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2008年7月 4日 (金)

『吉原 泡の園』第68回/初めての独り部屋

 15万程度の月給が貰えるようになり僕は早速“飛んだ”のではなく、スクーターを購入した。同時に、池袋の不動産屋で見つけた家賃2万3000円のアパートを借りた。
 アパートといっても、もともと工場の跡地に中国人の大家が自分で建てた代物だ。1つの家をいくつかの部屋を仕切った、長屋のようなつくりになっていた。とにかく手造り色の濃い家で、階段なども一段一段大きさがバラバラ。
 それでも当時の僕は、そのアパートをバカにすることができなかった。なにせ自己破産した身で、どうにか寮を脱出し、やっと手に入れた住み処なのだから。一応、一国一城の主ともいえないこともないし……。
 考えてみれば上京して始めての独り部屋だった。風呂は共同、トイレも共同、大家はわけのわからぬ中国人。窓ガラスもピッタリ閉まらなければ、部屋も何畳だか不明の間取りだった。恐らく3畳半か4畳あたりだったろう。
 後にそのアパートの外観を元某テレビ局のディレクターに面白半分で見せたことがあったが、彼はかなりドン引きしていた。強烈な外観なのだ。建物全体が傾いているのだから。とにかくアパートのオンボロさならば、絶対に誰にも負けない自信があった。嫌な1番だけれども、1番ならば前からでも後ろからでもスゴイと思うが違うだろうか……。
 それでも吉原の寮を出られたのだ。これ以上の嬉しさはない。おんぼろアパートから、おんぼろスクーターで毎日吉原まで通う日が続いた。新店長は白いベンツで目黒の高級マンションから通ってくる。同じ通うにしても天と地ほどの差である。それでも僕は新鮮な毎日だった。
 ただ上司にも同僚にも後輩にも住所を言わなかったた。主任連中は、僕が絶対に住んでいる場所を教えないので少しいぶかしがっていた。       
 そんなある暇な日のことだ。僕を含めた下っ端ボーイ衆は、いつものごとく「暇だな~。なんかいいことねえかな~」など考えながら、ダラダラと時間をつぶしていた。そこに姉妹店の社長がオタク風の男を引き連れて来店したのである。
「この店ボーイが足りねえだろ。うちに面接に来たんだけどよ、ここで面倒みてやってくれよ」
 社長は主任にそう言うと、スタスタ引き返していってしまった。残されたオタク男がコクリと頭をさげる。主任Sさんは突然の出来事に面食らっていたが、姉妹店の社長のたっての願いでもあり、第2待合室での面接が始まった。
 アイスレモンティーをつくり、2人が話す待合室に持っていった。それからは送迎や部屋のセットに追われ面接のことなど忘れていたが、40分くらいたってSさんが声をかけてきた。
「マルちゃん、寮の部屋、空きあるよね」
 以前、僕とHちゃんで使っていて、現在は空いている部屋のことである。
「はい」
 そう答えると
「そこに今度新しい人を入れるから、以前使っていたんだから、そのコのために掃除しにいってよ」 
 と頼まれた。
 Sさんの笑顔のお願いでは仕方がない。渋々承諾した。その部屋がねずみの巣になっているのを知っていたので、あまり近寄りたくなかったのだ。鍵を渡され、何ヶ月ぶりかに部屋に入った。いきなり吐き気をもよおした。
 布団が引きっぱなしになっていたベッドの上には、布団を覆うほどの巨大なネズミの糞が散らばり、ひどい悪臭を放っていたからだ。もはや人間が寝る場所ではなかった。それでも横浜から吉原に来て、この寮に住む新人君のために布団の上に散らばる糞を片付けた。
 ただ、それでも臭い。染みは布団に付着し、もうどうしようもできなかった。
 主任は細かくチェックするわけでもなく、新しく入った横浜からの新人君は変な色のシーツや部屋の匂いの異常さを感じつつも1人でそこに住み始めた。
 かつて猫くらいの大きさのネズミをその部屋で目撃している僕には、その部屋が怖くてたまらなかった。ボロアパートを借りたのも、たんにお金が貰えるようになったからだけでない。あまりに巨大なネズミに遭遇した恐怖が、僕の背中を押したのである。(イッセイ遊児)

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コメント

猫位の大きさの巨大ネズミですか・・・ゾッとしますな。そんな寮にボーイさんを住まわせるなんて店は男子従業員を人間扱いしてないですね。ひどい話です。寮ではなくて店に住むことは不可能だったのですか?昔から店泊しているボーイさんは結構いますよね。貴殿がおられたグループでは不可だったのですか?

投稿: 援護団 | 2008年7月 5日 (土) 02時43分

深夜になると、深夜営業に切り替わります。従業員も、深夜営業専門の人間が来ます。まあ、同じグループですが、非常に険悪で、仲良く空いている部屋を貸してくれなど、言える雰囲気ではなかったのです。また、その店は、江戸時代、おいらんが住む建物があり、大量の自殺者がでた、そんな噂もあり、でる。とのもっぱらの評判で、皆気味悪がり、とても泊まれる感じではありませんでしたね。要は、吉原でも、札付きの悪名店なのです。いろいろな意味で。
続きを読んでいってもらえれば、新人君も店に泊まるのは嫌だったのだと、わかってもらえると思います。

投稿: イッセイ | 2008年7月 5日 (土) 15時24分

イッセイ様メッセージ有難うございました。今後も期待致しますので宜しくお願いします。それにしても貴殿がいらした店は本当に別世界で驚くことばかりですよ。吉原ファンの私が言うのもなんですが、この業界はいわゆる世間の常識が通用し難いというか、感覚的に違うなあと感じることが私は多かったのです。でも貴殿がいたRはもう極端ですね。(笑)ひど過ぎます。

投稿: 援護団 | 2008年7月 6日 (日) 00時26分

いつも更新楽しみにしております。
当事、ボーイさん達が熱心に客に電話やメールで営業している姿に、入店当初は相当驚きました。
彼らの紹介(電話営業)のおかげで、こちらもフリー客が回り、結構稼がせてもらいました。
裏方の皆さん、なかには上の人から酷い罵声を浴びせれてた人もいたり、見ていてとても気の毒に思ったものです。
それでもまだ、イッセイさんが働いていた店より、待遇は良かった?方だそうで、さぞや他店も過酷な労働環境だったのでしょうね。
一見、体育会系と思いきや‥某〇〇会系全国組織の一資金元(爆)
なんて、常連客や嬢なら皆周知の事実でしたがー
嬢はただ稼げりゃイイって気楽な立場ですからね。

人も街(ムラと呼んでましたがw)も、ここ何年か状況はかなり厳しいようで、残っている人達は大変そうです。。。

投稿: 元系列店E従業員♀ | 2008年7月 8日 (火) 18時36分

元・系列店従業員さん、ブログ内で逢うのははじめまして、イッセイ遊児です。現場ではすれ違っていたかも知れませんね。 しかし元、吉原関係者が、このブログを見ていることに驚きです。 吉原は厳しいですか、私がいた数年前くらいから、本当に客離れが如実に目立っていましたからね。ま、いずれにしても、更新を楽しみにしてくださっている方がいるのならば、頑張らせていただきます。ありがとうございました。

投稿: イッセイ | 2008年7月 9日 (水) 21時34分

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