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2008年6月

2008年6月30日 (月)

キーボードが打てません。

諸事情によりキーボードが打てないので本日更新の原稿を休止させていただきます。

こういう理由でブログを休むのはプロとして失格かもしれませんが、ご容赦ください。

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2008年6月29日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第23回 生前葬自己プロデュースのススメ2

 前回、「生前葬自己プロデュースのススメ1」にて生前葬はどんな形式でもできる、だから葬儀社を通さずに自分でプロデュースしてしまおうと述べた。そしてどうせなら格安で済ませる生前葬という名目で式場の選び方、人数の割り出し方を紹介した。日取りも式場も決まって人数を割り出せたなら、招待状を出そう! という流れになるだろうが、その前に決めておかなければならないことがある。参列者の気持ちになって考えよう。「10時からと書いてあるけれど、一体何時間かかるの?」「食事は出るの?」「香典は持っていったほうがよいのか?」様々な疑問が浮かんでくるだろう。疑問解消のために、招待状にはそれぞれについて列記しておかねばならない。今回は、「一体何時間かかるのか」という疑問を解消させるため、式次第をざっくばらんに詰めていこう。
 通常のお葬式を例にとって考えてみる。
 「お葬式」は「お別れの会」の要素と「葬送儀式」の要素をあわせたものである。
 仏教式の「お別れの会」の要素を赤、「葬送儀式」の要素を青で表してみよう。

 どちらとも言えないものは黒でご容赦願いたい。

葬儀式次第
1、開式の辞
1、読経(宗派によって内容は様々だが剃髪など)
1、弔辞・弔電
1、読経(引導など)
1、焼香
1、喪主挨拶
1、閉式の辞

 要するに住職の出番となるところが儀式、遺族や参列者の出番となるところがお別れの会である。「焼香」は仏教式でしか出番のないものだが、これは「個人に何かを献じる」形のものであり、儀式的とも取れるしお別れの意味もある。キリスト教式であれば「献花」、神式では「玉串奉奠」となる。無宗教式では献灯など、様々な形で行われる。
 葬式を宗教儀式にしないのであれば、赤の部分のみで充分。内容的には参列者からお悔やみの言葉があり、遺族から感謝の言葉があれば済んでしまうのだ。しかしそれだけじゃ物足りない。なにより遠方からわざわざお越しいただいた方々に失礼だろう。もっと言えば生前葬は遺族と参列者だけの催しではないのだ。物言わぬはずの死者がまだ生きている、それを活かさずして生前葬はない。
 したがっておおまかにに式次第を作れば以下のようになる。

1、開式の辞
1、弔辞・弔電
1、喪主挨拶
1、故人挨拶
1、閉式の辞

 こう書くとなんかヘンだ。開式していきなり弔辞って。しかも「故人挨拶」ってなんだよ? という話になってくる。もちろんこれは基本構造の話なので、あとは好みに合うように肉付けをすればよい。音楽の好きな人は演奏会風にして、一つ一つの次第の間に緩衝材になるよう演奏をしてもらったり、自分で演奏する。ただし自分のリサイタルにしてしまうとただでさえナルシシックな印象の生前葬がその色を濃くするので、なるべく他の人にも依頼しよう。儀式風にするのが好きな人なら献灯を行うのもよい。一人ひとりに小型の行灯やキャンドルを渡し、祭壇を作るつもりならそこに捧げてもらう。なければ自分に手渡してもらう。花が好きならば献花も同様にできる。メッセージカードを配って何か書いてもらい、匿名でそれを発表してもよい。弔いの余興を誰かにやってもらってもいいし、読書家なら感銘を受けた本を一人ひとりにプレゼントし、気に入った部分を朗読してもらうなんてこともできる。かなりメッセージ性の強い行事なので、よほどうまく演出しないとちょっと恥ずかしくなってしまうが。

 さて、大体の方向性が決まって肉付けできたら大まかに時間を組んでみよう。参列者の集中力を考えれば1~2時間に収まるのが理想だ。決まったら終了予定時間を招待状に書き込める。余興をお願いしたい人には依頼状を同封でき、手間が省けるだろう。もちろん、その前から電話などで相談しておくのが必須だが。

 ここまで読んできて、何かお気づきになっただろうか。そう、内容構造が結婚披露宴の段取りを決める時と全く変わらないのである。葬式はいわば死の世界への嫁入りだ。現にキリスト教では「神のもとに召される」と言うし、結婚の契りを結べば二度と生家には帰らない武家の婚礼で花嫁が白無垢を着るのは、生家での死を意味する。つまり死に装束だ。だから結婚の経験がある人は、アレと同じ感覚でやってもらうとよい。そんなに難しい話ではないだろう、お手本となる例がないだけだ。

 さてさて、ざっくばらんに式時間のめどがたったところで次はお香典について。続きはまた今度。(小松朗子)

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2008年6月28日 (土)

書店の風格/第11回 文教堂 ブックストア談 錦糸町店

 下町の代名詞(と思っているのは田舎者の私だけ?)、錦糸町。駅に降り立ってひととおり街を歩けば見えてくるキーワードは、競馬、競馬、競馬の嵐。JRA競馬場・ウィンズが駅前にあり場外競馬が楽しめるのは、まあ普通のこととして受け止めることができる。しかし、「競馬のある日は100円引き」「10%引き」「飲み物1杯サービス」の看板が異常に多いようなんだが気のせいだろうか。裏通りに一歩足を踏み入れれば立ち飲み屋がズラリと並び、店の庇をはみ出してイスとテーブルが公道に押し出されている。そこに座ったおじさまたちが上機嫌で競馬のテレビ中継を見ながら、そしてラジオ中継を聞きながら一喜一憂し、店のおかみさんは手作りのおつまみを差し出す。夢のような楽天地だ。私も早くおっさんになって仲間に加わりたい、と思ったが如何せん女なのであった。そして競馬は見たこともないのであった。
失格!

 錦糸町の街を紹介したかったわけではない。本日紹介するのは錦糸町駅からすぐ、駅ビルとも言えるだろう立地にある「テルミナ」4階にある書店、ブックストア談錦糸町店だ。1階から3階まではヨドバシカメラ、4階からは専門店が並ぶ。4階上りエスカレーターを降りてすぐ、目につくのは売れ筋商品を並べた棚だ。コミック、サブカルの要素が強い本が目立つ。かと思いきや、ノンフィクションあり、文芸書あり、シブめの社会系ありのにぎやかなラインナップ。本好きの店員さんがのびのびと品をそろえていることがわかる、風通しのいい書店である。中に入ると左がコミックフロア、中央が文芸書や話題書、続いて右に文庫、新書、語学や参考書、雑誌と続いていく。ひととおり回った後、ふとコミックフロアのほうに目をやると、すごいものを見つけた。

 「見ないで描いてみよう!」

 とのタイトルが振られたコルクボードに、いくつもの絵が鋲で貼ってある。良く見ると、アンパンマン、アトム、サザエさん、ちびまる子ちゃんなど日本人にはなじみ深いキャラクターの数々。だが…全部、なんか違うぞ! そう、ここはお手本を見ないで描いたキャラクターの展示スペースなのである。うろ覚え選手権を彷彿とさせるが、すごいのはこれら全てをお客さんが描いているということだ。展示スペースの脇には鉛筆と紙、そして投票箱のようなものが置いてあり、思い立ったらすぐ描いて投稿できるようになっている。
 人間関係が冷え込んでいる現代日本において、こんな心温まる交流があろうとは。いや、大げさに書きたてるまでもなく、企画があっても適当にスルーしてしまうのが昨今のオトナ子ども事情。なのに、こんなに投稿してくれる人がいるなんて。よく見れば自分のお母さんや知り合いの顔を描いているものもあり、笑いを誘う。こんなふうに楽しいコミュニケーションを地元内外のお客様と取れる書店はもはやここ以外にないのではないだろうか。もちろん、絵本の読み聞かせなど完全に幼児向けのイベントを行っている書店は数多くあるだろうが、より年上の年齢層に働きかけて成功しているお店をなかなか見ない。そんな中での好例。きっと、趣向をそのまままねしてもなかなか成功しないだろう。このお店のキャラクター、そして地元への確固たる根付きが成功を招いたのだ。
 一度立ち寄ったお客さんが、確実にまた来たいと思う書店。
 私も次の投稿貼出がとっても気になる。(奥山)

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2008年6月27日 (金)

