書店の風格/第8回 模索舎で「ロスジェネ」を買う
新宿三丁目の駅を出てすぐ。マルイシティを抜けて、世界堂を抜けて、セブンイレブンには入らずに手前の角を曲がると、その本屋さんはある。模索舎。もちろん一般の書籍・雑誌もあるが、取次を通しては流通していないミニコミ誌をたくさん扱ってくれる神様みたいな書店だ。
店に入ると、膨大な量の「紙」が目を襲う。まさに「紙」としか言いようがない、中綴じ10数ページのミニコミ誌が並ぶ中に私たちの「記録」もあった。「積んで」置いてくれるのはこちらの書店だけであろう。ちょっと感動しつつ店内を見渡すと、雑誌「ロスジェネ」がある。紀伊国屋書店新宿本店で死ぬほど見てきたが、きついピンクの表紙が否応なしで目立つ。
私だってギリギリではあるがロスジェネと言われる世代。気にはなっていたが、1365円という価格に怖気づいてなかなか手が出せないでいた。てか高すぎ。低所得者が圧倒的に多いロスジェネ相手にそんな値段の雑誌を買わせてどうする。一体誰に向けて売るつもりなんだ。求人情報のひとつでも載せて広告費とって安くしろ! 姿勢としてそれはできないということだったら、…だとしても安くしろ(←バカ丸出し)! 時期が過ぎたからって売れなくなる本じゃあるまいし、次は12月ということであれば。
…とひととおり心の中で罵倒したあと、16ページ中綴じ480円の月刊誌を出している私たちが言えた立場ではないことに気づく。一部では「ブルジョワ誌」とか言われてるし。ホントごめんなさい。
なんにせよ買ったら負けだ。そして、負けた。レジに持って行き、対応してくれた店員さんに改めてご挨拶した。とってもフレンドリーな方で、小心者の奥山は大変に救われた。そして、しぜん話は「ロスジェネ」に及ぶ。店員さんも「価格が高すぎる」と渋い顔をした。やはり皆、思ってることは同じなのね。作り手にはいろんな事情があるから一概には言えないけれども、対象読者のことを考えたらもっと安くしてもよいのでは、と言ってからこんな話をしてくれた。
「いま、ロスジェネについて該当世代がいろいろ言っているけど、一歩引いたような議論が目立つんだよね。当事者なのに、批判する側の顔でいる。まさにそこにいるのにもかかわらず、上から目線で自分や同じ立場の他者を見る。それこそがこの世代の病理なんじゃないかと思う」
たしかに「オレたちの世代って大変だよな。この危機的状況をみんな理解してないけど、オレはちゃんと考えてるんだぜ。つまり、オレ以外はみんなバカでクズ」的な発想をする同世代の知り合いを少なからず知っている。そう言っている自分こそがよくある思考や生活に埋もれちゃっている感がある。しかもそういった思考に陥っていることを自分でも良く理解し、反省しながらどこまでも自己優越感は消えないのだから始末が悪い。
店員さんは、「ロスジェネ」の隣に置いてあった杉田俊作氏の『無能力批評』(大月書店)を「赤木智弘を批評しているものとしては一番」と薦めてくれた。が、持ち合わせがなく購入を断念。どうしてこういう本は値段が高いんだろう。当事者向けの本だとしたら、ケータイ小説を少しは見習って欲しい。中高生のお小遣い事情を考えて、まるっと一律千円だ(余談だが弊社『どこかで』好評発売中)。本を眺めていると、「批評は「ロスジェネ」にも再録されてるよ」との声。ホッ。っていうか、再録が入っててこの値段かよ! と改めてピンクの表紙を見る。
本は読まないと評価できない。そして、出版社のいち営業でしかない私がウダウダ言うよりも、ネットで発言している人々の評価がよっぽどためになる。
ので、以下に紹介させていただく。
因みに「ロスジェネ」を読んだ私自身の感想といえば、「暗い!」。土の中に埋められたかのような息苦しさがある。ある意味この世代を物語っているといえる。右や左という言葉がウロウロ出てきて、それこそがこの雑誌のテーマだということはわかるが、果たして右や左でこの人たちの立場を名づけることができるのか? という疑問は持った。「超左翼マガジン」と銘打たれていて、その立場は「左翼を超える」というスタンスであろうとは思うのだけれど、はじめからこの人たちには右も左もないのでは、と感じた。その感覚はどこから来るのか自分でもわからなかったが、雑誌内である種グローバルな観点に話が及ぶとき-例えば環境、平和など-主張にオリジナリティや強さがないことに起因するのではないかと思われる。つよいベクトルが見えないのだ。大きなテーマを話題としたときにこそ、もっと印象的な自己主張をしてくれればこんな曖昧な気持ちにはならないし、支持もできるかもしれないんだが、いかがでしょうか。
