧な見方が一般的である。
ロシアの言い分はこうである。ゴーゴリの作品はロシア語で書かれていて、しかもロシアを舞台にした作品が多いので、ロシアの文豪である、と。一方ウクライナは「ゴーゴリはウクライナ生まれだから間違いなくウクライナ人、ロシア語で書かれているからといってロシアの作家とは言えない」、と。
ゴーゴリの作品は日本語訳も多数出版されていて、代表的な作品に「外套」「検察官」「死せる魂」などがある。いずれも醜悪なロシアの官吏や貴族、そこで虐げられた人々の姿すらもユーモラスに描いている。日本人の感覚ではゴーゴリがロシアを笑い者にし、醜悪さを告発しているようにしかとれない。しかしロシア人違う感覚を持っている。ロシアの腐敗ぶりをおもしろおかしく書いた、軽い、楽しい読み物だそうだ。
事実これらの作品には「我がロシアの国民ほどひがみっぽい国民はいない」など、日本人の感覚からみればこれは「不愉快になるのでは」というようなくだりがしょっちゅう出てくる。それにも関わらずゴーゴリの面白さを誇りにする者はいても憤慨する者はいない。理由を聞いても「だって、まったくこの通りだもん、ロシア人は」と言う。
ではそんなお笑い作家をなぜロシアは「ロシアの文豪」にしたいのだろうか。
ゴーゴリをロシアの作家としたいロシアの言い分は別のところにあった。ロシアあるいはソ連にとってゴーゴリの偉大さはこれらのユーモア小説ではなく、短編小説「タラス・ブーリバ」にあり、これがウクライナ生まれといえどもゴーゴリがロシアの作家である根拠となっている。
一方ウクライナは「タラス」が日本の「太郎」同様、ウクライナを代表する、ウクライナにしかない名前であることから、ウクライナの作家だと当然すぎる主張をしている。
物語は主人公のウクライナコサック、タラス・ブーリバがポーランドの支配と勇敢に戦う話で、最後にポーランドに捕まって火刑に処されるときに、「世の中にロシア人ほどの強い精神を持った者を見つけることができるだろうか?」と叫ぶ。この言葉は当然帝政ロシアに大いに気に入られた。革命後は帝政ロシアのやることなら何でも「悪」だったはずのソ連にも大ウケして主要部分は教科書に採用された。
ウェキペディアによると、この戦いのときにタラスはロシアの援軍をうけたという。当面の敵がポーランドだったためにロシア帝国と共同戦線を張ったわけだが、ウクライナコサックが勇敢に戦ってくれたおかげで、ポーランドは弱体化し、その後のロシア帝国のポーランド支配を容易にした。ロシアの援軍を受けたばかりに、ウクライナはそれから先ずっと恩を売られるという皮肉な副産物を受け取った。
コサックとは「社会離脱者」で、どこにも支配されたくない人間の集団である。ウクライナコサックも当然、ロシアにもポーランドにも支配されたくなかったはずなのに。(川上なつ)
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コメント
凄くおもしろかったです。
初めて知った情報ばかりで、読み応えがありました。
「軽い、楽しい読み物」って一番むずかしいと思うのです。
投稿: ミランダ | 2009年5月23日 (土) 22時37分
かのウーアのグリーングリーンを超えるかもの
http://www.youtube.com/watch?v=4r8fz_d1oBo
ロシアの横暴下、楽しみです
投稿: キャリー | 2009年5月25日 (月) 01時19分