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2009年3月24日 (火)

アフガン終わりなき戦場/第14回 ジャーナリストの存在価値(2)

 ふいに思い出すのはペシャワール会代表の中村哲医師についてだ。医師と時間を共に過ごしたのはわずか10日だが、彼のたんたんとした仕事ぶりは「この人は本物だ」と思わせるに十分だった。
 中村医師はもうアフガニスタンで25年近く活動している。注目されたのは2001年のアメリカ侵攻以降だろう。それまでは静かに支援活動をしていた。昨年8月の日本人ワーカー、伊藤和也さんの殺害事件以降かなり騒がれたが、わたしが取材した10月、中村医師はたんたんと作業をこなしていた。
 朝5時に起床し、夕方5時に宿舎に帰宅。夜は深夜まで水路の図面を引いている。
 自分の仕事を誇るわけでも、アフガン情勢に関して熱弁を奮うわけでもない。博識なのだが、知識をひけらかすような真似もしない。
 静かに、静かに、作業をこなしている。
 日本では中村医師のファンもいようが、遥かかなたのアフガニスタンにはその声も届かない。お金が儲かるわけでもない。現在はどうか聞かなかったが、中村医師はペシャワール会から給料をもらっていない。アフガニスタンで活動し、帰ってきては臨時の雇われ医師として病院で家族のために働いていたそうだ。
 何かをする際に、いちいち自分の正当性を主張する人間は信用できないだろう。中村医師は口を動かす暇があるなら、もっとできることがあると思っているのだろう。
 額に汗流し、ひたすらアフガン人のために泥にまみれて働いている。

 中村医師のような直接的な援助が、アフガニスタンのためになっているのだろう。
 私のような半人前のジャーナリストに何の存在価値があろうか!
 「アフガニスタンのため! アフガニスタンのため!」
 と大風呂敷を広げても、本当にアフガニスタンのことを思うなら、日本で働いて、ペシャワール会のようなNGO団体に金を送ったほうが、マシではないか。
 と、思わずにはいられない。

 それでもわたしは来月、アフガニスタン取材に再度入る。
 私の好きな映画に『戦場のフォトグラファー』というものがある。1948年生まれ、世界的な戦場写真家ジェームズ・ナクトウェイを追ったドキュメンタリー映画だ。
 ナクトウェイのスチルカメラに小型のビデオカメラを取り付け、彼の眼を通して、世界の惨劇の現場を回る映画だ。マッチョな戦場写真家のイメージとは違い、ナクトウェイは感情を荒げることなく、黙々と写真を撮っていく。
 親族を亡くし泣いている女性にもカメラは冷静に向けられ、パシャ、パシャ、とシャッターが切られる。静かに静かに自分の仕事を遂行していく。
 眼は釣りあがるのでも、悲しみにうるむのでもなく、至極冷静だ。
 多くは語らず、ゆっくりゆっくりと自分の言葉を探し、搾り出すように喋る。
 けれど、ナクトウェイの目標は「戦争を無くすこと」だという。
「ぼくは誰でも、戦場の現実を見れば戦争はいけないことだと思うと思う。だけど、全員を戦場に連れてくることはできない。だから、僕が換わりに行く」
 明確な目的があるから、無駄なことをしないのだ。

 中村医師も同じだ。
 医師にどうしてここまで大変なことを25年も続けてこられたのか、聞いたことがある。
 決心を語るわけでも、演説する訳でもない。静かに答えた。
「昔の日本ではね、困っている人がいたら助けるのは当然だったんだよ」
 多くを語らないその言葉の中に、中村医師の力を感じる。ひたすらたんたんと仕事をこなす。

 わたしには中村医師も、ナクトウェイも同じくらい美しく写る。両人に言えば、違う、と言われるかもしれない。けれど、人を助けようとしている人間は、静かに必要なことを成すのだろう。
 わたしもそうなりたい、と思う。器量が違うのは分かっているが、馬鹿は馬鹿なりに。アホはアホなりにできることをやろう。
 もう、自分のことをグチグチ言うのもやめよう。
 来月は現地から最新ルポをお届けする。(白川徹)

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