板橋スナック密室殺人事件の現場を歩く
その扉の向こう、8畳ほどのスナックで4人の死体が見つかったのは2003年3月30日のことだった。店の経営者だった女性の夫が、午前9時35分ごろ掃除のために部屋に扉を開け、男性2人、女性2人の遺体を発見したという。
経営者であるママは頭をドアに向けあおむけに倒れ、その横にはタクシー運転手だった男性が横向きに転がり、近くに刃渡り14.7センチのサバイバルナイフが落ちていた。さらにカウンター下に元図書館職員の男性が、そして奥のソファに近くの居酒屋に勤めていた女性がうつぶせで死んでいた。部屋は血の海だったという。
犯人は比較的早くに割れた。
鍵が店の内側からかかり、5本の合い鍵も夫が持っていた1本を除いてすべて店内で発見されたこと。また犯行現場である室内から出てきたら残るはずの血跡が、店の外にはまったく見あたらなかったこと。この2点から犯人が店内の4人に絞られた。
警察が注目したのは遺体に残された傷跡だった。3人の被害者は右側の首に後ろから切られた傷が1ヵ所だついているのに、タクシー運転手だけは首の両側や左手に傷が残り、正面から切りつけた傷と鑑定されたのだ。この鑑定結果から運転手が3人を殺害した後、自殺したと断定された。
問題は殺害の動機である。
03年6月16日の東京新聞は、その動機について次のように書いている。
「○運転手は以前から○さん(スナックのママ)に好意を寄せており、今年1月に大島さんが同店を開店すると、連日のように来店。○さん(経営者)に再三交際を迫ったが断られていたという」(原文では○に本名が記載)
実際、タクシー運転手の攻勢は激しかったようだ。高級日本酒などを手みやげに店に通う姿なども目撃されている。
遺体を発見した夫と親しかった男性は言う。
「旦那さんから(ママに)プレゼントを贈る人がいるって聞いたから、危ないよって言っておいたんだけどね」
実際、運転手の行動は、かなりエスカレートしていたようだ。03年6月12日の産経新聞には、次のような記述がある。
「同店の常連客によると、金運転手は大島さんが作った料理を客に出したり、帰る客に対し『ありがとうございました』とあいさつするなど従業員のように振る舞っていた。営業が深夜に及ぶと『帰ってくれ』と周囲の客に告げ、店の看板を片付けたうえで大島さんや数人の常連客と飲みなおす姿も見られたという」
いっぽうでママは運転手について「嫌な感じのする人だ」と周囲にもらしていたとの報道もある。夫がプレゼントについて知っていたことを考えても、ママにとっての運転手は「お客さん」でしかなかった可能性が高い。
同店にも行ったことがあるという近隣の女性は、「ホステスだったら独身だって言うでしょ。それが常識だよね」と殺されたママに同情を示した。
「売上げがかかっているからさ。でも、男は勝手に盛り上がっちゃったのかな」
では、殺されたママはどんな人だったのだろうか。
皆が口をそろえて語った人物像は「明るい人」だった。さらに近所の喫茶店のマスターは「週刊誌に載った写真よりほっそりしていて感じのいい人でした」と教えてくれた。また「キレイというよりかわいい感じかな」と表現した人もいた。
朝日新聞の報道によれば、彼女は「自分の店を持つのが夢」で昼はスーパー、夜はスナックでパートをしながら資金を貯め、3店舗が入居していた木造2階建ての建物を購入。事件の3ヵ月前に、殺人現場となったスナックを新装開店したという。
「もともとお母さんが居酒屋をやっていたとかで、接客業には向く人だったと思うよ」
先述した店への来訪経験のある女性が言うように、ママはお客からも好かれていたようだ。
事件現場の隣で居酒屋を営む女性も、事件当時は旅行に行っていたので詳しいことは知らないと釘をさしつつ、店の様子だけは教えてくれた。
「隣からキャッキャと楽しそうな声がよく聞こえてきたし、ママも明るい人だったからね。店はうまくいってたんじゃないかな」
おそらく店では皆明るい酒を飲んでいたのだろう。毎日新聞の報道によれば、事件発生の1時間前でさえカラオケで客同士が歌う声が店の前で聞こえたとされる。
ただ少なくともママと運転手の間では、少なからず緊張が高まっていたようだ。共同通信(03年4月18日)は事件の2日前に「あの女は駄目だ」と話しているのを関係者が聞いたと報じている。
近隣住民への取材では、ママが以前に勤めていたスナックの常連客が、そのまま新しい店に移ってきたらしいとの噂を聞いた。犯人もそのうちの1人だと。その話が本当なら運転手の片想いはかなりの長期間にわたっていたことになる。恋愛が成就すると信じるには十分な時間と飲み代だったのかもしれない。そして事件の数日前に何かが起き、運転手は怒りを溜め込んだ。
その原因は関係者がすべて死んでしまった今となっては分からない。ただ店の近所の住民は、店近くの喫茶店でママが別の男性とたびたび待ち合わせをしていたのを目撃している。
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