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2009年1月 1日 (木)

新聞崩壊の影響を考える

 明けましておめでとうございます。
   今年もよろしくお願いいたします。

 さて、年始のご挨拶ということで、ご祝儀で景気のよい話でもしたいのだが、残念ながらどこを探してそんな話がみつからない。どうせ暗い話しかないのなら、昨年の10大ニュースでも取り上げてメディア絡みの暗~い話をめいっぱい書いておきたい。

 昨年、衝撃を受けたのは新聞の不振だった。別に新聞社が好きなわけでもないが、「まあ勝ち組だろう」と思っていた朝日新聞が半期ベースの連結決算で100億円以上の赤字を記録したのには驚いた。単体でみても売上高が142億円も減少。広告の落ち込みが特に激しいという。
 となれば他の新聞社も想像の通り。
 毎日新聞中間期の連結決算は、営業利益で前年同期5億4100万円の黒字が25億8000万円の赤字となった。産経新聞の中間期・連結決算では、9億2900万円の黒字だった営業損益が、4億3400万円の赤字になったというから深刻だ。
 米国ではシカゴ・トリビューン紙やロサンゼルス・タイムズ紙を発行するトリビューン社が経営破綻となった。すでに米国の新聞記者1万5422人が解雇や買収による悪影響で苦しんでいるとの報道もある。米国新聞雑誌部数公査機構によれば、08年上半期の米新聞の発行部数は4.64%も減少した。時期を考えれば、金融不安が大きな影響およぼしたとも思えない。

 つまり新聞を取り巻く環境が、米国でも日本でも急激に厳しくなっているのだ。
 広告主はネット媒体へと軸足を移しつつあり、無料のインターネットニュースが販売部数を奪っていく。この状況のなか、100年に1度といわれる経済不況に突入したのだから、日米ともどの新聞社が潰れてもおかしくはない。

 さて、新聞が読まれなくなると何かが変わるのだろうか?
 意見の分かれるところかもしれないが、わたしは変化があると考えている。その一端を感じさせるのが、2008年の重大ニュースだ。

 まず、新聞之新聞社(小社の近くなんです!←それがどうした……)が主催した「社会部長が選ぶ今年の10大ニュース」を見てもらいたい。新聞・通信8社の社会部長が選んだという。

1位 「米国発の世界金融危機。日本でも経営・雇用の悪化が深刻に」
2位 秋葉原7人殺害など無差別殺傷事件相次ぐ
3位 福田首相突然の退陣と麻生政権の迷走
4位 中国産冷凍ギョーザ中毒事件など食の安全揺らぐ
5位 ノーベル物理学・化学賞を日本人4人が受賞
6位 イージス艦衝突事故や田母神論文問題など防衛省の不祥事続発
7位 宮崎勤死刑囚ら15人に刑執行
8位 妊婦死亡など医療崩壊が顕在化
9位 大分県教委で採用や昇進をめぐる汚職事件
10位 角界や大学で大麻汚染広がる
10位 岩手・宮城内陸地震

 どれも納得のニュースだが、興味深いのは「岩手・宮城内陸地震」を除く6~10位の項目が、読者投票で選んだ読売と毎日の2008年10大ニュースに入っていないことである。特に6位の防衛省不祥事や7位死刑執行増加がランクインしなかったところに、記者と読者の温度差を感じた。

 2004年に内閣府が発表した「基本的法制度に関する世論調査」によれば、「どんな場合でも死刑は廃止すべきである」6.0%に対し、「場合によっては死刑もやむを得ない」が81.4%となっている。死刑廃止を選びにくい選択肢になっていることは否めないが、それでも94年には同じ質問で「廃止」が13.6%、「やむを得ない」が73.8%だった。10年で廃止派が半分以下になった計算だ。
 こうした世論を背景にして、死刑執行が増加し厳罰化傾向が続くことに、新聞記者が不安を感じるのはもっともだろう。加害者の人権という問題を別にしても、起訴されたら99%が有罪になる日本の暗黒司法体制下で、厳罰化と死刑執行増加が続くなど、ろくでもないからだ。
 5年前には立川の自衛官官舎に反戦ビラを配った人物が75日間勾留された。左翼が騒ぐからだと言いたい人もいるだろう。しかし大物政治家のシンクタンクで働いていた女性を浮気調査で尾行していた人物が、シンクタンクからの通報で数ヶ月も勾留されたという話を個人的に知っている。加害者への厳罰化は分かりやすい論理だが、そんなに警察や司法を信じて大丈夫なの、とわたしは感じてしまう。

 新聞には、世論に訴える目的で取り上げられるニュースがある。それは客観報道から踏み出したことになるかもしれないが、新聞の大きな意義でもある。一方、ランキングなどで人気記事が頻繁に読まれるネットでは、ランキングをにぎわせない、つまり民意に添わない記事は膨大な情報の波に沈んでしまいがちだ。

 近年、硬派なノンフィクションを出版することが、どんどん厳しくなっている。かつては採算分岐点をどうにか超えていた本が、まったく売れなくなってしまったからだ。ものすごく売れる本がある一方で、大量の良質な書籍が書店の膨大な在庫に沈んでしまう。そうなると、出版社としても良質だからという理由だけでは出版できなくなる。
 同じようなことがネット上のニュース記事でも繰り返されるのではないか?

 おそらく不況が深化する今年、メディアも大きく変化していくだろう。そのなかで弱小出版社が何をできるのかは分からない。(なんもできそうにないかも……)

 とはいえ頑張りますので、今年1年また応援をお願いいたします。(大畑)
 

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