しかし私らは、50年後も「ロスジェネ」と呼ばれてしまうんだろうか。(奥山)
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コメント
どーも、トラックバックいただきました、「ブルジョワ誌」発言のエンテツです。
いまや、出版するのも本や雑誌買うのも、余裕のあるひとのことですねと思うことしばしば。でも、まあ、がんばってください。
「ロスジェネ」なんて言葉、アサヒが言い出してから、とくにくだらなくなりましたね。ま、日本のマスコミなんか、ひとさまのフンドシで相撲とっているようなものだから、本質なんかどうだっていいのでしょう。
『記録』も、やや「政治主義」が見られますね。これからは右や左や真ん中の政治だの党派ではなく、「生活優先主義」じゃないといかんかなと、ワタクシは思っています。
アナタノ生活ヲ大切ニ。酔ってますが正気です。ご活躍を。
投稿: エンテツ | 2008年6月 9日 (月) 01時40分
エンテツ様、コメントありがとうございます。
こちらこそ無言でトラックバックしてしまい、失礼いたしました。
「ブルジョワ誌」、言い得て妙です。
「生活優先主義」、本当にそう思います。特に今の世代は、政治の話が遠い国のおとぎ話みたいに感じる人が多いんじゃないかな、だから少し視野の広い話題になると議論が漠然としてしまうんじゃないかな、と思ってます。足元からリハビリしないと、全身不随のままですね。
これからも参考にさせていただきます。どうかお元気で。
投稿: 奥山 | 2008年6月 9日 (月) 11時53分
そうですよね〜。1360円、正直高いです・・。たくさん部数をすれば、もう少し定価を下げられると思うので、第一号でもっと売って、2号目は部数刷って後200円ぐらいは少なくとも安くしたい次第です。
手に取っていただきたい社会的弱者の方にとって、けっして1360円は、安くはないですよね〜。
反省してます・・きついご意見ありがとうございました。
参考にさせていただきます。
投稿: ロスジェネ編集委員増山麗奈 | 2008年6月12日 (木) 00時00分
増山 さま
こんばんは、コメントありがとうございます。
編集部員の方が寄ってくださるとは恐縮です。
いやいや、記事でも触れてるように私どもの方がキビしいことしてるんで、本当は言えた立場じゃないんです。
純粋に読者のわがままです。
今後も注目しております。
一緒にがんばらせてください。
投稿: 奥山 | 2008年6月12日 (木) 00時30分
今月号(2008年9月号)の論座で、鈴木健介氏が重要な指摘(「ロストジェネレーション」論の批判的検討)をしていますね。
長くなるので、あえてここにはその内容は書きませんが。
↓それを踏まえると、以下のような牧歌的な(そして、上から目線の)ものの言い方には少し違和感を憶えますが。
「いま、ロスジェネについて該当世代がいろいろ言っているけど、一歩引いたような議論が目立つんだよね。当事者なのに、批判する側の顔でいる。まさにそこにいるのにもかかわらず、上から目線で自分や同じ立場の他者を見る。それこそがこの世代の病理なんじゃないかと思う」
また、論座同号収録の、浅尾大輔さんの吉本隆明氏へのインタビュー(対談?)と応答は、そういったロスジェネ論の孕む矛盾を、いかに突破するかという可能性を模索しているようにも読めるのではないでしょうか。
(まあ、あくまで僕の私的な読みでしかないのですが‥)
投稿: 。. | 2008年8月 3日 (日) 18時26分
。.様、コメントありがとうございます。
鈴木氏の指摘、
「実存的な苦しみの社会科学的な正当化」がどこまで可能で、どんな作用をもたらすかという考察、そこから「モテ」に行く論理はうなずくところが多かったです。
鈴木氏も吉本隆明を引用しているように、この問題は浅尾・吉本両氏の語り合った問題に直結していると思います。
個人と全体と、2つをつながりながらも切れたものとして、いつも振り返りながらそっと扱う媒体となれれば「ロスジェネ」もまた個性的な雑誌としての地位を築くのかな、と思います。
「いま、ロスジェネについて…」の発言には、今まで多くの左派系雑誌、機関誌、新聞を取り扱ってきた書店様ならではの印象があるのではないでしょうか。
。.さんのご意見もふまえて、「ロスジェネ」2号が出たらまたインタビューに行ってみたいと思います。
貴重なご意見、ありがとうございます。
投稿: 奥山 | 2008年8月 4日 (月) 17時49分