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2008年12月 2日 (火)

靖国神社/第8回 靖国神社 06年8月15日――この日、九段で起こっていたこと――(下)

 小泉首相はいったん官邸に戻るが、9時半過ぎの会見で靖国の目と鼻の先にある千鳥ヶ淵戦没者墓苑に向かうことを表明する。編集部員も千鳥ヶ淵に向かった。靖国からインド大使館を通り過ぎ、千鳥ヶ淵に続く道は普段では木々が覆う穏やかな雰囲気だがこの日は違った。互いが見えるくらい近い距離に警備員が配置され、通行人を固くさせるような緊張感を放つ。
 千鳥ヶ淵戦没者墓苑は、戦争中に亡くなったが身元不明などで遺族に届けられることのなかった戦死者の遺骨を納める場として1959年に創設された。現在では約35万人の遺骨が納められている。
 首相到着の20分くらい前からすでに50人ほどの一般の人がカメラを持ち、あらかじめ張られたロープの中で首相を待ちかまえていた。もちろん写真を撮る絶好の位置に作られた“プレス席”には大手マスコミ取材陣の姿がある。
 詰めかける人垣はどんどん増える。その群衆に流れるのはどんな空気なのか、想像がつくだろうか? ちょっとした衝撃を受けたのだが、そこで支配的なのは“スターを待ちわびる雰囲気”だったのだ、信じがたいことに。ひとりの青年が「ぼく、群馬からやって来たんですよ」と嬉しそうに話すのが聞こえる。「小泉さん、まだかしら」と言い合う50台くらいの夫婦がいる。

“無名戦士の墓”と呼ばれる千鳥ヶ淵に首相が献花に訪れること自体は何らおかしいことではない。墓苑は靖国神社のように戦争の“装置”として存在したわけではない、宗教的にもかなりニュートラルな位置にある。それでも、その場の雰囲気はなにかがおかしい。あこがれの教祖様にお目にかかりたい! そんな宗教的な臭いがするのだ。
 11時20分 SPの動きが慌ただしくなり、参道への道が一時遮断される。不意に3台の黒塗りの車がやって来る。巨躯の男たちに取り囲まれるようにして現れた首相だが、髪の白さがあって目立つ。ゆっくりと、堂々とした歩き方で納骨壺がある六角堂に向かう途中、前触れなく「小泉、なんで参拝したんだよ!」という声が飛んだ。スターの登場を期待する雰囲気に満ちていたから、この声はとても意外だった。その場に緊張が走るが、すぐさま反撃の声があちこちから飛ぶ。「何いってんだバカヤロウ!」「小泉さん、ありがとう!」そして、わき上がる拍手……。不穏な空気も束の間、千鳥ヶ淵においてもプチ小泉劇場ができあがった瞬間だった。納骨壺が納められている陶棺の前で献花した後、再びゆったりとした歩調、拍手に送られて、彼はその場を後にした。
 靖国に戻る。12時近く、拝殿に続く参道は人人人の洪水となっている。真夏のじっとりとした暑さを辛抱強く耐える行列は、じりじりとしか進まない。今年の8月15日に靖国を訪れたのは、なんと25万人。小泉首相が初めて靖国を参拝した01年の同日には12万5000人、05年には20万人まで膨れあがったが、今年はさらにその上を行った。5年前の実に2倍もの人が訪れたことになる。
 ギチギチにひしめき合っていたはずの人垣が、不意に割れることがある。多いときでは30人にもなるかと思われる特攻服の行列が、国旗や「尊皇」「平成維新」などと書かれた 巨大な旗を、持って拝殿に向かうときだ。特攻服たちの中にはまだ10代半ばの少年や、髪を金色に染めたなかなかキレイなお姉さんもいる。そして、周りにはその集団を興味深そうに眺める人たち。
 収まりようのない熱気に満ちた境内だったが、正午、黙祷のアナウンスが言い渡されると、ほとんどの人が物言わず立ち止まり、目を閉じた。人の動きが完全になくなるわけではないが、急に静寂が訪れた。

 午後、若い人に声をかけ、この日に靖国に来た理由をたずねて歩いた。ある程度以上の年齢の人が参拝に来る理由はなんとなく分かるが、20台あたりの若い人が8月15日に来る理由がイマイチ見えていなかったのだ。特攻服を着るわけでもない、今どきの軽やかな服装の男女はこの日もまったく珍しくはなかった。戦争礼賛神社とも呼ばれるこの場所に似つかわしくないはずのカップルもかなり多かった。
 彼らに聞いてみたところ、多くはなにか心に秘めた深い理由があるわけではないことが分かった。アンケート的な話の聞き方ではなく、ひとりひとり、中にはじっくり20分以上も話をしたケースもある。彼、彼女らの多くは、メディアの大きな影響を受け、靖国という場所に向けられた好奇心をもって来ていること、また、もう少し詳しく日本や靖国について知ってみようと思った、という動機で来ているようだった。小泉首相の参拝については、語るだけの知識がないので何とも言えないという意見、これが圧倒的に多かった。連日の報道が彼らに何かしらの考えを持つきっかけとなるのではなく、逆に靖国についてどう考えていいのか分からなくなった、という人も少なくなかった。

 もちろん、日本を知る、この考えがおかしいはずもない。むしろ若い世代に考えて欲しいことではある。しかし、そのときに靖国という場は“適切”な場だと言えるだろうか? 小泉首相の「信念を貫くための場」として騒がれ、取り上げられ続けたこの神社が、“日本”について考える適切な場であるとは、とうてい思えないのである。(本誌編集部)

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