職員録に自宅住所などが掲載されていた時代
手元に『ガイドブック 厚生省』平成9年4月版がある。別に内緒でもらったとか違法に手に入れたわけではない。奥付には「発行 日本厚生協会出版局」とあり「本体価格1460(税別)」とある。れっきとした刊行物だ。その最後に「厚生省幹部住所録」が掲載されている。「事務次官」のところには先の事件でなくなられた山口剛彦さんの住所と電話番号が載っている。
元厚生事務次官宅連続殺傷事件の犯人は被害者の住所をこのような職員録で調べたと報道されている。知らない人は「個人の住所を載っけていたのか」と驚かれよう。しかし『ガイドブック 厚生省』のように1990年代までは当たり前のように掲載されていた。地方自治体でも一般職員すべての自宅住所と電話番号が載っている職員録を作成して生協などで一部市販していた。分厚い電話帳のようであった。都道府県政記者クラブのブースに1つは置いてあったように記憶する。
それを止めようとの動きが90年代後半から出てきた。掲載していた最大の理由は職員同士の特に緊急時での連絡に便利、であった。役所という性質上とくに事故や災害の場合に連絡網は欠かせない。しかしこの頃からプライバシー保護の観点から最初は一般職員が「載せる必要を感じない」との声が上がり選択制になるなどを経て幹部職員のみとなり、やがてそれも消えていった。
記者は取材源の1つとして持つわけだが企業の営業もまた便利なツールとして県庁の売店などで買っていた。もっと古くは指定銀行など「確かな会社」には職員録が配られていた。
これが高じてDMの源になったりセールス電話がかかってくるようになった。若い独身女性職員の自宅住所と電話番号がズバッと掲載されていて安全上どうかという声もあった。こうした背景で職員録から公務員の住所と電話番号が消えていく。
連続殺傷事件の被害者はこれ以前の職員録で私が手にしている『ガイドブック 厚生省』のように住所が記載されており、かつ官舎などではなく自宅で、しかも引っ越しなどで変更がなかったゆえに特定されたのだろう。誠にお気の毒であり今後は図書館などの取り扱いも厳重にするといった対応が求められそうだ。
ところでベクトルを変えて「なぜ90年代までは当たり前のように掲載されていたのか」を考えてみたい。上記のような問題はそれ以前から大なり小なりあったはずである。にも関わらず載せていた。時代がおおらかだったといえばそれまでだろうけど何らかの変化がこの頃にあったはずだ。
毎日新聞1995年3月19日付朝刊に興味深い記載があった。同年に行われた知事選挙に関してでタイトルは「各党相乗り候補 官僚色除去に懸命」である。
【本文】
東京・霞が関は沈うつな空気に包まれていた。今月十三日、東京共同銀行問題で乱脈融資の当事者との親密交際を問われて大蔵官僚が処分されたからだ。「政治三流、官僚一流」の幻想が崩れ、国民の間に反霞が関感情が深く、静かに広がる。
だが、東京、神奈川、大阪、福岡知事選で、各党相乗りで担いだ候補はいずれも官僚である(以下略)
「政治三流、官僚一流」。職員録に住所と電話番号が掲載されても公務員が平気でいられたのは正にこの事実に拠るのではないか。「官僚一流」を信じて疑わない時代が確かにあった。「官僚がいれば政治家は誰でも日本は大丈夫」と思い込まれていた時分に「一流」の公務員が住所と電話番号を公開しても手に取る者は恐れ入るだけだった……という少なくとも「思い込み」があったという想像は飛躍しすぎだろうか
すると毎日記事にある「大蔵官僚が処分」から始まった一連の大蔵・日銀スキャンダルはこの「思い込み」を「幻想」に変えたターニングポイントだったのかもしれない。
その後も官僚や公務員を巡る問題が相次いだ。賄賂事件や官製談合は職員と業者による癒着で、そのツールとして職員録が役立った場面もあったろう。これもまた掲載取り止めの動機となったに違いない。そして社会保険庁の「これでもか」というほどの不祥事連発がやってくる。
今回の事件は背景に集団が見えない点や「保健所でペットを殺されて腹が立った」という容疑者の現時点での殺害動機などから当初使われていた「テロ」の言葉が急速に後退している。新聞の社会面を読むと「テロ」から「凶暴な犯人の素顔」と「悲しみにくれる被害者周辺」という典型的な「理不尽な殺人事件」報道のトーンへ変わっているように思えるのが気がかりだ。
私はやはりテロの一種ではないかと思う。官僚集団を「こんなことで狙われるのか」と震え上がらせた時点で暴力によって政治的目標を遂げようとするというテロの定義にかろうじて当てはまる。いかなる理由であれ暴力で政治的効果を狙うような行為は許されないという論陣が欲しい。(編集長)
| 固定リンク
「ニュース」カテゴリの記事
- 今日!鈴木宗男さん講演会、渋谷区立勤労福祉会館にて(2013.05.29)
- 明日!鈴木宗男さん講演会、渋谷区立勤労福祉会館にて(2013.05.28)
- 原発事故を予言した『原発暴走列島』(2011.05.22)
- 鎌田慧の現代を斬る/第149回 新刊『原発暴走列島』ダイジェスト(2011.04.14)
- 鎌田慧新刊『原発暴走列島』電子書籍版出来!(2011.04.13)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント