ロシアの横暴/第4回 政治家殺害と塩を買い占める民衆(2)
経済危機がロシアに与えた影響を、日本のメディアが正しく伝えているわけでもない。
カフカスセンターというインターネットサイトが近々ロシアで外貨購入制限制度が復活するだろう、と伝えている。カフカスセンターは過激な反ロシアサイトだが、ものの見方考え方、話のもっていきようがソ連的で笑ってしまうところがある。それでも時々はあれ?というような裏情報も載っている。
その一つが外貨購入制限制度復活である。これがもし実施されていればいくらなんでも日本の新聞にも出るはずだがまだ何も届いていない。でも、全くのガセではなさそうだ。その後の情報によれば人々は大蔵大臣の「慌てないで、大丈夫」の呼びかけには耳を貸さず、銀行からお金を引き出し、モノを買いあさっているという。モノとは塩・マッチなど腐らない日用品である。塩は必需品だから必ず換金できるからだ。一気に中世どころか、出稼ぎ者の給料が塩だった古代に戻ったようなものだ。
もともとロシア人は伝統的にタンス預金民族で、現金が見えない銀行預金は信用していない。そのタンス預金をおろして塩を買っているのは近々タンス預金も紙くずになることを恐れているからだ。
現在の(1月ぐらい前までの)ロシア外貨売買の様子はといえば、各通りごとに両替屋がひしめいていて、外貨(主にドルとユーロ)の売り買いは自由である。それがかつてのソ連時代のように、外貨持ち出しが国家によって強力に管理されることになる、というのだから、確かに国会議員が殺されることより大問題だ。ロシアがそれほどの外貨不足に陥っているということの証である。
外貨両替は銀行の営業時間内であればいくらでもどこででも両替できる現代の日本にいては外貨両替制限とは何のことなのかわからないだろうが、40年ぐらい昔の日本もそうだった。
まず外貨を手に入れるのに、なぜ外貨が必要なのかを説明する書類が必要である。当然出張や留学など、外国に行く人だけが対象となる。外国に行くことを証明するいくつかの書類を揃えて正当な旅行と確認された者にだけ、1日いくらの計算で最高何日分までかの外貨が両替できる。両替はモスクワにある外貨銀行でのみ取り扱っている。この場合外貨はドルと決まってはおらず、行く先の通貨である。だから日本に行く者には日本円で、ドイツにいく者にはドイツマルクを公式レートで両替していた。
逆に外国人が外貨をソ連ルーブルに両替するのは簡単にできた。外国人向けホテルには両替所が必ずある。多額に両替すると使い残したときの再両替はできないから気をつけよう、と旅行案内書に書いてあったこともある。これは理論的には可能だが、現実的にはできない、ということで、使い残しを再両替するのには外貨銀行を経なければならないから時間がかかる、よって出国に間に合わないよ、という意味である。当時のソ連は冷戦の最中だったから、戦争に勝つには外貨準備高がモノを言っていたわけだ。
外貨管理がきびしくなると、当然ヤミ両替が始まる。ソ連末期にはモスクワなど大都市は闇両替の巣窟になっていた。観光客など外国人にそっと近づき、銀行の交換レートの3倍でドルを買う、ともちかける者が街角にたむろしていた。こうした専門の闇両替商以外にも、タクシーの運転手、レストランのウェイトレス、駅の赤帽など、外国人に出会うチャンスが多い者が闇両替に励んでいた。
一般国民にとって外貨は夢のまた夢、結果、ドルさえあればどんな夢でも叶うような錯覚に陥っていたのだった。そしてソ連が崩壊すると、共産主義と決別したからドルの雨が降ってくると信じていた。ドルのためには何でもするようになった。ソ連崩壊後のロシア(旧ソ連構成国すべて)の拝金主義を支えたのは夢を追った民衆である。外貨購入制限をしていた共産主義が倒れたのだからこれからは自由にドルが買えるからどんどん買おう、と夢を見た。でもそのころにはソ連ルーブルは紙くずになっていたからドルはやっぱり買えなかったけど。
一体、ロシアはどうなっているのだろう?
欧米が持ち上げた「共産主義との決別」はロシアに何をもたらしたのか?
混迷と腐敗、ただそれだけである。
プーチンの治世中に石油景気が始まった。原油高に乗ってロシアはますます横暴になった。いつかは底をつく地下資源と知ってはいるが、近い将来のこととは感じられないほど潤った。あちこちで新しい油田が発見発掘され、各国が採掘権ほしさにロシアに跪いているではないか、ロシアは永遠だ、などと、なぜかとてもソ連的なものの考え方で石油景気に酔っていた。栄えあるプロレタリアが石油マンになってしまったわけだ。プロレタリアはモノをつくるが、石油マンにモノはつくれない。原油がいつかまた暴落するなんて誰も夢にも思わなかった。石油の値段は上がることもあれば下がることもあるのが資本主義というのに、未だに決別したはずの共産主義的ものの見方考え方でやっていたのだ。
ドルが買えなくなった民衆が「そのうちかならず換金できる日用品、特に塩」を買いに走ったのは、金融恐慌がくれば紙幣は紙くずであることを知っているからである。金(貴金属)も堅実だが、ドルと同じく真っ先に急騰し、しかも簡単に買えなくなるし、何といったって、ジャガイモを煮るときには金よりも塩の方が価値があるものだ。
一方エネルギー資源ほしさにロシアの改革を持ち上げて、ちやほやし、ソ連時代の債務も棒引きにしてやった欧米もロシアから石油をとったらあとは正真正銘のガラクタしか残っていないことに今頃になって気がついた。
ロシアの資本主義は脆弱で、砂上の楼閣そのものだったのに、買いかぶっていた自分たちの読みの甘さがばれてしまった欧米諸国は、頭を抱えていたにちがいない。
グルジア戦争が始まると西側資本は雪崩を打つようにロシアから逃げ出して行った。戦争は資本引き上げのいい口実となった。独立国家に侵攻するような国で商売をするべきではない、したくない、と言えばかっこよく引ける。「反戦」で逃げる方が「読みが浅くて儲からないことがわかったから撤退する」より見栄えがよいというわけだ。
もっともやっぱり「ワル」でいえば欧米の方が一段上で、世界を支配するにはロシアというかつての敵、目の上のたんこぶをやっつけなければならない、そのためには思い切り持ち上げておいてある日ドスンと落とすのが効果的、とわかっていたという見方もできなくはない。(川上なつ)
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