『吉原 泡の園』第67回/さよならHちゃん

 主任Kの度重なるいじめに、巨漢のHちゃんが顔の贅肉をブルブル震わせながら言った。
「兵隊がいるから、店が成り立つのに、主任はひどいよ」
 恐らく一対一で喧嘩をすれば、主任Kの3倍はある体格差で、主任Kはひとまたりもないだろう。だが、そんな事をしたらヤクザ同然の幹部連中の御礼参りにあうのは分かっているので、Hちゃんもうかつには手がだせない。つまり牙を抜かれていたのだ。
 当時、体重100キロを超えていた僕ですら、本気でかかれば主任Kならどうか勝てるかもしれない相手なのだ。だから、よく中年ボーイから
「やっちゃえよ」
 などと冷やかし半分で言われたものだった。もちろん、聞こえない振りをしてごまかすしかなかった。もし、それに乗って
「やっちゃいますか」
 などと話し、後で彼に知れたら大変なことになる。
 おかげでボーイの主任Kに対するストレスは相当なもので、Hちゃんも同じ部屋の僕に文句を漏らすのが帰宅後の日課となっていた。
 店では毎日のように皿を落とし、グラスをバンバン割り、その費用が結構かさむのが問題にもなった。割るのはHちゃん1人。ある晩、どうしてグラスをたくさん割るのか、部屋で聞いてみた。
「手、足が震えるんだ。自分ではコントロールできない」
 Hちゃんは、重度の糖尿病だった。インシュリンを打たなければ生活もできないほどのものだ。僕に隠れて、指に針を刺し、血液を採取して、糖度計で血糖値をチェックしていたそうだ。
「マルちゃんの血糖値も見てあげるよ」
 分厚いメガネレンズの奥から、やさしい黒い目が僕を見ていた。
 一瞬だけチクッと針の痛みが走り、血が出てきた。それを専用の機械にとってみる。
「う~ん。マルちゃんギリギリ大丈夫みたいだけど、油断していると危ないね」
 Hちゃんがいったことは当たっていた。医師からも同じことを言われていたのだ。寂しそうに奥さんと子供の写真を見つめ言った。
「僕ね、女子プロレスラーのアジャコングと友達なんだよ」
 プロレスラーとして大仁田厚とタッグを組んでリングで暴れたこともあるそうだ。また、プロレスラーとしていまいち華開かなかったので巡業バスのドライバーをするようになり、アジャコングと仲良くなったそうだった。大切そうにアジャの写真を見せてくれた。
「この人も、苦労してきたからさ、すごくやさしいんだよ」
 Hちゃんが懐かしそうに話していた。それを聞いて、何だか先輩面していた自分が恥ずかしくなった。
 翌日、Hちゃんは主任Sに静岡に帰郷することを伝えた。本来ならば仕事を辞める1ヵ月前に言っておくのが一般常識だろう。だが吉原では突然の“飛び”が主流なので、1週間だけ働いて辞めるといったHちゃんは、ソープ業界の中では律儀といえる。
 主任Sは、それを聞いてとめもしない。使えないもの、やる気のない者は去れ。それがRグループ会長の言葉でもあり、Hちゃんは1週間後、店を去った。去る当日、店に最後の別れのあいさつに来たのだが、みんな素っ気ない。
「Hちゃん、元気でね」
 僕は吉原のメーンストリートでHちゃんと別れた。昼間で客もほとんど歩いていない。吉原を卒業するものは、仕事ができてもできなくても、別れの時はこんなもんだ。
 その日、吉原に面接に来たものもいれば、去るものもいる。無名の大男。静岡から希望を求めて来て、静かに去っていく者を見送った。飛ぶ者、去る者、そんな者を馬鹿にすることなどできなかった。明日は我が身なのだから。(イッセイ遊児)

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2008年6月26日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第15回 7階の廊下

20a_17 7階の階段付近の写真である。現場検証のためなのか、壁や天井がかなりはがされていた。写真右側、壁に垂木が組まれ壁が取り付けられていたのが分かる。この壁が垂木とともに完全に灰となると、9階のようなコンクリートむき出しの状態となる。当時、奥まで入って撮影しようという気にはならなかった。火元でなかったせいもあるが、モノがある分、より不気味な感じがしたからだ。

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年6月25日 (水)

私は神である

と唱える人が「本を出させろ」とおっしゃってきたり原稿を送ってくださる会社が我が社である。どういうわけか精神に異常を来しているとカミングアウトしてきたり、そうとしか思えなかったり、牢屋のなかにいたりする人から連絡がよく来る。
何年も公安につけ回されている人とか、自分のせいで教育基本法が改正されてしまった人とか、死ぬ死ぬとずっと叫び続けている(つまり死なない)人とか。何かそうした人物を引きつけるオーラが私から出ているのか。それはオーラか。

ある有名な右翼の方(武士の情けで名は秘す)が上記の如き人物から相談を受けて「だったらアストラへ行け」と助言されて訪ねてきたこともあった。うちは何なんだ。

だから『あの頃』著者の小林高子さんは例外中の例外。原稿持ち込み者の中で初めて普通の人に会った気がする。なお鎌田慧さんはこちらからお願いしている先生なので当然ながら例外である。悪しからず。

たぶん会社のありようが変なのだ。だから個性的?な人ばかり引きつける。どこがおかしいのか。
例えば本日(24日)の夕方、編集部の大畑が帰っていった。『記録』編集で徹夜したこと、それ以外にも取材と執筆で八面六臂の活躍をしていること、ついでに控え目かつ誠実に経費の精算を行っていることなどを雄弁にプレゼンして去った。そうか。安い賃金でご苦労さまと送り出し私は終電まで働いて、家に帰って原稿整理を1本やって、この記事を書いている。
そこでハタと思いつく。そうなのだろうかと。編集部がそんなに働いているのは本当なのかと。本当「らしい」のだが私自身が会社を留守にしている場合が多いので「らしい」までしか言えない。でも「らしい」のは感じる。そこは信じたいし信じてもよさそうだ。

そこで思い出すのが20世紀初頭のロシアである……じゃあない。それでは佐藤優さんになってしまう。思い出すのはマルクスである。これも佐藤さんか。まあいい。
マルクスによると労働者(編集部員)は提供する労働に比して安い給料しかもらえない。その差が資本家(私?私しかいない)の「搾取」となる……はずである。この公式に当てはめてみると確かに小社の給料は安い。そこはわかるけれども肝心の「搾取」の実感がまるでない。何を搾取しているのか全然わからない。それどころか私の個人技で得た金で安いけど、そりゃあ安くて悪いけど、給料などを支払う場合も珍しくない。
考えられるのは2つである。1つはマルクスが間違っている。もう1つは小社がマルクスの想定外の会社である。共産主義は嫌いでもマルクスの分析は正しいとする人は多いから前者は多分ない。となると後者となる。
マルクスの論は打倒すべき資本主義の悪しきありようを指している。その想定外ということは……小社は資本主義ではないのだ。もしかしたら共産主義の会社なのか。
待て待て。共産主義はプロレタリアート独裁でなければならない。編集部員はプロレタリアートであろう。「独裁」ということは私もその一員となる。搾取の実感がないのだからきっとそうだ。働いている実感はあるからそうに違いない!

でもそうすると説明がつかないことがある。私が給料などを支払っているという事実である。その立場にある以上は私は資本家のはずである。となると「上部構造としてのプロレタリアートに奉仕する下部構造の資本家」なのか。何て悲しい資本家なのだろう。
いやまたまた待て。マルクス主義に発した共産主義国家の建設はことごとく失敗した。その理由はさまざま分析されているも答えは未だし。正しい解答は、もしかしたら「奉仕する下部構造の資本家」がいなかったからではないか。そんな奇特な人間は論理的に存在しない。いないはずの者がここにいる。他ならぬ私である。ということは私は人間ではない。奉仕しているのだから人間以下ではあり得ない。となると私は人間以上である。

ということは私は神である。

……てな落ちを書きたくて書きました。こんなことを考えているからきっと冒頭のような方々が集ってくるのでしょうね。お粗末様でした。(編集長)

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2008年6月24日 (火)

【スイーツ】元乙女のゲーム生活~緋色の欠片DS【ツンデレ】

 先日、『緋色の欠片DS』というソフトを手に入れた。
 このソフトは、アイデアファクトリーという、企業の女性向けゲームブランド、オトメイトが開発した。絵師は、カズキヨネ。
 内容は、簡単に書くと、村(どう考えても現代の村には見えない)にやってきた、主人公が守護者と呼ばれる男の子(5人いる)の一人と、世界の終わりを食い止めちゃう、というもの(句読点が多いのは、ゲームの仕様です)。
 世界を終わりに導くという鬼斬丸(おにきりまる)という刀を封印するのだが、主人公の立場はというと、それを封印できる力を持つ玉依姫で、鬼斬丸の封印が解けると世界が終わるらしい。そして約束通り主人公は玉依姫として覚醒せず最終決戦直前までおあずけ。そのおかげで、守護者(選択肢によって一人が決まる)が死にそうになります。別に守護者が死のうがどうでもいいが、この主人公は、世界の終わりよりも、守護者が自分を一人の女として見てくれないことのが重要らしく、スイーツ(笑)脳全開でムカムカした。
 といっても一人しかクリアしていないので、他の守護者の時はどうなのかはわからない。知りたい気もするがスイーツ(笑)すぎてやる気がしない。1周目に選んではいけない人を選んでしまったのだろうか。波川大輔に釣られてしまった私が悪いのか!
 消化不良っすよ。スキップの速さが尋常でないからもう一度やるか……。はぁ。でもなんか攻略サイトをのぞくと、私の攻略した祐一先輩は2周目から攻略可能となっているが、私が攻略したEDってなに?

 まぁ、いい。

 このソフトで気に入ったのがソフト内同梱のファンディスク「緋色の欠片 あの空の下で」。
 守護者+1のその後のストーリーと、秋祭り、クリスマス、バレンタインデーイベントが入っている。その後のストーリーは、本編をクリアしなくても結末までの説明があるのでクリアしなくても済む。本編に食指が動かない私には最高。
 後者の3つのイベントは絵と選択肢のあるドラマCDのようなもので笑えた。クリスマスヤバイ。まだワンルートしか遊んでいないため他がどのようなテイストに仕上がっているかわからないが、ギャグ路線なのではと予想。つるぺたロリキャラの子がツンデレでかわいすぎる。スイーツよりロリが主人公のが良かったよ。
 オトメイト作品は内容が薄いという評判ばかり聞いていたが、DSの容量だとそんなに気にならなかった。本編の選択肢が非常に少なく、どちらかというとシミュレーションというよりストーリーが薄く恋愛要素の強いノベルゲームといったところ。
 どうしても気になる箇所をあげるとするならば、戦闘が多いので「ドゴォォォォォォン」「バガァァン」といった爆発音多々出てくるが、それを効果音にして欲しかった。テキストで読むと笑えて仕方がない。思わず口に出して「ドゴォォォォォォン」と言ったような言ってないような。
 小さいソフトで2度おいしい。しかもフルボイス。特別薦める気にはならないが、小説(ラノベ系)を読むような気で乙女ゲームをやってみたい人は是非。中古あたりで。(奥津)

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2008年6月23日 (月)

出歯亀事件の現場を歩く

 最近あまり耳にしなくなったが、のぞきをする男を「出歯亀」という。『広辞苑』には「女湯をのぞくなど、変態的なことをする男の蔑称」とあるから、かつてはのぞき以外の変態行為をする男性にも使っていたのだろう。
 この「出歯亀」という言葉が生まれて、今年で100周年となる。というのも、この言葉の起源となった殺人事件が、今から100年前の明治41年3月22日に起こったからだ。殺害現場は東京府豊多摩郡西久保(現在の新宿区大久保)の空き地。27歳の女性が乱暴された上、濡れ手ぬぐいを口に突っ込まれ窒息死しているのが発見されたのである。近くの銭湯「藤の湯」からの帰りだった。
 この事件は新聞にも大きく報じられ、焦った警察は性犯罪の逮捕歴がある者を片端からしょっ引いて取り調べたという。事件から10日後には20人以上もの
容疑者を取り調べていたというから、かなり乱暴だ。そのうえ警察は34人もの「婦人」を臨時に雇い、おとり捜査までしたという。
 そして3月31日別件で逮捕した池田亀太郎(31)が4月4日に犯行を自供する。何度か女湯をのぞいて検挙された過去のある男だった。この池田亀太郎の仕事仲間が「出ツ歯の亀」と呼んでいたと報道されたことから、のぞきが「出歯亀」と呼ばれるようになったわけである。

 『広辞苑』にまで「(明治末の変態性欲者池田亀太郎に由来。出歯の亀太郎の意)」と書かれてしまっているが、どうやらこの出歯亀事件は免罪らしい。池田亀太郎は裁判で一貫して無実を主張し、警察から拷問を受けたとも証言した。さらに現場の足跡が彼のものではない、自白調書と死因鑑定結果の絞殺方法の食い違いなどの矛盾も弁護士側が明らかにした。しかし裁判結果は無期懲役となった。検察のメンツが勝ったわけだ。
 また「出歯亀」の起源も、「出っ歯」ではなく、「でしゃばり」だという説がある。実際、赤旗事件で市ヶ谷監獄に入獄した大杉栄は亀太郎に会い、「目立つ程の出歯でもなかったようだ」と自著に書き記している。
 亀太郎にとっては、とんだ災難というところだろう。

Img_6752  事件が発生した新宿区大久保を歩いてみた。コマ劇場からさらに北に進み、ラブホテルとホストクラブが立ち並ぶ歌舞伎町を通り過ぎ、職安通りを超えると大久保一丁目である。この職安通りあたりから景色は一変する。大久保は日本でも有数のアジアンタウンだからだ。職安通り沿いには、韓国料理のレストランや韓流スターの店などが並ぶ。韓国ドラマがブームになったころは、中年女性が大挙して押し寄せたとも聞く。
 この大久保一丁目にある大久保小学校では、全校生徒の57%が外国人だという。つまり学校では日本人がマイノリティーとなる。学校からのお便りも、ボランティアによって英語、ハングル、スペイン語、タガログ語などに変換されている。それが大久保の現実だ。街を歩く人の多くも日本語を使っていない。

 被害者が使った銭湯「藤の湯」は事件の影響で客足が遠のき廃業となったが、何かの縁を信じ大久保に唯一ある銭湯「万年湯」を訪ねてみた。受付に座る日本人女性は「わたしが嫁に来て10年。主人が3代目ですよ」と笑顔で教えてくれた。先代はもう亡くなっているとのことだが、もちろん開業して100年はたっていない。
 現在の客層については、「韓国の方とか、ほんとうにいろんなお客さんが来ますね」とも教えてくれた。ただ残念ながら「出歯亀」という言葉は知らなかった。万年湯を出て、試しに街の外国人に「出歯亀って知ってる?」と尋ねてみたが、不思議そうな顔で首を振れられただけだった。それはそうだろう。
 事件のわずか12年前に大久保村から豊多摩郡に昇格した土地が、ここまで大きな変貌を遂げるとは、当時の人は誰も思っていなかったに違いない。
 ただ出歯亀事件の痕跡を奇妙なところで見つけた。大久保の隣にある歌舞伎町が「のぞき部屋」のホットスポットなのだ。
 1980年代初頭、「のぞき部屋」は大阪で生まれた。マジックミラーの付いた個室から、女性がトップレスで踊る姿を眺める風俗として大人気となった。歌舞伎町にもかなりの数の店舗が開店したという。しかし性風俗が一気に過激化する流れを受け、のぞき部屋は個室マッサージへと業態を変えていく。しかも85年に施行された新風営法により、のぞき部屋は届け出制となり一気に店舗を縮小していった。
 

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年6月21日 (土)

書店の風格/第10回 旭屋書店イオン浦和美園店

 気がつけば2回続けて旭屋書店なのだが、全く毛色が違うのでお許しいただきたい。イオン浦和美園店は、まさに理想のファミリー型インショップといえる。入るにつけ出るにつけ、いちいち感心してしまったのはこの書店が初めてだ。

 まず立地だが、埼玉県最大級のショッピングセンター・イオン浦和美園の中にある。埼玉高速鉄道浦和美園駅から歩いて3分。駅のまわりは住宅地が広がっているわけではなく裏寂しい感じだが、ひたすらに「道路」がある。バイパス沿いに無理やり駅をドッキングさせたような不思議な空間だ。車が通るばかりで民家もない、そんなところになぜ駅がと思われるだろうが、実は埼玉スタジアムの最寄り駅なのである。地元・浦和レッズの試合などイベントがあるときにはかなりの混雑が想像される。つまり、駅からでも車でも楽々アクセスできると同時にイベント時の波及効果も期待できるショッピングセンターなのだ。なんておトクなんだ!

 センター内3階に旭屋書店はある。インショップの強みで、出入り口は大きく2箇所。間口が広い、というよりもほとんど360度店内が外から覗ける。一つ目の入り口から入ると、左手に児童書が豊富に並べてある。右手には実用書。真向かいのフードコートから満腹になって出てくるファミリー層をおもてなしするにたいへん相応しい。児童書の奥には小学校受験のための棚、さらに奥には中学校、高校、大学参考書と子どもの成長に合わせた棚構成が美しい。そして店舗のほぼ真ん中にまで達すると専門書のコーナーとなり、お父さんたちがコンピューターや経済についての本をくまなく探そうとしても必ず満足してくれるであろうラインナップ。とにかく広いのだ。

 そしてもうひとつの入り口から入ると、そこにはまずケータイ小説が。そして文芸書の新刊、コミック、話題書、文庫、新書と続く。お隣のHMVからやってくる中高生や若者が好みの本を探しやすいつくりになっている。お客様の身になって考えないと、こういった店舗作りはできない。なんと丁寧に心を尽くした配置だろう。

 しかし感動している場合ではない。私は営業に来たのである。今回もご迷惑を承知で挨拶に伺うと、担当者の方を事務所脇で待つように指示があった。待ちながら本棚を見ていた。なんだか私の欲しかった本ばかりが目に付き、帰りに買って帰ろうかなと思う。『営業活動の実践マニュアル』、『「営業力」の基本が身につく本』…ん? そうか、目の前がビジネス本のしかも営業ジャンルの棚なのだ。ということは、ターゲットにされている?!

 偶然だろうけれど、前回の書店営業の本といい、自分も書店にとっては取引先であると同時にひとりの消費者であるということをひしひしと感じた。そうだ、最近は本作りにばかり目が行ってしまって、「自分が消費者だったら買うかどうか」という目線を忘れがちになっていた。この感覚を大切にしていければ、「売れる本」を作れる日も近いかもしれない。(奥山)

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2008年6月20日 (金)

『吉原 泡の園』第66回/姉弟で吉原勤め

 同じ寮で生活をともにしていた元プロレスラーのHちゃんは、体だけは人の3倍も4倍もあるが、仕事はカラっきしできなかった。喧嘩が強くとも、ソープの世界では役立たないのだ。毎日毎日幹部連中にいじめられて、寮に帰って顔をあわせても僕も素っ気無い。一応僕も苦労してきたんだという自負があったのだ。いじめられたことをそのままやるつもりはなかったが、吉原ボーイの洗礼を知らずして、ボーイを語るなかれ、などと先輩面していた。それでもでかい体に似合わず、いつも。
「マルちゃんマルちゃん」
 そういって以前飛んだ先輩Tさんのように僕になついてくる。僕は一人っ子のためか、先輩や年上に対する抵抗力がなく、言われたことを素直に聞く姿勢になっていたので、年上の人からすると扱いやすいのかもしれない。ただ、Hさんは後輩。しかも僕より10以上歳が上で、先輩面を演じるのがどうも気が引けた。
「マル、お前舐められてんだよ」
 主任Kが言う。その言葉が引っかかり、顎でHちゃんを使ってみた。すると
「おいマル、オメーいつから人を顎で使えるようになったんじゃい」
 と今度は主任に怒られた。
 ええー。僕は一体どう演技したらいいの? 

 こんな僕の混乱に関係なく、Hちゃんはなついてくる。そんなとき僕より6歳くらい年下のMという小柄な男のコが入店してきた。TさんとKさん、そして前の店長までもが飛んだこともあり、ボーイが少ないとみんなが悩んでいた時期でもあった。
 Mは一見気が弱そうに見える。どうしてこんな業界に来たのだろうか疑問に感じた。借金か、好き者なのか、それとも実は刑務所経験があるとか。
 彼は仕事は一生懸命に頑張り、客引きもかなり気合が入っていた。下っ端ボーイたちと比べても、かなりの確率でフリーの客をモノにしていった。電話営業にも盛んにトライしていて、主任Kなどは
「おいマル、オメ―抜かれるぞ」
 と僕を脅した。僕自身はそんなことに生きがいを見出してはおらず、一生懸命やってダメならばそれはそれ、と思っていたのだが……。
 ある日、Mが客引きをやっていると、カーステレオから大音量を響かせた1台の車が店の前で徐行し始めた。Mはその運転手と何か話している。その運転手をよくよく見ると、それは女だった。彼女かな、それとも知り合い?と思っていたら、それは実のお姉ちゃんだと言うではないか。
 いいのか、M! 家族にこんな店で働いていることが知れても。そう思った僕が甘かった。
 Mの姉さんは、吉原中流店の現役ソープ譲だったのだ。弟がボーイとして吉原デビューをした姿を見に来たのだ。
 姉弟揃って吉原勤めとは、一体どんな家庭で育ったんだろう。悪いとは思いながらもそれとなく聞いてみると。
「うちの親父、すごくだらしなくて……」
 泣き出しそうで答える表情を見て、悪いこと聞いてしまったのかなと感じたものだ。
 彼の両親は離婚し、親父に育てられたという。ただ親父は酒ばかり飲んでいたそうだ。家族の愛、親の愛を知らないことは、それだけでも人生において大きなマイナスになってしまうと感じた。なにせ人に愛を注ぐ方法を学びづらいのだから。
 たまたま僕は教えてもらう機会があった。けれどもひとつ間違えば、僕だって愛を知らない人生を送っていた可能性がある。それを考えるだけでも体が震えるほど切なくなり、生きる力がすり減るような思いがこみ上げてくる。
 Mの人生を聞き、ふっと主任Kの新人ボーイいじめを思い出した。あれだけ熱心にいびるのは、彼なりの歪んだ愛情表現かもと思ったからだ。お前はオレに最後まで付いてくるんだろうな、お前の愛情は本当だろうな、と暴力で確かめたかったのかもしれないと。
 いじめても、いじめても付いてくる後輩を見つけて、愛を知らない自分を救ってほしかったのかもしれない。愛を知らぬまま義務教育からも見放された人間のあがきだったと考えるのは同情的すぎるだろうか。(イッセイ遊児)

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2008年6月19日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第14回 新しいマットレス

20a_18 これも9階の部屋。壁に張られていたベニヤや、それを支えていた垂木はすっかり燃え落ちている。その割にはベッドが新しい。手前のイスと合わせて、どこか別の部屋から持ってきたものかもしれない。(大畑)

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年6月18日 (水)

黒船スパムがやってきた

当ブログは他へおじゃまして熱心にコメントを付けることもなければ、積極的にトラックバックをかけるでもない。あまりにもやる気がないので最近は書いた内容と関連の深い記事のあるブログには時折トラバぐらいはしようよと編集部でいい合わせている程度である。
また当ブログへ来るトラバは原則として受け入れる。ただし公序良俗に反する案内や著作権・肖像権を侵害していたり誰(何)かの名誉をけがすと判断したトラバ先は削除している。コメントも同様で例え批判的な書き込みでも著しい侮辱や名誉棄損を除けばOK。記事内容とどう関係するの?と疑問なコメントでも、連続投稿でも、意味不明でもまあいいかとのスタンス。その代わり返事もしたい時だけさせてもらう。

表現の自由とは大切な、というよりすべての上位に置いてもいいくらい人間の尊厳を守り育てる権利であると考えている。それはネット上でも同じでドカスカ踏み込んで訳のわからないコメントを仮に連ねられたとしても前記のような問題にかからなければあっていいと思う。少なくともうちのブログはね。

ところが最近、どうにも困ったコメントがドカスカやってくるようになった。まず英語の名前とコメント自体は罪のない短いものがある。ここまではいいのだがURL先としてやはり英文のページが載せられているのだ。そこをクリックしても記事との関連性はまったくない。なかには物販らしきもある。その先に進んでいけば何かわかるかもしれないけれど不気味だから躊躇している。
過去、ちょうどアクセス数が1日平均1000件を常時超えるようになったころからチラホラ現れるようになったこの手のスパムが、このところ急上昇している。当ブログは日によって何の脈絡もないテーマを掲載しているのにスパム君はこれまた脈絡なくやってくる。メールアドレスは全部違うのにURL先は同じ。しかも見慣れないドメインだから海外からやってきているのは確実だ。
日本人の多くは英語を苦手としていると聞く。と書く私自身も仕事柄必要に迫られて使う場合と洋楽の歌詞を聞き取ったり読む場合にやむなく触れるインチキ英語使いに過ぎない。だから英文のURL先ならば害はないかと放っておこうと一度は決めた。でもそれがすごい量なのである。このままにしておくとコメント先はブログに掲載されるために何やら推奨しているような雰囲気になってしまった。
相手が記事を見ずにコメント欄へ書き込んでいるのは明らかである。なぜならば脈絡がないから。でもそれ自体はいい。別に好き放題やってくれて構わない。ただしURL先で何が起きるかわからないのが不気味だ。英語に堪能でなければそれゆえに閲覧しないとは限らず逆もありうる。また短く罪のないコメントをつけた本人がURLと関係あるとも言い切れない。

結果としてそんなものを当ブログへズラリと並べて何らかの被害に遭われる人がいたら大変と削除することにした。それも最初は1つだけは残しておいたのだがイナゴのごとく訪れるので皆に消えてもらった。プロバイダのニフティにも通知した。
それでもイナゴはやってくる。となると今度は消す作業自体が大変になってくる。大変な経営状態が続く中で大変な量のスパムを消し続けるのは大変である。したがって的になっているコメントの受付を当面拒否する次第となった。まことに当方の勝手な都合で恐縮するのみである。

不思議なのはおそらく英語圏とみられる地域から日本語のブログへ英文のURLに導くためのコメントをスパム状に付ける効果だ。何か私では計り知れない深謀があるのだろうか。だいたい当ブログをどう見つけ出してきたのだろうか。相手が日本語ならば延々とご訪問いただいても結構もてなすつもりである。しかし黒船となるとなあ。誰か事情をご存じでしょうか(編集長)

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2008年6月17日 (火)

乙女ゲーム夏物語2008

 前回に引き続き、今回も新作ゲーム2008夏をお届け。2回目のテーマは、乙女ゲーム!キャーッ!!

 夏といえばLOVE!ひと夏の恋!夏はホラーだって?冗談はヤメテー!夏の陽射しのように熱く、陽炎のようにすぐ消える恋! 海辺の出会いは、スキー場での出会い同様ガッカリ度数が高くて裏切られることが多いけど、乙女ゲームは裏切らないんだぜ!二次元だからカッコイイ男の子多いし。

 さて私の気になる夏乙女は、8月発売の「遥かなる時空の中で 夢浮橋」(DSソフト)。

 コーエー30周年記念ソフトとして発売されるそうで、「遥かなる時空の中で」(以下、遥か)シリーズのキャラが勢揃い。遙かファンにはたまらない一本になるそうで、本来は落とせない? 敵キャラも落とせる仕様……。詳しくはわからない。電撃Girl's Style買うべきか。明日買いに行こう。
 ちなみにコーエーの乙女ゲームのカテゴリはネオロマンスと呼ばれており、制作はルビーパーティーが行っている。コーエー商法(コナミ商法もある)という独特な商品展開が一部で有名。
 ネオロマンスには「遥か」の他に、元祖乙女ゲーム「アンジェリーク」、「金色のコルダ」、「ネオアンジェリーク」がある。
 私自身は「遙か2」しかやっていない(PSPで出ていて安かったから)ので、他作品のキャラはよく知らないがなんとなく遊んでみたい。

 個人的嗜好はおいておくとして、もう一本は同じく8月にD3パブリッシャーからリリースされる「星空のコミックガーデン」(DSソフト)。

 こちらは完全新作乙女ゲーム。漫画家のアシスタントになって、マンガを描いたり恋をしたりと忙しそうだ。これがリア充ってやつか!……違うか。
 漫画家体験恋愛アドベンチャーということで、このゲームの最大の売りが「コミックモード」らしいい。これはタッチペンを使ってペン入れやトーン貼りといった疑似アシスタント体験ができるそうだ。
 実際のアシスタントになる気はないが、疑似体験できるのは嬉しい。絵が壊滅的下手さの私が漫画を書く事なんて一生ないと思われるのでぜひやってみたい。

 夏も元気な乙女ゲーム。ただ雑誌を読んでいても完全新作ゲームがあまりない。あったとしてもボーイズラブや18禁ゲームはやらないので、できればもう少し増やして欲しいものだ。
 乙女ゲーム人口は、一般ゲームやギャルゲーに比べると少ないが、内容が薄いのに使っている声優が豪華(だが、よくみる人がイッパイ)な作品か、シリーズ作品が多い。そうしたほうが確実な売り上げが期待できるのかもしれないが、今のままでは新たなファン獲得も期待できず売り上げも横ばいのままになりそうだ。
 DSの普及により乙女ゲームの敷居が低くなった今こそがビジネスチャンスともいえる。是非ともシリーズ人気や人気声優ばかりに頼らず(本音では少しは頼って欲しい)、冒険してほしい。乙女ゲームの主人公はみんな冒険しているのだから。

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2008年6月16日 (月)

大道芸を見る!番外編~似顔絵を描いてもらってみた~

 街中で似顔絵を書いてもらったことはあるだろうか。上野公園に行く階段にずらっと並んでいる様は、風景を描いている人たちの列とはまた違う趣である。
 各似顔絵師のブース(のようなもの)の前には、商売道具の一つである“有名人の似顔絵”が数枚置かれているが、それを見るたび「あれくらいの画力が私にあれば……」と幼稚園児並みの絵心の私はうらやましくなる。 
 せっかく上野へ来たのだから思い切って似顔絵を思いきって描いてもらうことにした。
 まずは価格。モノクロが2000円。三色で3000円。フルカラーになると4000円。だいたいどこもこれくらいの相場だ。

 気になる腕だが、似顔絵師の腕を判断するのに「脇に飾ってある有名人の似顔絵を見る」という方法があるが、これはあまりアテにしないほうがよいというのが私の見解だ。
 なぜなら、だいたいどれも同じくらいのクオリティなので比較が難しい。しかも、描いてもらおうと思わない限り近くで見ることもなく、遠目でみることになるから余計に判断がつきにくい。書いてもらってからのお楽しみに近いものがある。

 初めてということで、フィーリングで似顔絵師を選んでみた。コースは、いきなりカラーで描いてもらうのは勇気がいるのでモノクロ。
 所用時間は、「モノクロだと5分から10分くらいで、カラーだと2、30分くらい」
だそう。
 実際、ペンの進みは早く、サササッと描きあげていく。だいたい10分くらいで、「いかがでしょうか」と見せてくれた。
 見せてもらった絵は、鉛筆だけなのでデッサンぽく、悪くはないが寂しい感じだった。なかなかよかったがせっかくなので、カラーにしてもらうことにした。
 描いてもらっている最中、何年くらい似顔絵描きの仕事について聞いてみる。
「似顔絵は10年くらいやってる。もとはイラストの仕事をしてたんだよ」。
 マンガ雑誌の表紙絵も描いていたこともあるそうだ。話しているあいだに絵が完成。
 ほぼフルカラーに近い状態で描かれた自分の似顔絵は、実物の三割増しの出来。自然なツヤ感も表現されていて、滅多にきちんとした似顔絵を描いてもらうこともないのでいい記念になった。写真写りが悪いので、今後、著者近影を出す時はぜひこれを使いたい。    
 いつもは素通りしてしまう似顔絵。思い立ったが吉日。少しでも興味が沸いたらちょっと腰掛けてモデル気分に浸ってみるのもいいかもしれない。(奥津)

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2008年6月15日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第22回 生前葬自己プロデュースのススメ1

 生前葬という言葉をご存知でない人は、今はもうあまりいないかもしれない。しかし、一般の方が頭ですぐさま漢字変換できるようになったのは実は最近のことだろう。昨年で話題になった有名人の生前葬としては、フェミニストの辛淑玉、漫画家の久米田康治、WAHAHA本舗の喰始社長か。ただ、久米田康治の場合はマンガ賞受賞記念と言うことでいささか通常の生前葬とは意味合いが違うが。

 生前葬を取り扱っている葬儀社は多い。どんな形でもプロデュースできます、と謳っているが、ちょっと待った。どんな形でもプロデュースできるということは、生前葬にはまだ形式はなし、好き勝手にやっていいということだ。だったら葬儀社に頼む必要は全くないではないか。今回は、オリジナルな生前葬を考えてみたい。ワーキングプアの時代にふさわしく、余計な費用を一切抑える生前葬だ。残された側が主催する時にはあまりにみすぼらしいと体裁が悪い葬式だが、遺体(?)本人が節約したいと言うのなら、遺族(?)には反対する理由もないであろう。

 さて、どんなイベントにもひとまず箱が要る。…もしかしたらここで眉をひそめた方がいらっしゃるかもしれない。「葬儀はイベントなのか?」と。以前記事にも書いたように、葬儀は準備期間の著しく短い大イベントである。中身は結婚式や祝う会の類と基本的に変わらない。ひとりを主役にして、人を集めて、主役をちやほやする。シンプルに考えればそれに尽きてしまう。

 式場はセレモニーホールを借りればかなり高くつくし、他のサービスもついてきてしまう可能性が高い。ここで試みているのは原価ギリギリの葬式なのだから、葬祭ディレクターもセレモニーレディも必要ない。民間のホールはやめよう。箱はタダに限る。究極は自宅だが、公民館など公共施設なら広く使える。許可が必要だが、普通の葬儀でもバンバンやっているのだから断られる筋はない。なお、屋外でももちろん可能だが雨が降ったときのことを考えると賛成できない。

 次に日取りの決定と参列者の割り出しだ。自由な葬儀なので関係ないと言ってしまえばそれまでだが、気になる人は友引を避けよう。普通の葬儀でも「友を引く」として避けられている。引くとは言っても死んでいないのだから基本的に無視していいだろう。日取りが自由に決められるのも生前葬のいいところ。誕生日、記念日、土日祝日など好きに決めよう。
 参列者は、本人が自由に選んでいけばよい。何しろ死んでいないのだから、顔も見たことのない親戚や息子の会社の上司といった自分にはまったく来て欲しくない人物がどこかから聞いて駆けつけるなんて事態にはならない。披露宴と同じように、招待状を持っている人しか来ないのだ。自分が明日死んでしまうとして御礼を言っておきたい人を基準に選ぼう。ただ、やみくもに呼ぶと式場の問題で定員オーバーということになってしまいかねない。3つ続きの十畳間でも60人程度が無難だ。現実にはぎゅうぎゅうに詰めて縁側や玄関までじゅうたんを敷けば80人は可能だが、ゆったり座って欲しいではないか。昔から「座って半畳、寝て1畳」と言われる。人間ひとりが占めるスペースのことだ。参考にしよう。実際には「座って半畳」になるのはだいぶ恰幅のある人に限られるが、座れば荷物を脇に置かなければならない。焼香や献灯がある場合には通路確保も必要だ。前のほうには司会席等イベントスペースを設けなければならない…と考えれば、式場に対して余裕を持った定員を考える必要がある。イス式にするのであればイスを並べてシミュレーションしてみればわかりやすい。

 さて、次は肝心の中身についてだが、長くなってしまうのでまた来週。なんだか楽しくなってきた。(小松朗子)

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2008年6月14日 (土)

書店の風格/第9回 旭屋書店船橋店で『石塚さん、書店営業に来ました。』を買う

 ひ、卑怯者! と思わず怒鳴ってしまいたくなるほど、うまい企画である。
 さて問題です。日本で一番、本屋さんに行く回数が多いのはどういった人たちでしょう?
 答えは文学青年でもなく大学教授でもなく、「出版社の営業」。彼らは毎日、向かうべくして書店に向かう。もと書店人によって書かれた、出版社のための営業ノウハウ本。「本屋に人がいなくなった」とぼやかれる昨今、訴えかけなくともターゲットは否応なしにお店にやってくる。ほんとになんて巧いんだ。そして季節を問わず営業をしていると額と脇の下に汗を大量にかいてしまう小心・口下手・軟弱者の奥山としては、買うしかないでしょう、この本は!!

 買った現場は、旭屋書店船橋店。ここでも、素敵な書店員さんとの出会いがあった。大変お忙しい中、じっくりとお話を聞いてくださったのはHさん。長い髪をすっきりと束ねた女性だ。人文の棚を担当しているので、弊社から本を出版している著者の中ではルポライター鎌田慧と相性が良い。さっそく、まだ企画段階の本について意見を伺ってみた。
 すると実に手際よく資料を読んで「ウチは●冊かな」と、具体数まで言っていただけるではないか。
 出版時期が確定していないものに、書店員さんのほうから積極的に注文数を提示してくださったのは、実は初めて。今まで参考程度にとお願いしても「出版時期が決まってから」「値段が決定してから」「ゲラができてから」と言われ続けてきたので感動した。
 そして「これは人文だけじゃなくて社会の棚にも置けるから」と言って、店内を横切っていく。ついていくと、社会系の棚を担当しているSさんに本を紹介してくださった。そして二人で相談して、注文数をまとめて渡される。ここまでの時間、じつにご挨拶から2分程度。素早い!!

 購入した『石塚さん、書店営業に来ました。』にもあったが、書店員さんのお仕事は分刻みになりやすい。筆者も書店のアルバイトをしたことがあるが、棚整理をしようと本に手をかけた瞬間にお客さんからお問い合わせを受け、該当書籍を探している間に出版社営業に声をかけられて「少々お待ちください」と言い、お客さんをご案内した後にさっきの営業さんは?と周りを見渡しているとレジが混み始めて助っ人に行き、落ち着いた瞬間に電話が鳴って取り、取り次いだあとにまたさっきの営業さんに声をかけられてそれもご案内し、さて棚整理にまた取り掛かろうと時計を見ると自らがレジに入る時間になっている…といったことの繰り返し。あっという間に一日はすぎていった。
 だからこそ、Hさんの頭の切り替えの早さには驚愕した。チラシをちらと見ただけで判断ができる、そして他の棚のことも考える余裕。ベテラン社員だからこそのプロのお仕事だ。じっくりと考える時間がないからこそ生まれる集中力が、全身にみなぎっている。そして終始明るく対応してくださったのもじつに印象深かった。こういった書店員さんには、ファンが多いんだろうな。

 こちらも緊張ばかりしていないで、書店の利益になるようきちんと本のご案内をしていかなくてはならない。『石塚さん、~』では書店員さんの側から見た出版社営業がやってしまう数々のウッカリがたくさん書いてある。「参考になる」程度でおさまるものではない。。心の中で土下座しながら読みきった。とくに「説明したあと、注文くださいって言ってますか? 注文の責任を相手に押し付けるのではなく、自らも負いましょう」というくだりには頭が上がらない。そのとおり、最後の一押しができないんですよね…。ああ、ちゃんと仕事しなければ。しよう。(奥山)

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2008年6月13日 (金)

『吉原 泡の園』第65回/そして、また飛んだ

 内装から店名までリフレッシュしてグランドオープンを果たしたS店も、徐々に暇な日々へと戻っていき、数日たった頃には忙しさのかけらもなくなった。それでも新店長は仕事ができる人なので、電話で自分の客を1日に数人は呼んでくれた。おかげで、どうにかお茶を引くコだけはでなかった。だからボーイが義理風呂に行くことだけは免れていた。
 給料も15万前後はもらえるようになった。家賃などを払う必要がなく、食費も2000円貰えていたので、15万ほぼまるまる小遣いにできる。これは大きな変化だった。もし、初めからこのようなシステムの店ならば、自己破産しなくて済んだ。貯金もできるし、寮を出てアパートを借りることも可能だ。そう思ったとき、ふと“飛ぶ”ということが頭をよぎった。
 今まではボーイが飛べないように、ボーイに金を持たせないようにしてきた。でも、今なら辞められる。そう思った。しかし、そのころの僕はもう辞める理由はなくなりつつあった。新店長はおもしろくおおらか。姉妹店から来たSさんも好青年。元マネジャーで現主任Kは、まだうるさいものの、少なくとも暴力は減った。だから僕は“飛ぶ”必要がない。しばらく貯金して、ライターの学校にでも行こう。そう思っていた。
 自分は暴力の心配がなくなったと思っていたが、意外な人が標的になっていることがわかった。結婚していて、奥さんも中学生の娘もいるIさんが、密かに主任Kから暴力を受けていたのだった。Iさんは、その憂さを、僕ら下っ端ボーイにぶつけてきた。ジャンピングニーパットと言いながら、プロレス技をかけてくる。僕もとうとう切れ。
「やめてくださいよ」
 眉間にしわを寄せて言うと、始めて怒った僕の態度がおかしかったのか、主任Kは笑っていた。
 仕事が終わり、僕らが焼肉屋Tに行っている間、主任KとIさんが後から来て、二人だけで遠くの席で話しをしていた。なんだろうと気にはなったが、僕らは僕らで盛りあがっていた。できれば主任Kは来ないほうがいいのだから。
 翌日、Iさんは突然来なくなった。“飛んだ”のだ。
「Iのことを夕べ表で殴った」
 主任Kが突然話し出した。とうとう元ヤクザで家族持ちのIさんまでが主任Kの餌食となった。いったい、この男は何人いじめれば気が済むのか。僕も早いところ金を貯めないと、いつどうなるか分からないと不安がよみがえる。
 Iさんが飛んだので、ボーイの人数も減り、仕事のしわ寄せが当然出始めた。1人で2人分動く。あちらからもこちらからも指示される。突然お客がトイレはどこ、などといって待合室のドアを開ける。基本的に待合室から客が出る場合、女のコや他の客とのバッティングがないように気を配り、トイレなどの場合でも、あがりの客とのニアミスがないよう非常に気を使う。
 ただ救われたのは、待合室の客が突然帰り出すトラブルがほぼなくなったことだ。今までは、元マネこと主任Kがガラの悪い飲み屋のように怒鳴りちらし、嫌気のさした客がサービスも受けていない待合室の客が突然帰るトラブルも頻発していたのだ。新店長はヤクザの息子でありながら、そうした大人のマナーには通じていた。逆にマナーの悪い主任Kを叱責する場面さえあった。 
“親はなくとも子は育つ”とはうまいことを言ったものだと思う。学校にもろくに行かなかったという新店長だが、人間としてかなりしっかりしている。
 ただ、会長である新店長の親父は息子である新店長に
「良い組紹介してやるから、そこで少しは修行をしてこい」
 よくそんなことを言っていた。組とはヤクザであり、修行とは若衆としてお勤めをして来いということである。
 親が息子に「ヤクザに行け」と言うあたりに、非常にヘビーな親子関係を感じたのだった。(イッセイ遊児)

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2008年6月12日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第13回 ホッとさせられた扉

20a_19 「9階西側非常階段」の紙は現場検証のときに張られたものだろう。じつは連載第2回でアップした写真の扉と同じモノだが、撮影した時間が若干違う。9階の部屋を一回りしてから撮影したからだ。本当なら東側の非常階段から降りて中を探るべきだったのだろうが、ヘタレのわたしは同じ階段に戻ってしまった。こんな不気味なドアなのに、見たとき妙にホッとしたのを覚えている。(大畑)

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年6月11日 (水)

毎年が元年

以前「日本をダメにする言葉」(http://gekkankiroku.cocolog-nifty.com/edit/2008/04/post_9ab4.html)という記事を書いたら予想外に反響があって驚いた。時間がなくてやっつけで書き殴ったので努力と反響は比例しないのだと改めて意を強くした。強くしてどうする。
その筆頭にあげたのが「切り替える」だった。そこではスポーツの例で紹介したが実をいうと別の取材からインスパイアされた部分も大きい。
大新聞や民放キー局から中小零細に至るまで内需関連の企業は軒並み苦戦中である。しかもそれが何年も続いている。いったいいつが「いざなぎ超え」だったのか、そもそも「いざなぎ並」でさえなかったのではというありさまである。

仕事がらみから取材先まで、こうした内需企業のほとんどはじり貧にあえいでいる。言い換えるとドカ貧にならないよう精一杯努力している。その労力はおそらく高度成長期に費やしたのと変わらないかそれ以上であろう。みんな頑張っているのだ。
それでも年を追ってジワジワと後退する売り上げまたは利益。徐々に閑散としてくる店内。少しずつ落ちていく視聴率や読者数および広告費。それは小春日和から一転して大雪というほど極端ではない。地球は徐々に温暖化しているとされていても実感はさほどない。それよりはやや実感をともなうものの内需企業は段々に寒冷化している。

ある目標を立てる。必死で集客する。あの手この手の限りを尽くす。その結果「ある目標」にわずかに届かない。でも懸命にやった。「ある目標」には少しだけ届かなかったけれど頑張ったじゃないか諸君と慰め合う。結果を分析してみれば当然悪い部分の方が多いはずなのに、よかった点をあえて探して「今度はここをプッシュしよう」などと「成果」として収める。プロジェクト全体が複数にわたる場合は1つや2つは惨敗もある。でもまあそれはそうだったが全体としては「まとまった」「落ち着いた」といった表現で一応ホッとしたりもする。
一区切りついたところでさあ次の展望だ。あえて見出した「プッシュ」ポイントを次回に押し出してみる。ここでの「ある目標」は前の「ある目標」よりも若干低めに設定する。ただ前回に感触をつかんだポイントだから期待は大きく膨らんでもいる。そしてまた精一杯の努力を傾ける。結果はやはり「ある目標」には届かない。滑り出しが好調でワッと沸いても尻すぼみ。期待ほどに滑り出さないままやはり尻すぼみ。
前者の場合はロングテールという便利な言葉が最近あって「まだまだ工夫の余地があるはずだ」と言っているうちに本当のテールエンドに近づくと話題に出なくなる。後者の場合は最初から「落ち着いた」状態を探すようになる。
それでも目を皿のようにすれば1個所や2個所「よかった」という反響なり何なりが出ては来る。すると今度はそこを励みに新たなる「プッシュ」ポイントを築く。一区切りついたところでさえ次の展望だ。あえて見出した……から先は前に書いたとおりの繰り返し。

そんな縮小再生産を続けていくうちに民放地上波(キー局)はテレビ東京を除いても世帯視聴率平均がプライムで12%程度。全日では一桁が当たり前となってしまった。テレビ朝日は最近ではTBSを上回ることもしばしばで、それはそれで盛り上がっているようだが、その数字はNHKと変わらなかったり抜かれたりしている。この数字は10年前のテレビマンがタイムマシンでやってきたら絶句する。タイムマシンで未来へ行って進歩に絶句するのではないというのがつらい。
民放の雄をNTVと競うフジはキムタクの月9でも数字が取れなくなった。「幸せって何だっけ」が細木数子とともに去った枠はいまだ埋められず遂に古畑任三郎をゴールデンで放映し始めた。いいじゃないかって?それが再放送なんですよ。ゴールデンで再放映!

たまたまビデオリサーチの数字があるからテレビを紹介したまでで、こうしたじり貧傾向はどこにでもある。少しずつ弱っていく体力を振り絞り、最近では多くの会社が年の初めを「第二の創業」「元年」などと言い出した。それが毎年続く。毎年ある「第二の創業」と「元年」。論理矛盾していてもお構いなく「切り替える」のである。それが日本の「いざなぎ超え」の実情。もうみんな知っているけど言わないし言えないし言いたくもない。「あれ? 今年は第6の創業じゃないの」など突っ込みを入れようものならドン引きである。

ああそれなのに福田政権は何もしない。どころか悪事を働こうとしている。サミットで2050年の温室効果ガス削減目標を打ち出すそうな。あなたは今年で72歳。42年後まで生きているつもりか。114歳だぞ。原油価格急騰時に暫定税率を復活させて、「必要な道路は造る道路特定財源の一般財源化」なる一度読めばまやかしとわかるスローガンにかこつけて税制の抜本改革なる話を進めるらしい。どうせ消費税値上げ。そんなことされたら内需産業は本当に大雪だ。(編集長)

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2008年6月10日 (火)

2008年ゲーム商戦夏物語

 さて今年もやってまいりました。ゲームといったら夏です。サマー。クーラーのガンガンきいた部屋にこもって、冷たい飲み物飲んで腹を壊す! 最高です。
 夏はゲームソフトがたくさんリリースされて、本当にありがとうございました。お財布の中身空っぽになっちゃうYO!
 てなわけで、今回はこれから出るゲームソフトで気になったものをピックアップの巻。

 まずは本来のテリトリー、一般ゲームから。

 ここはなんといってもホラー! 夏はホラーっすよ。現在、『サイレントヒルゼロ』(PSP)でやっていますが、サイレントヒル(以下、作品名の表記は静岡)は、後ろ暗い過去を持った主人公が知らぬ間にサイレントヒルという街に迷い込み、そこで禊ぎを祓うゲームです。 静岡のいいところは、「錆た感じ」と「じんわりとくる怖さ」。クリーチャーが出てきて主人公を襲うが、『バイオハザード』(英語タイトル「Resident Evil」)とは違い、倒さずうまく逃げるのもポイント。もちろん私は倒します。釘付きバット等でめった打ちの蹴りまくりデース。
 とりあえずハード別に気になったものを。

