ロシアの横暴/第13回 経済危機とロシアの崩壊(下)
さてロシアの経済はどのように混乱しているかというとまず、対ドル交換レートが半年前の2008年9月比で1.5倍ロシアルーブル安になっている。具体的には1ドル=23.5ルーブルから36ルーブルである。そして上がり放題だった不動産価格がそれこそ坂道を転がり落ちるように値下がりしている。
不動産価格の次は一般物価で、現地(中部ロシアのある地方都市)からの最新情報によると40%ぐらい値下がりしたそうだ。なんだか日本のバブル崩壊時期のような現象である。いわゆる何も持っていない庶民には当然のことながら値下げは福音だ。安ければそれでいいわけで、そこに政治のどんな陰謀や失策があるかは問題ではない。目の前に饅頭があってそれが食えたらいいじゃないか、というレベルである。
地下資源が豊富だから多少原油がさがっても平気、と高をくくっていたロシアは経済危機を脱するのに「保護主義」というものを発動した。輸入関税を引き上げて国内製品を保護しようというものだ。この保護主義のせいで日本産中古車ビジネスは壊滅的な打撃をうけた。だからロシアの特に極東地域では反政府デモが頻発している。ここでデモに参加している人は、日本からの中古車輸入ビジネスで生きて来た人々で関わってきた人は極東地域全体の25%に及ぶというから大変な数字だ。「安くて高性能」の日本産自動車の中古車販売ビジネスは潤っていた。人々は自由貿易に参加し、そこそこの収入を得て「エリツィン・プーチン改革さまさま」の自由市場を満喫していた。
輸入関税引き上げは国産車保護のためとなっているが、ではこの措置で国産車業界は保護されたのだろうか?それはもちろんない。ごく少数の富裕層以外は国産車も中古車も買えないからだ。プーチン首相の命令でいくつかの自治体が公用車を国産車に切り替えた以外、だれも買う人はいない。
「ロシア人の後知恵」という言葉がある。「ロシア人の脳味噌はあとで働く」とする訳者もあるくらいだ。実際にロシア人と接してみるとギャグではなく、まさしくそのとおり、と感じることがよくある。ゴーゴリ著「死せる魂」の一節にもおなじみのロシア魂として登場する。灯を見るより明らかなことを全然読みとれず、ほとんど終盤になって「ああ、これに気がつかなかった俺はバカだった」と頭を叩いて、ロシア人の知恵はあとから来るんだよ、と開き直るものだ。
安い輸入中古車におされて低迷していた、というよりほとんど機能していなかった国産自動車は政府が突然発した「国産車保護政策」で飛び上がって喜んではみたものの、何の実入りもないことに気づくことになる。
「プーチンが国産車保護目的の輸入関税引き上げを実施!」でやがては大量の失業者が発生し、国産車どころかベビーカーも買えない状態になることに想像が及ばない。国産車が巻き返しに転じることはなく、「実は失業者が増えれば国産車も売れない」ことにやっと気づく。こういうのがロシア人の後知恵である。
一連の経済恐慌対処策に浮かれていても、自分の食卓が豊かになることはないのに気づくのはもうすっかり生活が破綻したのちで、にっちもさっちも行かなくなってからだ。
ロシア政府にほんとうに「国産を保護」する気持ちあったかどうかは疑わしいところではあるが、保護主義のおかげで大量のビジネスマンが食い扶持を奪われ、その結果だれも保護されないという、皮肉な現象をうむことになった。
そもそもロシア極東地域の中古車販売ビジネスは「共産主義経済から脱皮した自由貿易市場」として政府の推奨で発展してきた。産めよ増やせよではないが、「売れよ、儲けよ」と煽られての事業だった。地方自治体の首長もこれらのビジネスに肩入れしたり、自ら首を突っ込んで商売にいそしんできた。ヤミ商売から成り上がったとはいえ、売り上げに応じて払う税金もきちんと払い、「ビジネスを奨励してくれた政府に感謝を込めて」永遠にこの自由主義経済が続くことを願っていたのだった。
ところが経済危機が本格化すると政府の態度は豹変した。
「やりたい放題に不法なビジネスを広げ国内企業を圧迫している」「国家に必要な輸入税をすり抜けている」
政府の豹変ぶりに地方自治体の長は縮みあがった。
地方自治体の首長をクビにできる、というのは世界的にみてもめずらしい制度である。数年前までは地方自治体の首長はたとえ「不正選挙」でも住民が投票して選出した。そのうち、大統領の気に入らない首長はいつでもクビに出来る制度になった。国民が選んでクビにするときは大統領のツルの一声では矛盾しているというので、そのうちに任命も解任も大統領権限になってしまった。
この制度をうけて各地方自治体の首長は、地元住民の都合より中央政府の顔色を気にするようになったのはいうまでもない。
しかし、だれをクビにしようと経済事情は好転しないことは確かである。一般物価が下落すれば庶民はよろこび、一時的に「好転」したような陽炎があがるだけだ。
産経新聞の特派員が書いた記事におもしろいものをみつけた。リストラだ失業だという割には人々が高価な日本料理店に集う現象を不思議に思った記者が現地スタッフに訊ねたそうだ。その返答だそうだ。
「『ロシア人特有の気質も関係している。カネは持っているときに、あるだけ使う。解雇されたらそのときに考える。』ソ連崩壊後、何度も見舞われた経済危機から得た教訓なのかもしれない」(産経新聞1月23日)
実はこれはソ連時代から受け継がれたロシア人気質である。ソ連時代は金があっても買うものがなかったので、何かを買うチャンスが到来すると、――たとえば米国製ジーンズとか、日本製ラジカセなど――有り金をはたいて買った。ソ連崩壊後はバウチャー発給や通貨切り替えなど、思いつき経済政策で大事な虎の子を紙切れにされた経験から「今度は紙切れになる前に使っておこう」と思っているのだろう。
こんな現象をみていると「もうすぐロシアは崩壊する」のではなく「もうすでに崩壊している」とも言える。それをどのような方法で乗り切ろうとしているのか、予測ができない。まさか、原油高で稼いだ金はいまのうちに使っておこう、ロシアが破産しちゃったら、どこかに逃げればいいさ、とは思っていないだろうが。(川上なつ)
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