ホ ー ム レ ス 自 ら を 語 る 第7回 脚が利かない/和田広之さん(60歳)
両脚が痛くて利かないんだよね。だから、うまく歩けなくてさ。そこに駅への階段(JR新宿駅東口地下改札に降りる階段)があるだろう。もう、4回も転がり落ちているよ。そのたびに交番のおまわりさんに助けてもらって、「また、あんたかい」って有名になっちまった。
最初は右脚だけが痛くて、それもいつもというわけじゃ
なくて、年に何回か数えるほどだったんだ。それが15年くらい前から、頻繁に痛むようになって、その右脚をかばって歩いているうちに左脚も痛むようになって、とうとう両脚が利かなくなってしまったんだ。
原因? わからんね。病院に行ってないからさ。ただ、右脚が痛くなるのは子どもの頃もあったから、先天的なものじゃないかと思うけどね。
オレが生まれたのは昭和23年、青森県の津軽半島の村。家はオヤジとオフクロで農業と漁業、それに林業をやっていた。といっても、裕福だったわけじゃないよ。貧乏だったね。自分の家で稲作をやっていながら、オレたちの口に銀シャリが入るのは盆と正月だけだった。あとは麦飯か、サツマイモを蒸かしたのを食べていたからね。
田圃は「足切り田」とよばれる底の深い田でね。大人が入ると腰のあたりまで泥に浸かっちまう。オレたち子どもがゴム長を履いて入っても、ゴム長の中に泥が入ってきたからな。普通の田圃なら一人が4条ずつ植えていくが、足切り田では2条植えが精一杯。まあ、ひどいところだった。
中学を終えて、東京に出てきた。いや、集団就職じゃあない。中学3年生の3学期になるとほとんど授業がなくなるだろう。それでオヤジに「毎日ブラブラして遊んでいるんだったら、東京にでも行って働け」と、家をおん出されたんだよ。体のいい口減らしさ。それだけうちは貧しかったということだな。
夜行列車で東京に出て、上野駅に降り立ったけど、右も左も分からないだろう。駅前でボンヤリしていると、手配師が寄ってきて仕事を紹介してくれた。土工の日雇い仕事で、ビルの基礎工事の掘削作業。日当は3,000円だったと思うな。それにしても、すぐ仕事にありつけるなんて、さすがに大都会は違うなと思ったよ。
それをきっかけにして、以後、脚が利かなくなるまでの30年間、ずっと日雇い仕事を続けることになる。オレが東京に出てきたのは、昭和38年で東京オリンピックの前の年だったから、東京の街は建築ブーム、建築ラッシュでね。土曜、日曜も休みなく仕事があって、土日に仕事に出れば日当が2割5分増しになった。
いまは日雇い仕事でも、土曜、日曜は休みだっていうじゃねえか。恵まれすぎなんだよ。オレたちの頃は大雨か大雪、それに台風がきたときくらいしか休みにならなかったからね。
結婚? しなかった。こんな仕事をしていて、結婚なんてできるわけねえじゃねえか。ヤボなこと聞くんじゃないよ。
愉しみは酒を飲むことだったね。オレはもっぱら焼酎。行きつけの立ち飲み屋で、豚のモツを肴にして浴びるようにして飲んだ。よく酔いつぶれちまって、ドヤ(簡易宿泊所)まで帰れずにそのまま道端に寝ちまうなんてこともあった。オレはギャンブルはやらないからさ。一日の仕事を終えて飲む焼酎が、一番の愉しみだったね。
いまから15年くらい前だったかな……それまでも右脚が時々痛くなることはあったんだが、そのころから頻繁に痛くなるようになってさ。日雇い仕事は肉体労働だから、とても働ける状態じゃなくなって仕事をやめた。それからはホームレスだ。そのうちに左脚も痛むようになって、いまじゃ普通に歩くのもままならないからね。
病院に行かないのかって? 行かない。行かない。さっき新宿駅の階段を4回も転がり落ちた話をしたろう。そのときおまわりさんが救急車を呼んでくれたんだけど、オレは4回とも途中で降りて、病院まではいかなかったからね。
なぜかって? オレは福祉だとか、行政だとか、国だとかの世話になりたくないんだよ。いまの日本は国民一人あたり600万円もの借金を抱えてんだよ。そんな国民の大切な血税を、オレみたいな者のために遣ったらもったいないだろう。国民のみなさんに申しわけないからね。
だから、これまで福祉とか、ボランティアの世話にはなったことがないんだよ。食べものだって、みんな自分で手に入れてるからさ。
どうやってかって? 読み捨てられた漫画週刊誌を拾って、それを路上書店に卸して現金に替えているんだ。ただ、オレは両脚が利かないから遠くまではいけないし、階段の多い駅の構内にも入れないからね。一日中探し回って10冊も拾えればいいほうだ。10冊を卸しても500円にしかならない。それで一日分の食費を賄うんだが、500円稼げない日も多いからね。まあ、こんな身体だから仕方ないよな。
行政とか福祉の世話にはならないけどさ。一つだけ希望があるんだ。それは雨の日と冬の特に寒い日だけでいいから、新宿駅の構内に入ることを許してくれないかと思ってね。一般の乗客に迷惑のかからない片隅でいいからさ。脚の利かないオレには、雨の日と冬の寒い日はほんとうに辛いんだ。
あとは人に迷惑をかけないように、オレのことはオレが始末してやっていくからさ。それだけはお願いしたいな。(聞き手:神戸幸夫)
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