闘病記が書きたくなる理由
入院して手術を受け先日退院した。その間つくづくと物書きが(そうでない方も)闘病記を書きたくなる気持ちがわかった。
生涯初の手術だったのも手伝って術前はその不安でいっぱい。手術中の光景(全身麻酔ではなかったので意識清明)もばっちり記憶している。術後は予後の心配が押し寄せてきて日常のすべてが敏感になる。頭のなかはそのことだらけ。命に別条ない小手術とわかっていてこのありさまである。
他のことを考えないでもなかった。しかしすべては自身の問題に劣後する。「自衛隊機でテントを中国に輸送するのか。そんなことより明日の手術だ」「諸物価の値上がりは問題だ。だが私の予後の方が問題だ」
手術で麻酔をかけられたら「このまま半身不随となったらどうしよう」と悩む。主治医を心から信頼していたので手術本番で突然「主治医の○○先生が急きょ執刀できなくなりました。代わりに新米の私が」などという事態が起きはしないかと憶測する。そうならないよう主治医へ念押しするが「執刀は私です」と一言告げられれば安心できるわけでもない。手術中に大地震が来たらとまで考えて危うく気象庁へ電話するところだった。
主治医の説明は十分に納得がいった。「説明と同意」は果たされた。そうなのだけれどもそうでない気もする。「予後は個人差がありますが皆さんおおむね大丈夫ですよ」と質問に答えてくれる。通常ならばそれで十分だ。ところが不安にさいなまれると「個人差とは何か」「私が『大丈夫』のカテゴリーに入らない可能性はあるのか」「その場合にはどうしたらいいのか」などなど聞きたくなる。まるで思春期だ。
前の入院の時と同じく医師は平然としている。彼らにとって私の病気などごくありふれている。当然だ。そうした豊富な経験を持つ専門医を事前に探してお願いしているのだから。と頭でわかっていても何か物足りなさが残る。
といって平然としていられなかったらもっと悩んだはずだ。深刻な顔をされたり取って付けたような笑顔を浮かべられたりしたら心ここにあらずとなったろう。主治医の説明は端的だった。これもまた理不尽な物足りなさを覚える。子どもにもわかるような懇切丁寧さで病状を一から説明され、手術の段取りをパワーポイントでプレゼンされたら病院から逃げ出したかもしれない。だから端的でいいのである。とわかっちゃいるけど心配なのだ。
そこで、私はそもそも取材記者出身なので懸念を解消すべくさまざまに聞き及ぶ。看護師さんから薬剤師さんにまで。ご同病とも情報交換する。院内がネット禁止でなかったらかじりついていた可能性もある。こうして症状が現れてから今日までゆうに一冊の本になるほど情報を蓄えた。それは我が身にかかわるゆえに真剣・詳細だ。取材のレベルは情報源が自身に及ぶのでとても高いし信頼性もある。書ける材料はすべて手の内にあってモチベーションもいやが上にも高い。闘病記としてまとめたい誘惑はもっともなのである。
それを書かないのはまさにそれゆえである。まず取材者たる自身が興味を持って調べたのではなく否応なく降りかかってきた災厄を排除する経緯で体験し知った内容にすぎないこと。自身が患者であるため同じ病でもそれこそ「個人差」があるのを忘れて己の主観に満ちた断定をする危険性が排除できないこと。何より読者にとって迷惑千万であること……などだ。
それにしても自分とは我執とか自己愛というものに包まれたはしたない人間にすぎないと痛感した。命に別条ない治療でこのように惑乱するのである。「人は必ず死ぬ」「人生はむなしい」と常々公言してきた自分が少々の病気でこうまで不安にさいなまれるわけだ。まあその程度の人間だろうと以前より予測していたもののリアルにわかるとガッカリする。
辺見庸さんがいかに偉大かもわかった。彼は生命にかかわる闘病をしているにもかかわらず社会への警鐘を忘れず上梓し続けている。作品の評価はいろいろであろうが心根は文句なくすごい。月刊『現代』(講談社)での連載タイトルは「潜思録」。病床にあって「潜思」! とてもかなわない。もとよりかなうと思ったことなど過去一度もないけど改めて痛切にわかった。そしてそのショックよりも予後が順調かを気にする療養中の自分が今まさにいるという事実もある。「品格」の差とはこうしたものであろうか。(編集長)
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コメント
こんにちは。
無事に退院されたんですね。
でも、退院後というのも結構辛いですよね。
無理なさらないでくださいね。
ぜひお大事になさってください。
いつも本当にありがとうございます。
投稿: Brenda | 2008年6月 6日 (金) 23時54分
Brendaさん
優しい言葉をありがとうございます
この記事にはスパムコメントが数件付きました
誰にも相手されないならばまだいいのです
スパムだけ押し寄せるとは何たることでしょうか
初めての心あるコメントに心から感謝します
投稿: 月刊「記録」編集長 | 2008年6月 7日 (土) 00時59分
この記事にその後もガンガンとスパムコメントがやってくるのでコメント受付をいったん拒否します。ニフティには通知しているのですが、もうどうにも止まらないのです
投稿: 月刊「記録」編集長 | 2008年6月17日 (火) 01時26分