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2008年11月29日 (土)

ロシアの横暴/第5回 人に優しくなれるカフカスのおもてなし(1)

Photo_2  国家的横暴といってもいろいろな表情がある。グルジア戦争をみているとロシアはすぐ武力行使をするから横暴、というごく単純な言い方もできるが、それだけではない、いろいろなところでいろいろな形ではびこるのがロシア流横暴である。
 新聞やテレビでいくら首都モスクワの繁栄ぶりを見せられても、ロシアの横暴は基本的に300年前と何もかわっていないのだから、おおかたの実態は想像がつく。
 一方ロシアの地方都市の人々の暮らしは、いくつかの報道機関が伝えるいわゆる「格差ばなし」とはかなりの違いがあるようだ。というよりこれらの人々の心を含む暮らしぶりがメディアに上ることはまれである。

 ロシアの鉄道駅には乗り継ぎ客のための簡易宿泊所がある。広いロシアの鉄道網には全行程が7日間を要する有名なシベリア鉄道のほか、目的地まで2日3日という路線はざらで、各地を結ぶ鉄道ダイヤには毎日運行便もあれば週一便しかないところもある。その乗り継ぎ時間を過ごすための空間がこの簡易宿泊所である。日本の病院の相部屋のような作り方でベッドと簡単な物入れ棚がついている。サービスは何もない。パスポートを提示して宿泊料を払えばあとはほったらかしだ。強いていえば1杯2ルーブル(約10円)のお湯または水の自動販売機と、ホールにあるつけっぱなしのテレビといつのものだかわからない古新聞雑誌がサービスと言えるかもしれない。
 この簡易宿泊所で1人のロシア人女性と同室することになった。このロシア人女性はカフカス人と結婚していて、夫の実家訪問をした帰り道という。外国製化粧品販売のビジネスをしているらしい。それは最近のロシアでは珍しいことではなく、モスクワやサンクトペテルブルクではかなり実入りのいいビジネスとして注目を集めている。なるほど最新鋭の携帯電話を持っていた。
それなのに、高級ホテルに泊まらず簡易宿泊所に泊まっているのが不思議だった。大きな鉄道駅のことだからカフェやレストランを併設しているし、街に出ればいろいろな店が軒を並べている。でも彼女は市場でピロシキやハムや野菜を買ってきてそれを宿泊所で食べていた。特別の場合を除いてはレストランに行くことはない、それがこの地方の伝統かも知れない、お金のあるなしに関わらずひとりの食事はつましくして無駄な出費はしないのだろうと、やや耳の痛いことを思いめぐらせてみた。
 自分が食事をしようとしているときに偶然居合わせた客に、この場合はつまり私にだが、一緒に食べましょうと、とすすめてきた。空腹ではなかったが、いらない、とことわるのはほとんど罪悪に感じられる雰囲気だったのでありがたくいただくことにした。真っ先に淹れてくれたお茶は大きなコップに紅茶の葉を入れ、そこに自動販売機の熱湯を注ぎ、蓋をしてしばらく待つ、ロシア式蒸し茶のやり方だった。ほんとうは急須でやるのだろうが、旅の途中なので携帯用コップでの略式である。
 四方山話に興じた。
 カフカスの人と結婚したが、働きたかったので自分の実家のあるロシアのボルガ地方に夫とともに移った。カフカスでは結婚した女性が外で働くことを容認しないからである。でも夫の故郷の地もそこに暮らす人々もとても好きだという。陽気だし、なによりも「もてなしの心」がうれしい、だから年に数回、こうして夫の実家を訪問するのだ、と。紙ナフキンの上に並べられたピロシキとプラスチックコップのお茶がとてもおいしく感じられた。
「じゃあ、あなたがこうして偶然居合わせた私をもてなしてくれるのはこの土地の風習を受け継いだのですね」と問いかけてみた。イスラム教の地域では食事中にだれかが通りかかったら「一緒にいかがですか」と声をかけるのが礼儀だと、どこかの講演会で聞いたことがあったからだ。(カフカス地方はグルジア・アルメニア・南北オセチアを除きイスラム教である)
 この女性はそうですね、と肯定したが、つづけて「でも、私たちも子どものころから見知らぬ人に会ったらおもてなしするものと育てられたわ」「いい風習は継承していかないと」と笑った。そしてあと2日間ここに逗留せざるを得ない私に、自分がこれからボルガまでの長い汽車の旅で食べるために買ってきた食べ物を分けてくれた。
「もてなしの心」はカフカスの特産物と思っていたが、ロシアにもあるんだ!新発見である。モスクワでは外国人とみるともてなしどころか、何かたかるものはないかとギラギラした目を向けられることがほとんどだったから、「古きよき時代のロシア」に出会ったようでうれしかった。「横暴なロシア」もここではすっかり影を潜めてしまう。(川上なつ)

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» 『いつかモイカ河の橋の上で』 中野吉宏 著 (第三書館) [エルミタージュ図書館]
 副題は「会社を休んで59日間 地球一周」とある。  大学を出てフリーターをしながらお金を貯め小さな会社をつくった30代後半の男。一生懸命働くものの不景気も手伝い気持ちは空回り。ちょっとした出来事がきっかけとなり、突然、仕事を放り出し、大学時代以来2回目の海外旅行に出る。出発は大阪港からフェリーで上海へ。そこから鉄路シベリアを経由しロンドン。さらにアメリカも東海岸から西海岸まで大陸横断鉄道で移動し、成田へ。仕上げは「ムーンライトながら」だ。  道程も、日々、仕事に追われるサラリーマンにとっては魅... [続きを読む]

受信: 2008年11月30日 (日) 22時00分

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