 一本目。7月3日リリース予定の『ナナシ ノ ゲエム』(スクエアエニックス)。いつまでたっても『FFⅢⅩ』を出す出す詐欺しているメーカーです。最近リメイク商法が激しいスクエニが出すホラーゲーム。
 内容は、突然配信されてくるゲームをプレイすると、一週間以内に死ぬ! You're dead within a week!でござる。あなたはこの謎をといて死を回避できるか……です。
 この「○○すると○○以内に死ぬ」というのは古典ホラーの一つで、不幸の手紙が代表的。よくあるパターンで使い古されているにもかかわらず、カウントダウン系(○日に死ぬという縛り)は非常に恐怖感を煽られます。公式サイトを見ると、ゲーム内で送られてくるゲームはドラクエに見えるけど、これはファイナルファンタジーかな。しかもファミコン時代の。
 うむぅ。ドラクエといえば、7月17日にリリースされる『ドラゴンクエストⅤ』が待ち遠しい。
 ドラクエⅤといえば、結婚システム。ビアンカ(金髪の幼なじみ)か、フローラ(青い髪の金持ちのお嬢ちゃん)の二者択一。今回のDS移植版では新たな選択が付け加えられるそうで……。いったい何なのでしょうか。気になるところです。このゲームはすでに2回2機種(スーパーファミコン、PS2)でクリアしていて、ラスボスがミルドラースだってことも知っております。でも、やるに違いない。
 さて、ここまで携帯機のソフトを書いてきたが、一般ゲームでの注目は6月12日に発売される『メタルギアソリッド4』(PS3)。ようやくキラーソフトが出てきた。我が家のPS3の本領発揮。やっぱりPS3ハードはPS3ソフトで遊ばないと意味ないっすよ。
 他には、ものすごーく怖いといわれる『SIREN:New Translatin』(7月24日)は、やらないだろうが(怖いの嫌い)、気になる。公式サイトのギャラリーを見たが、ゾンビ?屍人?ガナード?がキモすぎて笑った。キメー、キメーよ! 写真を載せたいがやておこう。あー、キモかった。
 夏の一般ゲームは、ホラーがたくさんリリースされる。日本産から外国産といろいろ揃っているので、お化け屋敷なんて怠いよ~!な、あ・な・た♪部屋を真っ暗にしてヘッドホンをして遊んでみてはいかがでしょうか。心臓に悪いこと間違いなし!
 ※万が一、上記のプレイをして事故が起こりましても責任は持ちませんので自己責任でどうぞ。(奥津)

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2008年6月 9日 (月)

愛犬家連続殺人事件の現場を歩く

 判明しているだけで4人を殺害。骨から肉をそぎ落とし、骨はドラム缶で焼いて粉砕、肉は細切れに刻んで川に捨てるという方法で「ボディーを透明」にした関根元。彼の周りで謎の失踪を遂げた人数の多さと、死体を隠す方法の残忍さは世間に強い衝撃を与えた。
 しかし彼には特別な「物語」を持っていなかった。
 快楽のために殺したわけでもなければ、殺すほど差し迫った理由があったわけでもない。ただトラブル解決の一手段として殺しがあるだけ。法律に詳しい人が問題解決のために裁判を起こすようなものだ。

 関根元が元妻である風間博子とともに逮捕されたのは、1995年1月5日。容疑は廃棄物処理の会社員の死体遺棄だった。当時の朝日新聞は、彼の遺骨数十点が見つかり、その歯の治療跡が一致したと報じている。
 この事件の捜査は非常に難航したという。死体がないからだ。いくら関根と金銭トラブルを抱えていても、ただの行方不明者なら殺人ではない。家出人捜索願の出された10万人を超える行方不明者の1人に過ぎない。その捜査の壁を突き崩したのが、関根元が経営するペットショップ「アフリカケンネル」元役員の供述だった。彼は関根に脅され、解体場所として自宅の風呂場を提供し、遺体の運搬を手伝い、頼まれるままに死体をバラすための牛刀を研いだとされる。
「最初の脅し文句は、『お前もこうなりたいか』というものだった。さらに、『子どもは元気か』『元気が何より』と畳みかけてきた。話し口調は、普段と少しも変わらない」
 この元役員は事件の詳細を記した自著『愛犬家連続殺人』(角川書店)で、会社員の死体を前に繰り広げられた関根の脅迫をこう表現している。

 殺された理由はカネのトラブルだった。関根から大型犬のローデシアン・リッジバックの繁殖が儲かると誘われ、つがいで1100万円ものカネを先払いした。しかし値段に不信感を持った彼は、先に渡されたメス犬が逃げ出したとしてオス犬のキャンセルを申し出たのである。この「メス犬」が逃げ出したという話をウソと断定した関根は怒る。その結果が殺人だった。
 元役員が書いた本で、関根は彼を殺害した動機について次のように語っている。
「『嘘をついたからだ。この俺に嘘をついたら、あとはもう死ぬしかないんだ。お前はそんな馬鹿じゃないよな』奴はそう言って俺にニヤッと笑いかけた」
 関根元は商売が下手だったわけではない。むしろペット業界では成功者とみられていた。シベリアンハスキーを日本に最初に輸入したのも彼だし、バブル期には億単位のカネを稼いでいたともいわれる。彼の犬舎があった熊谷市万吉の住民は、羽振りがよかった様子も目にしている。
「すごいときは、この道にお客さんの車がズラッと並んだから、うん」
 ただ商売のやり方はお世辞にもキレイではなかった。
 審査員にカネを握らせドッグショーで自分の犬を優勝させる。そうした犬をチャンピオン犬だとして法外な値段で売りつけ、さらに繁殖の儲け話に誘い、子どもを買い取ると約束する。そして生まれた子どもに難癖を付けて格安で引き取り、それをまた法外な値段で売買する。
 当然のごとく客は怒るが、多少引き取り価格にいろを付けて相手が納得しないようならヤクザ登場だ。それでも相手が引き下がらないようだと、関根のいう「ボディーは透明」となる。
 この殺人から3ヵ月後の93年7月に行われた暴力団幹部とその住み込み運転手の殺害も、さらにその1ヵ月後に殺された行田市の主婦の事件も、発端はカネを巡るトラブルだった。暴力団幹部は関根の殺人をネタに脅迫して彼の土地を奪おうとしていた。行田市の主婦も多額のカネを関根にだまし取られていた。
 ただ暴力団幹部を除けば、関根元には危険を冒してまで殺す必要は感じられない。最初に殺された会社員と4番目に殺された主婦には、カネは返さないと突っぱねればよい。だが、彼は殺す。
「若い頃、どうすりゃ金が手に入るのか考えたもんだ。いくら考えても結論は一つしか出なかった。金を持っている奴から巻き上げて、そいつを消す。捕まんなきゃ、これが一番早い。だが、殺すのはいいとしても、問題は死体だ。これが悩みの種だった」(『愛犬家連続殺人』)
 関根が元役員に話した殺しの「哲学」である。つまり彼の殺しはビジネスの延長線にあったといえる。この本には「殺人を犯した翌日だというのに関根は商売のことが頭から離れないらしい」と書いてある。しかし、おそらく正確には、「商売のことが頭を離れない」のではなく「商売の一環として殺していた」のだ。
 事実、関根はやり方こそ悪辣だったが商売に熱心だった。犬舎近くに住む。老人も彼が頭を下げながらお客を迎える様子を鮮明に覚えていた。
「(関根は)よく(犬舎の)外に居てね。お客さんを見つけると、すぐに笑顔で頭下げてさ。車見つけてからお店に入るまで、3回は頭を下げてたんじゃないの。で、すぐコーヒー缶を差し出していたよ」
Img_6711  また儲かる工夫も忘れていない。近くの高速から読めるよう、ペットショップには「犬 猫 狼」と書かれた黄色の大きな看板を掲げていた。狼との雑種である狼犬を意識した看板かもしれないが、この不思議な看板に引き寄せられた客も少なくなかったという。実際、彼の犬舎近くにある大学の卒業生が、「オオカミが飼えるのかも気になるので」とネットの掲示板で問い合わせをしていた。もちろんすぐに、その看板が牧歌的なものではないと教えられることになったのだが。

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 関根は豪胆な人物ではない。背中に彫ったライオンも痛くて色つけを断念したらしく筋堀。暴力団幹部に脅されるままに、かなりの額のお金も払ったという。逮捕されてからも、死刑を免れようと主犯を元妻になすりつけようとさえしている。ただ殺害して死体を消すことについては絶対の自信を持っていた。その自信が連続殺人を生む。
「最初は俺も怖かった。膝ががくがくして立ってさえいられなかったもんだが、要は慣れだ。何でもそうだが、一番大事なのは経験を積むことだ。最初、俺はグリスを使いながら死体を燃やしてみた。すると死体はよく燃えて、最後には白い粉になった。それでも問題は残った。臭いだ。臭いの元は肉だ。そこで、透明にする前に骨と肉をバラバラに切り離すことを思いついたんだ。単に思い付くだけじゃ駄目だ。骨を燃やすのにもコツがいる。どんなことでも、実際にやってみなけりゃコツが掴めねえ。まとめて入れちゃ駄目だ。それだと白い粉にならん。慌てず、のんびり、確実に、一本ずつやるんだよ」(『愛犬家連続殺人』)
 殺人の方法だから不気味だが、これが普通のビジネスならNHKの『プロジェクトX』に取り上げてもいいような「創意工夫」である。
 じつは犬舎の近隣住民も、逮捕前の関根を怖いとは感じていなかったようなのだ。半袖のシャツか見え隠れする入れ墨もあり、親しい近所付き合いをしていた人はほとんどいなかったが、誰の口からも「腰が低かった」という感想はあっても、「怖かった」という話は出てこない。
 今も残るアフリカケンネルの廃墟近くで草刈りをしていた老婦人は、関根の思い出を次のように語った。
「一度ね、麦を刈ってワラを燃やしたら、犬が煙がるからと文句言われたことがあったね。でも、そのあとジュース持ってきて『飲みませんか?』なんて声を掛けられたりしたからね」
 こうした印象があったからだろう。近隣住民は犬の散歩をしていた中高生の少女を娘だと勘違いしていた。実際には家庭に問題のある娘を何人も雇い入れ、彼の愛人にしていたのだが。
 

