キャロルキングの「マイ・リビングルーム」コンサート
08年11月21日に行ってきた。キャロルといえば名アルバム「タペストリー」(つづれおり)の大ヒットで女性シンガーシングライターの扉を開いた開拓者として歴史に名を残す。数年前から自宅の居間へお客様を招き入れ、本人がピアノ演奏しながらMy Living Roomコンサートが人気で日本でも同形式にて行われた。
間に20分の休憩をはさんで約2時間。66歳(と本人が言っていた)とは到底思えない全盛期と変わらぬ歌声で圧倒される。客層は私より年上の女性が主流。まあタペストリーが71年で、当時ティーンだったとなるとそれくらいになる。何となく大人しめだ。
セットリストはキャロルが唱った約25曲のうち「タペストリー」から10曲。いかにすぐれたアルバムだったのかわかる。
さてキャロルといえばタペストリー、タペストリーといえばキャロルというぐらい決定的な関係にある一方、ライターとしてのキャロルの歴史はさらに10年前にさかのぼる。ビルボードチャートでシュープリームスが“Will You Love Me Tomorrow”(タペストリーにも収録)でナンバーワンになったのは1961年1月末から2週。シュープリームス自身の初NO.1でもあった。
60年代前半のナンバーワンの面々を見ているとほとんどが男性だ。エルヴィス、レイ・チャールズ、フォー・シーズンズなど。64年からビートルズとストーンズが大参入して来るもやはり男。そのなかで継続してヒットを飛ばしたシュープリームス(およびダイアナ・ロス個人)はすごい。
キャロルが書いた次のトップはボビー・ビーの“Take Good Care of My Baby”(タペストリー未収録)で61年9月中旬から3週にわたってナンバーワン。翌62年8月末に“Loco-Motion”(タペストリー未収録)でキャロルのベビーシッターさんリトル・エヴァがトップ獲得後、グランド・ファンクが74年にカバーで1位を得る。63年1月にスティーブ・ローレンスが2週に渡り“Go Away Little Girl”でトップ。後にこの曲はドニー・オズモンドがカバーして71年にも3週間ナンバーワンに輝く。
というわけでキャロルは「タペストリー」以前の10代後半から20代前半にかけてすでにヒットメーカーだった。今回のコンサートでは以上の曲はすべて歌われた。
他にNO.1でなくても心に残る名作はある。ドリフターズの“Up On The Roof”(タペストリー未収録)やモンキーズの“Pleasant Valley Sunday”(同)アレサ・フランクリンの“Natural Woman”(タペストリー収録)など。これらもすべて歌われた。そういえばSMAPのことを「モンキーズのよう」と話していた。キャロルが例えると含蓄が違う。男性も歌える楽曲を提供していたという点も今さらながらすごいと思う。
キャロル自身の歌声によるNO.1は言わずと知れた“It's Too Late”で71年6月から5週連続の1位を獲得する。なおこの曲は同じタペストリーの“I Feel the Earth Move”のB面だったらしい。もちろん両方とも歌った。とくに“It's Too Late”は昨年の来日では歌わなかったので皆が息を飲んで聞いていた。
“It's Too Late”のトップを譲って一週間後、同じタペストリーから“You've Got a Friend”が1位に。ただし歌ったのはジェイムス・テイラー。これはアンコールの2曲目で皆で泣いた。さすがアメリカ国歌にしてもいいと米国人が思っている曲だけはある。
“It's Too Late”以前のチャートトップを見ていくと間違いなく「女性が1人で自作自演する」シンガー・ソングライターがほとんどいない。67年8月のボビー・ジェントリーぐらいだ。女性ソロボーカル自体も今のロックの系譜に入るのはジャニス・ジョプリンだけではないか。明らかに時代を変えた女性が年月を超えて変わらぬ声量で戻ってきた。奇跡のようなコンサートだった。(編集長)
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コメント
いいな~、うらやましいです。今日は、おれも聴いてみるか。キャロルキングにジェイムステイラー。あの頃の思い出に浸りながら・・・
投稿: 斎藤 | 2008年12月 3日 (水) 13時12分
斎藤様
ステージ上には居間が再現されていて2・3人が座れるソファーもありました。もしそこに座ってこのコンサートが聴ければ斎藤さんは死んでしまうかもしれませんよ
投稿: 月刊「記録」編集長 | 2008年12月 3日 (水) 18時13分
いやぁ、ありがとう。そうしたい。でも、心地よく寝てしまうだろうけど、まだ死ねねぇ。ところで、古いレコードを引っぱり出していろいろと聴いていたら、ジェイムステイラーの「君の友だち」邦題だけど、LPでは「おまえには友だちがいるよ」になっているんだもの。大発見!?というより、笑っちゃったな。いい時代だったと思った。返信不要。ではでは
投稿: 斎藤 | 2008年12月 3日 (水) 19時47分
斎藤様
フランク・ザッパの“The Man from Utopia”(1983)に至っては邦題は「ハエハエ・カカカ・ザッパッパ」でしたよ!
投稿: 月刊「記録」編集長 | 2008年12月 3日 (水) 20時22分