◆新連載◆ 靖国神社/検証! 靖国は「身体にやさしい」かどうか(上)
私がはじめて九段の坂を上ったのは大学生の頃だった。ただ、そのときは靖国神社に興味を持っていたわけではなく靖国に向かっていたわけでもなかった。目的地は境内から歩いて1分ほどの距離にあるインド大使館だった。大学最後の夏休みで、念願のインド旅行を控えていた。インドに入国するためはビザを取る必要があり、それで大使館に行ったのだが、なぜだったか忘れたけれど大使館が閉館するギリギリの時間で、武道館を左手に見ながら九段の坂を駆け上っていたのだ。めちゃめちゃに暑かったせいもあるけど、あの傾斜は本当にきつかったことを昨日のように覚えている。
かつて書いた「九段の母を探せ!」という企画では現在では100歳になろうかという「母」に会うことができなかったが、それもこの坂のせいと考えれば合点がいかないでもない。数えてみたところ、靖国に最も近い九段下駅の出口から坂を上がって、神社の入り口まで約300歩。入り口からさらにしばらく坂が続いて、合計600歩近くの上りの連続なのだ。100歳のお年寄りにはこの坂はあまりにもキツイ。
2006年5月10日付けの西日本新聞に驚くべき記事が載っていた。「万里の長城、バリアフリー」との見出しで、以下がその本文になる。
「北京市の張茅副市長は、同市に3ヵ所ある万里の長 城の長城観光スポットのうち、もっとも有名で一般的 な「八達嶺長城」のバリアフリー化を進め、2007年末 までに障害者用のエスカレーターを設置する計画を明 らかにした」
世界遺産であるこの長城を傷つけないように工事は進められるという。「あの中国が、しかも万里の長城にバリアフリー」という二重の驚きをもって私はこの記事を読んだのだが同時に、日本のみならず世界中にバリアフリー、ノーマライゼーションといった観念が浸透しつつある事実をしみじみと実感したのだ。
恐ろしいスピードで超高齢社会に突き進むこの国では、交通や各施設の利用に関する高齢者に対しての配慮が年々高まりつつある。
1994年に制定された「高齢者、身体障害者が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」(通称ハートビル法)では、法律の名前から察せられるように、誰もが利用する特定建築物を建てる際、設計において守られるべきバリアフリーの規準が打ち出されている。
こういった高齢者や障害者にとっての使い勝手の視点で見たとき、靖国神社にはどんな顔が現れるのだろうか。もしかして、それは鬼の顔かもしれない。
ここにひとつのチェックリストがある。ハートビル法が定める、建物を円滑に利用することができるかどうかの規準となるチェックリストだ。ハートビル法はこれから新たに建てられる建物についての法律だから、実のところ靖国神社はこの規準に忠実である必要はない。ただし、遊就館を除いてだが。
ハートビル法の制定は94年。改装後の遊就館がオープンしたのは02年だから、現在の遊就館は特定建築物(延床面積3000平方メートル以上、多くの人が利用する建物というのがだいたいの定義。遊就館の延床面積は11200平方メートル)として規準が適応されるのだ。
チェックリストは ・床の表面が滑りにくい仕上げであるか ・傾斜では手すりを設けているか ・階段はつまづきにくいものか……といったものがいくつか続く。
ギンナンの強烈なにおいに満ちた参道を通り、まずは遊就館に向かった。靖国神社が「九段の母」にとって苦痛なく訪れることができる場所なのか、その検証である。(宮崎太郎)
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コメント
無料で読ませていただいていて不遜なのですが凄くおもしろかったです。「ギンナンの強烈なにおい」は編集長さんであれば「臭い」大畑さんであれば恐らく「匂い」なのでしょうが、宮崎さんはにおいなのですね。出だしの七行、実にリズムにのっていて心地よかったです(音読しました)。テーマもおおってとこありましたし内容も負けず劣らずみずみずしかったです。
投稿: 蒔田一郎 | 2008年9月14日 (日) 00時54分
私見では「万里の長城、バリアフリー」が起承転結の転になっていて、パンチが効いてるなと思わされました。バリアフリーってすなわち敵方の攻撃から自国を守る意図ではなく、自国の、というかむしろモンゴル的な、己の遊牧範囲の限界を誇示しているような気が、私にはしました。実際目の当たりにして、こんなに長い低い壁で、おそらく怒涛にして、数万単位の兵が防ぎきれる気がしませんでしたし、あと靖国神社の象徴というか虚構は父性だとおもいます。いやトンチンカンで浅はかな見方でしたら申し訳ありませんと言うしかありませんが……。出だしからして匿名が匂った、しかし黒子の意地がかんじられるプロフェッショナルな記事ですね、無料公開ではもったいないレベルだとおもいます。
投稿: 蒔田一郎 | 2008年9月16日 (火) 00時22分