ホームレス自らを語る 第18回 私は神である/岡田信彦さん(53歳)
生まれは広島県の呉市。昭和29年生まれだから、今年53歳になる。呉は昔から軍港として栄えた町で、海軍工廠もあった。戦艦「大和」もここで建造されたんだ。
オレは5人兄弟の末っ子。オヤジは漁船員をしていた。漁に出た日は毎日魚を土産に持って帰ってきてね。瀬戸内海の魚は、どれも活きがよくてうまかった。タイ、タコ、イカ、ハモ、フグとかね。ホントにうまい魚ばかりだった。
小学2年生のとき、一人で花火遊びをしてたら、その火が近所の民家に燃え移って火事になってね。その家は丸焼けになってしまい、オヤジからドえらい剣幕で叱られて、そのまま施設に預けられた。
うーん、何の施設かよくわからんが、小学1年生から中学3年生までの子が全寮制で生活していて、たしか「広島学園」とかいったと思う。オレも学園には中学3年までいて、それから福岡の牧場に雇われて働いた。
その牧場は乳牛を150頭も飼育していて、作業が重労働で大変なんだ。朝は3時起床で、150頭からの牛に餌をやって、それから搾乳だ。まだ搾乳器なんてない時代だから、1頭1頭手搾りだからね。それがすむと牛糞の片付け、餌の草刈り、冬の餌用の干草づくりと休む暇なしさ。とてもやってられないと思って、そこは7ヵ月くらいで逃げ出していた。
それから呉に戻って、左官の親方のところに弟子入りして見習いになった。左官の仕事にも肉体労働はあるけど、牧場の仕事に比べれば天国のようだった。ただ、どういうわけか、いつまでたっても見習いのままでね。3年も辛抱したけど見習いのままで、ちっとも上にあがれないんだ。それで左官の仕事に見切りをつけて、東京に出てきた。
東京に出てきて、いきなり自衛隊のスカウトマンに声をかけられてね。オレも仕事を探していたときだから、渡りに船でそのまま自衛隊に入隊した。
横須賀の基地で3ヵ月間の新人訓練を受けてから、北部方面隊(北海道)の名寄の駐屯地に配属になった。機関銃部隊に入って、機関銃の射撃訓練に明け暮れる毎日だった。冬になると機関銃を担いで、スキーで移動する訓練もあった。だから、スキーは上手なもんだよ。
自衛隊には3年間の満期除隊になるまでいて辞めた。除隊のとき階級は陸士長だったから、旧陸軍でいえば上等兵になるのかな。
自衛隊を除隊して東京に出てきた。あとはお決まりの建設工事の日雇い作業員になった。飯場から飯場を渡り歩く生活だ。
その日雇い作業員をしていた5年前のことだ。道路を横断しているときに、車にハネられて大ケガを負った。右足を骨折して15針縫うケガで、病院に1ヵ月間入院した(岡田さんはいまもケロイド状に残る、ケガの跡を見せてくれた)。
1ヵ月後に退院して病院を出されたんだが、右脚を引きずるようになっては、もう現場の肉体労働は無理だからね。それでここ(大田区六郷橋下)に来て暮らすようになった。ホームレスになったわけだ。
生活は見ての通り、アルミ缶拾いをやっている(取材中、岡田さんはアルミ缶とスチール缶の選り分けに余念がなかった)。アルミ缶はいま1㎏180円くらいで引き取ってもらえるから、1日の稼ぎとしては1500~1600円くらいになるのかな。贅沢はできないけど、食べるのには困らないね。
それにしても、アルミ缶は拾っても拾っても尽きることがないからね。ありがたいというか、不思議なもんだ。
(このあたりから、岡田さんの言動が少しおかしくなっていく)
毛利元就を知っているかい? そう、戦国時代の武将で、オレの生まれた呉をはじめ中国地方10ヵ国に、伊予から豊前までを治めた逸材だ。3人の息子を前にして、1本の弓矢では脆くて折れてしまうが、3本で結束すれば折れないという教訓を残したことは、よく知られているだろう。
実はオレはその毛利元就の末裔なんだ。ウソじゃないよ。いまはこんな生活をしているから、それを証明するものは持ってないんだがホントのことだ。
それとね。平成天皇である明仁陛下は、オレの兄なんだ。つまり、オレは今上天皇と血を分けた兄弟である。だから、皇太子の浩宮親王は甥にあたる。
毛利元就の末裔であって、今上天皇と兄弟であるオレは神である。
こんなところでホームレスをしているのも、ある使命を帯びているからだ。その使命とは北海道から、九州、沖縄までの47都道府県に1ヵ所ずつ、ホームレスの保護センターを建設することなのだ。
まだ1ヵ所もできていないが、1年半以内に47のセンターを建設しなければならないから、いま非常にいそがしい。
1年半でできるのかって? できるさ。何しろオレは神だからね。このアルミ缶拾いも保護センター建設資金の一部にするためなんだ。いまの日本政府には建設資金を調達する能力がないから、それに代ってやれるのはオレしかない。
それがすんだらどうするのか? 地球上には解決しなければならない問題が山積しているからね。神には休んでいる暇はないよ。
(途中まで、ごく普通に淡々と進められてきた取材だったが、突然「オレは神だ」と言い出したあたりから妙な展開になった。どうやら、岡田さんは心を少し病んでいるようである。)
(聞き手:神戸幸夫)
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コメント
アルミカン・キロ160円は、北京オリンピック前の、うはうはしたころの値段で、今は、ものすごく下がって、50~65円です。ご存知だと思いますが、何か気になるので、蛇足と知りつつ、ご指摘したいと思います。
それから、誇大妄想、うわごと、神がかりは、とても人間的だと思います。ぼくも、放棄農地か、山を買って、ホームレスさんに“解放”したい、誇大妄想的“夢”を抱いて、日々過ごしていますから、彼の“病”には、正直共感します。
投稿: 田中洌 | 2009年1月 9日 (金) 11時02分
田中様
いつも「ホームレス自らを語る」をご愛読いただき、また貴重なご意見を投稿くださりありがとうございます。
ご指摘のとおり、今回の「私は紙である」は2007
年7月に取材し、雑誌「月刊・記録」の同年9月号
に掲載されたものの再録です。
このブログでお読みいただく目安として、写真つきの回が新作で、写真がついていない回は雑誌に発表したものの再録になっています。
今後も引きつづきご愛読と、忌憚のないご意見を
賜りますよう。
投稿: 神戸幸夫 | 2009年1月 9日 (金) 16時30分