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2009年4月22日 (水)

週刊新潮「赤報隊」自称実行犯に「騙された」記事を検証

島村征憲という人物が朝日新聞阪神支局襲撃など一連の「赤報隊」事件の実行犯と「実名告白」した記事が誤報と、記事を載せた週刊新潮が認めた記事が同誌09年4月23日号へ掲載された。まずこの記事の通り編集部が「騙された」を信じたとして考えてみる。

もし「騙された」ならば典型的な「騙された」パターンといえよう。まったくの虚偽、例えば「私の隣人は宇宙人だ」という主張をする人物に話を聞くと内容が『ディーテールに富み、内容にほとんどブレがない』『妙なリアリティを感じ』(注:『』内は週刊新潮09年4月23日号の「騙された」記事より引用。以下同)ということがある。というかしばしばある。思わず「もしかして本当に宇宙人?」というほどに。だから「騙された」がわからないではない。しかし一定の取材経験があれば、そうした特異な人物がいることもまた十分にご存じだったはずで、そこの疑問がぬぐえない。

『島村氏は不思議なほど何も要求しなかった』『金銭を要求したことは一度もない。売名とも考えにくい』のが信憑性を高めた要因というのも理解はできる。ただ前出の「私の隣人は宇宙人だ」タイプもまた概ねそうである。すなわち金銭などの要求があれば直ちに真意が見抜けるというのはわかる半面で、それがないから信じられるというわけでもないのだ。
虚偽であろうが事実であろうが自身にとって不利に決まっている話を記者にしてしまうという例はゴマンとある。ありていにいえば、その不思議な心理こそ「渦中の人」から特ダネを取る決定打の一つである。だからこそ見返りのないデタラメでも話してみたいという心理もまた当然に存在するのだ。

『自立支援のためにある程度のこと』を編集部が島村氏に『すべきであろうと思った』というのも一理ある。確かに『記者の仕事ではない』。だが新潮社の編集部員というのは私の知る限り週刊新潮だけを読んでいては想像もつかないほど親切丁寧で対応も穏やか。文芸を生業とする上品な出版社の社員さんという印象がある。だから便宜供与となじられるのは不本意であろう。それはわかる。
『週刊誌の使命は、真偽がはっきりしない段階にある『事象』や『疑惑』にまで踏み込んで報道することにある』は賛否両論あろうけど私は支持する。ただし『報道機関が誤報から100%免れるのは不可能』は「それを言ってはおしまい」だ。とくに誤報の顛末を紹介する記事においては。

以上が「騙された」を信じた場合。次に実は騙されていなかったのではないか。あるいは途中で騙されたとわかったのに記事化したのではないかという疑問を呈する。

まず『その後押しをしたのが「(証言は)実名の方がいいでしょう(中略)」という島村氏の言葉』『実名での告白を重く見過ぎた』である。そうだろうか。後押しないしは「重く見過ぎた」という程度の問題だろうか。何しろ誤報記事のタイトルが「実名告白手記」である。私は実名でOKと島村氏が承諾した時点で他の疑問を超越して「実名告白手記で行けるぜ!」と勇んだ気がしてならない。真偽不詳の内容を述べる当事者(取材者ではない)へ「本当なら実名でもいいですね」と踏み絵を迫る手法を知らない記者・編集者はあまりいないはずだ。
次に『アメリカ大使館佐山』へのアプローチが甘すぎる点。この人物は『島村氏に犯行を持ちかけたり、銃器類を用意したことは否定』している。他方で手記は「佐山」こそ真の黒幕である。その人物に接触しておきながら詰めなかったのはなぜなのか。そもそも島村氏の手記を信じていたならばどうして「佐山」氏を実名で報じなかったのか。
なるほど時効の問題はあろう。でも新潮はかつて法的に、あるいは慣習上実名報道をしない、できないケースでも行ってきた。ことは普通の事件ではなく116号である。その黒幕を見出しながら仮名というのは不可解だ。確信が持てなかったがゆえの仮名ではなかったのか。

そして以前にも書いた点だが、なぜこれほどの特ダネ(と報道時点では信じていたはず)を連載にしたのかである。心から島村手記を信じていたならば世紀の大特ダネである。と同時に週刊誌は週に1回しか発行できない宿命がある。もし世紀の大特ダネならば発行当日どころか前日には大騒ぎになっていて事件が事件だけに大新聞を中心とする記者が総力で後追いするはずだ。となると連載2回目までに書き立てられてしまって鮮度を失う。そうとわかっていながら4週に刻んだ理由は何だ。ぜひお答え願いたい。

116号は週刊新潮もまた含まれる「報道機関」を暴力で踏みにじった途方もない事件だった。当時支局詰めだった私も社こそ違え赤報隊に脅迫されたこともあり異様な雰囲気をいまだ覚えている。それを軽々に扱ったという点だけは別途に反省の弁を聞きたいものである(編集長)

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コメント

被害者のご遺族は、未だに悲しみが拭えないでしょう。しかし、今まで未解決で終わっている事件には必ず知らない方がいいことがつきものです。3億円事件の盗まれた現金の行方を知っている人物に接触できそうだと漏らしていた記者が行方不明になったという話もありましたから。実名公表した人は大丈夫か?

投稿: さくらん | 2009年4月22日 (水) 16時59分

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