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2009年4月11日 (土)

Brendaが行く!/人生なんて束の間の幻影

最近特別に悲しい事もつらいこともないので泣くという行為をしばしのあいだ忘れていた私だったが。

昨夜、ひさびさに号泣した。


デビットヘルフゴットの妻が書いた本を読んでいる。


デビットの言葉

「ピアノを弾くのをは危険な仕事でね」

「それでも、その危険をおかさなくてはならないんだ。なぜって人生なんて束の間の幻影だからね」


この言葉を読んだ瞬間に、一体私はなにを心に抱えていたのかわからないけれど、目から涙が吹き出してきた。



そして、さらにデビットは
「だから、すべての音譜を充分に知り尽くして、目隠ししていても弾けるようにならなくてはいけない。あの夜、僕がラフマニノフを弾いた時は完全に暗譜できていたし、魔法のようなできばえだということに気付いていた。ーーーーーーーーー


あの夜は本当に霊感がはたらいていたんだ。
バランスがよかった。
本当に満足だった。
完全だと思った。


僕は自分の途方もない夢もおよばないほどに成功した。」





私は最近もういい加減いいや・・・と思うことも多くなった。
なぜなら、どんどん若くなくなっていくことがわかったし。
頭のいい人は、はやいうちに半分ぐらいリタイヤする世の中にもなってきていると思う。
喜びのためだけに働いていられたらどれだけ人生は豊かになるだろうか。
そして、私はまだ幸いな事にこの「喜び」を持っている。
特に女性はこれまで培った知恵を生かしてお金と知性をもとに子育てをするのもとても良い。
だから、本当は、いろいろがんばるよりも、お金の運用をよく考えて、若いうちから投資をしっかりして、そういったことを人生のなかで築いていく事の方がよほど堅実で知的な生き方だと私は思っているし。

私の20代の目標は「とにかく幅広い経験をつみ海外に出て行く事」であり、キャリアを築く寸前の最高の自己投資の10年と考えてきた。そして、30代の10年は「所有」この言葉のみにつきる。30代という10年で、リタイヤできるようにがんばって所有をしていかなければいけない。

それでも音楽は死ぬまで私が歩き続ける永遠に終わりのない道なのだと思う。

私がどんなに逃げようとしてもピアノが私を追いかけてくる。
どうしてやめられないのか何度も考えても、また自然にピアノに向かって弾いている。
ピアノは悪魔のささやきのようにたまに私の手の中に忘れられない最高のご褒美を残していく。
そして私はその危険とたちむかうために、一人きりで必死にとりつかれたように奉仕しつづけている。

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