ロシアの横暴/第9回 大学科目の80%以上がマルクス関連!?(上)
15年以上も前のある日のこと、ロシア関連のテレビ番組を観ていた。
「ソ連時代、大学や専門学校など高等教育プログラムは80%がマルクス・レーニン主義に関する科目でした。ほんとうに無駄なことに時間をつぶしてきたものです。だからロシアは経済改革をうまく進められないでいるのです。経済やビジネスに関する科目をもっとやるべきでした。愚かな政治に国民はふりまわされました。ロシアが混乱しているのは国民が悪いのではありません。政治が悪かったのです」と、いくらか訛はあるが流ちょうな日本語で若いロシア人女性がしゃべっていた。そうとう昔のことなのでセリフは正確に覚えていないが大意はこんなところである。
そのころはソ連がマルクス・レーニン主義と決別したというので世界中が浮かれていた。日本のマスコミも御多分に漏れず、「ソ連時代はいかにひどかったか」といったテーマで番組を作るのがはやっていた時期である。特にテレビは現地人(つまりロシア人)を出演させ、「ソ連の真実の姿」がかつて自分たちの覗き見から推察し、流してきたとおりだったことを強調したかったようだ。アフガニスタンの女性がスカーフを脱いだ写真を大きく掲げて、いかにタリバンがひどかったか、いかに女性たちが自由になったか、とバカ騒ぎしたのと同じである。
大学の科目の80%以上がマルクスレーニン関連だ、とロシア人が語ったら、みんな本気にするじゃないか!
日本人はソ連やロシアについてほとんど知らないからこの番組を観た人は「ソ連はなんて愚かなんだ!」と思ったことだろう。放送局とて視聴者をだまそうと思って企画したのではなく、いかにソ連がひどい状態にあって国民が苦しんできたかを心優しい日本の視聴者に伝えようとしたのだとは思うが、呆れた番組であった。
あるロシア人医師(この人は日本の医科大学を卒業して開業している)のところにはロシア政府高官などが治療に来るが、看護士がわりに医師が同行してくることがある。ロシアでは医学の基礎理論はしっかりしているのに同行してくる医師たちはおしなべて力量が低い。そして「僕らの青春時代は共産主義下でろくな教育がなされなかった」と自分の力量のなさを嘆くそうだ。自分が勉強しなかったからだとは思いつかないらしい。
ソ連の教育プログラムについては知らない人が多いと思う。優秀な科学者を多数輩出しているからきっと高度なんだろうというところか。
では実際にはどうか。ソ連が崩壊して久しいから、教育課程も変貌している可能性があるが、大筋は変わっていないはずだ。
ソ連時代の教育は、レーニンの教え「学べ、学べ、そして学べ」に従って強力に押し進められた。だからアッという間に広大なロシアの文盲を一掃してしまったのだ。
義務教育は11年制で、就学前の1年間は「就学前準備教育」として読み書きを教えるので実質12年制ともいえる。11年のうちの9年が義務教育で最後の2年は制度上は選択となっている。しかし日本の高等学校同様、ほとんどが11年生まで進む。
11年を修了すると上級学校に進むか就職するかだが、この上級学校が冒頭に登場した「80%はマルクス・レーニン主義関連科目の」大学・専門学校である。上級学校もすべて国立で、特に大学ははじめの2年間は一般教養、その後に専門科目になる。学業成績がふるわないと、奨学金停止や退学などしかるべき措置が情け容赦なくとられる。一部共産党幹部や工場長子息には甘いという噂もあるが、それも限度問題である。
大学を卒業すると、はじめの2年間は国家が決める赴任地(といっても強制ではなく、いくつかの選択肢が提案される)で就労しなければならない。なぜかというと大学の授業料・奨学金はすべて国家が払っているからである。
さて、話をもとに戻して、ソ連の大学の履修科目の80%がマルクス・レーニン関係科目だったかといえばそれは全くのデタラメである。専門科目がどんなに優秀でも、マルクス・レーニン主義関連科目を落とすと卒業できない、いわゆる必修科目に指定されているだけのことだ。日本の大学でも「体力づくり」と称して体育が必須になっている。ただし全履修科目の80%ではなく5%程度である。その点も日本の体育必修制度と似ている。
こうしたソ連のきっちりとした高等教育システムに従ってプーチン首相もメドベージェフ大統領も国立レニングラード大学の法学部に学んだ。プーチンはKGBに入り、得意のドイツ語を活かして東ドイツに赴任した。メドベージェフは弁護士になって国家に貢献した。どちらにしても履修科目の80%はマルクス・レーニン関連科目では到底及ばない職業である。<つづく>(川上なつ)
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