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2009年1月23日 (金)

アフガン終わりなき戦場/第9回 十分な水がケシ栽培をなくしていく(1)

 昨年8月、アフガニスタン東部ナンガハール州で活動するペシャワール会の伊藤和也さんが武装グループに殺害された。事件後、多くの日本人スタッフは帰国を余儀なくされた。
 首都カブールから国連機で30分。ペシャワール会はナンガルハル州の州都ジャララバードに拠点を置いている。盆地のカブールと比べ、気候は温暖で暖かい。同会の宿舎は市内にひっそりと建っていた。
 以前十数人の日本人が生活していたスタッフハウスはしんと静まり返り、急な帰国だったためか、ホワイトボードには今はいないスタッフへの引き継ぎの連絡が書かれたままだ。代表の中村哲医師は日本人でたった1人残り、活動を続けている。
 ペシャワール会は元々医療系のNGO(非政府組織)だ。1984年から活動を始めた。現在では「干ばつこそがアフガニスタン最大の危機だ」と、水路建設を03年から行っている。
 事業に変更は無い、と中村医師は言い切る。ペシャワール会の活動は現地の生命線であり、事業撤退は即ち現地の人の生活に深刻な影響を及ぼす。中村医師は疲労の色が浮かんでいたものの、アフガン復興に燃やす信念はいささかも揺らいでいない様に見えた。
 水路建設の先端では、重機が土ぼこりを巻き上げ、忙しく動き回っていた。道すがらの田園と違い、完全な砂漠地帯だ。まだ水が来ていないのだ。
中村医師がパシュトゥーン語で指示を出すと、現地作業員がきびきびと働く。中村医師は飛ぶように現場を走り回る。20代の筆者がついていくのがやっとなくらいだ。
 アフガニスタンの干ばつは危機的状況にある。住民の90パーセントが農民の農業立国でありながら、2000年代の干ばつ以降食料自給率は50パーセントを割らんとしている。国民の半分が食えない、危機的状況なのだ。今年、アフガニスタンでは500万人が飢餓に直面するとの報告があるが、中村医師は「最低500万」と言う。
 ペシャワール会の奮闘ぶりは高く評価されている。村人に話を聞くと、「日本はアフガンの本当の友人だ」と口々に言った。しかし、アフガニスタンを蝕む暴力は同会にまで届いている。中村医師はセキュリティ管理について「現地の人々が護衛です」と言う。しかし、治安の急激な悪化により伊藤さんの事件に関わらず日本人スタッフを今年10月までに帰国させる予定だった。中村医師も近いうちに「現場に出れなくなる可能性がある」と言う。
 アフガニスタンの治安は転がり落ちるように悪化している。

 切り立った崖の横で、重機を使った工事が進められている。削岩機がけたたましい音を立てて岩を砕き、ゆっくりとした歩みで水路ができていく。削岩機の運転席にいるのはペシャワール会の代表、中村哲医師だ。
 何事も自分でやってみせないと人がついてこないから、と水路建設の現場で彼は機敏に動きまわる。中村医師がパシュトゥー語で指示を出すと、ひげ面の作業員たちが機敏に仕事をこなす。現場の全てが中村医師を中心に動いている。夜は水路の図面を引いている。作業をしながら眠ってしまうので、ここしばらく布団で寝たことが無いと言う。
 日本人ワーカーの伊藤和也さん殺害事件以降、日本人スタッフが中村医師を残して帰国を余儀なくされたため中村医師は1人で作業の全工程をこなしている。「忙しいけれど、会議が無くなったから効率はあがった」と、疲れた顔で静かに笑った。
 ペシャワール会は現在マドラサ(イスラム神学校)を建設中だ。イスラム国のNGOを除き、外国の援助団体がマドラサを作ることは無い。タリバンがマドラサを中心にして誕生したこともあり、外国人からは「武装勢力の温床」と思われるからだ。米英軍はマドラサを明確な攻撃対象とさえしている。
 中村医師は「マドラサはイスラム社会の要」だと言う。マドラサはストリートチルドレンの保護施設や、図書館、争いごとの調停所の役割を持ち、イスラム社会の中核を担っている。建設現場では現地ワーカーが元気よく働いていた。「マドラサは私たちの文化そのものです」と10代の作業員がにこやかに言う。マドラサは完成すれば地域最大規模になるという。宗教指導者が裁定を適宜下せるため、治安の安定も望める。
 中村医師は現地に必要なものを最大限用意することに専念する。水路然り。マドラサ然りだ。元来医者であるが、現地に必要ならば、と門外漢の仕事もこなす。
 伊藤和也さんの事件について中村医師に聞いた。聞くと、顔を曇らせ「話したくない」と言う。
「ペシャワール会は今までに5人の殉職者を出している。語弊はあるが、人間の命の尊さは同じだ。伊藤君を特別扱いはしたくない」
 中村医師は伊藤さんの死を心から悲しんでいる。しかし、それまでに亡くなった5人のアフガン人ワーカーと比べて、別段騒ぐようなことはしない。騒いでいたのは私たち日本社会の側だ。事件以降、中村医師の責任を問う声や、伊藤さんの死を「NGOではセキュリティに不安があるから」と自衛隊派遣につなげようとする政治家がいた。中村医師はそのような事にほとほと疲れている様子だった。
 中村医師は今後、活動をさらに強化していく予定だ。干ばつは待ってはくれない。中村医師の眼は真っ直ぐアフガニスタンを向いている。(白川徹)

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