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2008年7月31日 (木)

書評 『心を静めて耳を澄ます』(創森社 鎌田慧 著)

41tx3hzyctl_ss500__2  数年前だろうか、「若い労働者に団交の仕方を教えていますよ」と自動車会社関連の50代の労組幹部と話してくれたことがあった。若い派遣労働者が労組を作って組合運動を始めるときに、これまで積み上げてきたベテランの経験がく役に立つのだという。
 若者にとってはありがたいことだろうが、社会をそして職場を改善しようと頑張ってきた労組幹部は複雑な心境かもしれないと感じた。若い人に労働運動が必要となり、小林多喜二の『蟹工船』が売れているのは、時代が悪くなったからだ。
 この本でも鎌田慧氏は書いている。
「かつて、最底辺の労働者だった自動車工場の季節工(期間工)は、身分不安定とはいっても、会社の直接雇用だから、ピンハネはなかった。その哀れな期間工(拙著『自動車絶望工場』講談社文庫、一九七三年)よりも酷い状態の労働者が出現したことは、わたしの想像外のことだった」
 現在の労働環境は70年代前半より悪化しているというわけだ。悪化しているのは労働環境だけではない。国の締め付けもまた驚くほど強くなっている。この本の冒頭の文章には、卒業式前に保護者に向かって君が代斉唱に協力しないようお願いした教師が、卒業式が2分遅れたという理由で「威力業務妨害」の罪で20万円の罰金刑を言いわたしたという話が書かれている。
 当日の卒業式の映像には、この教師が静かに語りかける様子だけが映っているらしいから「業務妨害」自体、東京都と学校のねつ造だったことになろう。たしかに本当に妨害したのなら、2分での遅れでは済まなかったはずだ。
 「(教員は)石原都知事下の教育委員幹部とウルトラ右派都議たちの激しい憎悪をひきだし、都議会で追及され、被告席に座らされることになった。それはけっして彼ひとりへの攻撃ではない、というのが毎回、傍聴席にはいりきれないほどのひとたちが詰めかける理由である。わたしが被告席にいないのは、たまたまの偶然でしかない、とわたしも思っている」
 立川の自衛隊庁舎のビラ配り事件でもそうだが、国家に異を唱えることへの緊迫感は、かつてないほど高まっている。右とか左とか思想上の問題ですらなく、逆らうのか従うのかだけが問われる。こうした時代にあって、社会弱者の立場に立って1960年代から闘ってきた鎌田氏の言葉は重く響く。
 この本は2007年中に新聞や雑誌に掲載したエッセーや評論、書評、ルポなどをまとめたものである。さまざまな内容の文章が入っているだけに、ここ数年の日本の社会状況・文化状況が多面的にとらえることができる。
 本書で鎌田氏は「ジャーナリストとは、微量な有毒ガスをいちはやく察知する『炭坑のカナリア』であるべきだ」と書いているが、たしかにこの本には危険を察知したルポライターの警告に満ちている。
 以前、鎌田氏が「社会もよくならないし、本当にいやだな」とボソッと語ったことを鮮明に覚えている。食うために書く、名誉のために書く、書きたいから書くと、執筆者によって作品を生みだす理由はさまざまだろう。しかし鎌田氏は本気で社会を良くしようと考えて筆を執っている。だからこそ取材先でのデモにも参加するし、成田空港反対運動の農民などから野菜を買っている。

 小社の本やブログがカナリアになっているだろうか? 
 そんなことを考えた。(大畑)

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