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『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年6月 8日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第21回 手元供養展in多摩

 去る5月31日、三越多摩センター7階にて行われた「自分らしい葬送を考える企画展~手元供養展in多摩~」に行ってきた。副題にある言葉が示すとおり、主催はNPO手元供養協会。手元供養とはお骨を手元に置く形での供養方法で、ペンダントトップに骨粉を忍ばせたり、遺灰からダイヤモンドを精製したり、遺灰をオブジェの中に入れて飾ったり、故人の名前を彫って写真をはめ込んだエターナルプレートを作ったりと形は様々だ。

 会場に進むと、さすがに高齢の方々ばかり。私のような若造は見あたらない。専門家の講演があり、私は第一生命経済研究所(ライフデザイン研究本部)・主任研究員、小谷みどり氏の講演を聴いた。講演開始から30分ほど遅れて席に着いたが、作りはささやかながらほぼ満員。50名程度の聴講者がいて、真剣に耳を傾けていた。
 お話は具体的な葬送準備の話だった。「葬儀用の遺影を準備している方は」という問いかけに、一人の手も上がらなかった。「ではみなさん、明日にでもぱりっとした服を着て、お化粧もして、写真屋さんに遺影を撮りに行って下さい」と講師がいうと、そこかしこから笑いがおきた。性急すぎると思ったろうか。みなさん、自分の葬送を考えているとは言いながらどこか他人事なのかも知れない。私事で恐縮だが、祖父は15年前から自分の遺影を持っている。5年前に撮り直してもう2枚目である。いつでも覚悟は出来ているが、今年95にしてまだ元気。息子たちの方が余程危ない。

 講義が終わると、展覧会会場の手元供養用オブジェに人だかりが出来た。お地蔵さんの形をした愛くるしい物、香水のビンをモチーフにしたおしゃれな物、アクセサリーなどに触れる参加者に主催者側が声をかけて説明する。壁際には相談所があり、遺言や相続、墓についての相談を受け付けていた。自らの意志で葬儀を準備したい、死に支度を始めなければならない、そんな緊迫感があった。

 一方、6月2日付の朝日新聞三面に「寺離れ 地方も自治も」という記事があがった。曰く、「葬式仏教」との揶揄もままならないほどに檀家離れが進んでいる。そんな中お寺も知恵を絞り、法事に送迎バスを用意したり都会に出張して派遣僧侶となったり必死のようだ。

 ようやっと「自分の葬儀」について関心を持つことが出来てきた消費者と、離れていく消費者をつなぎ止めるのに必死な寺院。
 そしてどちらの動きにも敏感になって動いてゆく葬祭ビジネスの作り手。
 これからも、一層激しくなるであろうその動きをつかみ取ってゆきたい。(小松朗子)

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2008年6月 7日 (土)

書店の風格/第8回 模索舎で「ロスジェネ」を買う

 新宿三丁目の駅を出てすぐ。マルイシティを抜けて、世界堂を抜けて、セブンイレブンには入らずに手前の角を曲がると、その本屋さんはある。模索舎。もちろん一般の書籍・雑誌もあるが、取次を通しては流通していないミニコミ誌をたくさん扱ってくれる神様みたいな書店だ。

 店に入ると、膨大な量の「紙」が目を襲う。まさに「紙」としか言いようがない、中綴じ10数ページのミニコミ誌が並ぶ中に私たちの「記録」もあった。「積んで」置いてくれるのはこちらの書店だけであろう。ちょっと感動しつつ店内を見渡すと、雑誌「ロスジェネ」がある。紀伊国屋書店新宿本店で死ぬほど見てきたが、きついピンクの表紙が否応なしで目立つ。
 私だってギリギリではあるがロスジェネと言われる世代。気にはなっていたが、1365円という価格に怖気づいてなかなか手が出せないでいた。てか高すぎ。低所得者が圧倒的に多いロスジェネ相手にそんな値段の雑誌を買わせてどうする。一体誰に向けて売るつもりなんだ。求人情報のひとつでも載せて広告費とって安くしろ! 姿勢としてそれはできないということだったら、…だとしても安くしろ(←バカ丸出し)! 時期が過ぎたからって売れなくなる本じゃあるまいし、次は12月ということであれば。

 …とひととおり心の中で罵倒したあと、16ページ中綴じ480円の月刊誌を出している私たちが言えた立場ではないことに気づく。一部では「ブルジョワ誌」とか言われてるし。ホントごめんなさい。

 なんにせよ買ったら負けだ。そして、負けた。レジに持って行き、対応してくれた店員さんに改めてご挨拶した。とってもフレンドリーな方で、小心者の奥山は大変に救われた。そして、しぜん話は「ロスジェネ」に及ぶ。店員さんも「価格が高すぎる」と渋い顔をした。やはり皆、思ってることは同じなのね。作り手にはいろんな事情があるから一概には言えないけれども、対象読者のことを考えたらもっと安くしてもよいのでは、と言ってからこんな話をしてくれた。

 「いま、ロスジェネについて該当世代がいろいろ言っているけど、一歩引いたような議論が目立つんだよね。当事者なのに、批判する側の顔でいる。まさにそこにいるのにもかかわらず、上から目線で自分や同じ立場の他者を見る。それこそがこの世代の病理なんじゃないかと思う」

 たしかに「オレたちの世代って大変だよな。この危機的状況をみんな理解してないけど、オレはちゃんと考えてるんだぜ。つまり、オレ以外はみんなバカでクズ」的な発想をする同世代の知り合いを少なからず知っている。そう言っている自分こそがよくある思考や生活に埋もれちゃっている感がある。しかもそういった思考に陥っていることを自分でも良く理解し、反省しながらどこまでも自己優越感は消えないのだから始末が悪い。

 店員さんは、「ロスジェネ」の隣に置いてあった杉田俊作氏の『無能力批評』(大月書店)を「赤木智弘を批評しているものとしては一番」と薦めてくれた。が、持ち合わせがなく購入を断念。どうしてこういう本は値段が高いんだろう。当事者向けの本だとしたら、ケータイ小説を少しは見習って欲しい。中高生のお小遣い事情を考えて、まるっと一律千円だ(余談だが弊社『どこかで』好評発売中)。本を眺めていると、「批評は「ロスジェネ」にも再録されてるよ」との声。ホッ。っていうか、再録が入っててこの値段かよ! と改めてピンクの表紙を見る。
 本は読まないと評価できない。そして、出版社のいち営業でしかない私がウダウダ言うよりも、ネットで発言している人々の評価がよっぽどためになる。
ので、以下に紹介させていただく。

くまさん「再出発日記」

「未来の小林多喜二」さん

「J憲法&少年A」さん

 因みに「ロスジェネ」を読んだ私自身の感想といえば、「暗い!」。土の中に埋められたかのような息苦しさがある。ある意味この世代を物語っているといえる。右や左という言葉がウロウロ出てきて、それこそがこの雑誌のテーマだということはわかるが、果たして右や左でこの人たちの立場を名づけることができるのか? という疑問は持った。「超左翼マガジン」と銘打たれていて、その立場は「左翼を超える」というスタンスであろうとは思うのだけれど、はじめからこの人たちには右も左もないのでは、と感じた。その感覚はどこから来るのか自分でもわからなかったが、雑誌内である種グローバルな観点に話が及ぶとき-例えば環境、平和など-主張にオリジナリティや強さがないことに起因するのではないかと思われる。つよいベクトルが見えないのだ。大きなテーマを話題としたときにこそ、もっと印象的な自己主張をしてくれればこんな曖昧な気持ちにはならないし、支持もできるかもしれないんだが、いかがでしょうか。

 しかし私らは、50年後も「ロスジェネ」と呼ばれてしまうんだろうか。(奥山)

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2008年6月 6日 (金)

『ぼくが世の中に学んだこと』(岩波現代文庫 鎌田慧)

32069064  文章はどうとでも伝えることができる。誰かを悪者にしようと思えば極悪非道に書けばいいし、中立的な立場を装いながら非難する方に誘導してもよい。逆の印象を与えるのもまたしかり。
 もちろん映像もウソをつくが、「偽装」の容易さは文章の方が上だろう。なら、書かれた「事実」をどうやって見極めるかといえば、論拠もさることながら重要なのは文章のそこほこに表れる手触りじゃなかろうか。

 鎌田慧さんの作品はごつごつとしていて、どこか優しい手触りがある。
 その手触りの原点が、この『ぼくが世の中に学んだこと』に描かれている。高校を出て上京し、工場や印刷会社で労働争議を体験。そこから大学に入り、劣悪な職場で働きながらルポルタージュを書き続けてきた鎌田さんの半生が書きつづられているからだ。

「集まっているひとはほとんど大学出のようにみえた。ほとんど岩波、凸版(印刷)等々の大会社の労組幹部だ。
 彼らは本当に必要で労組をつくったのか。(中略)他の労組を応援するのも、義務からであり、同情心からではないだろうか。知らぬ。明日になれば何か解るかもしれぬ。小企業で、個人会社で、少人数で団結しあって闘っているものこそ、真の労働者かもしれぬ」
 賃金が安く「コッペパンばかりの生活」だったという20歳のころの日記から本書に書き写されたものだ。食えないから仲間と連帯し、会社や社会と闘ってきた。そうした彼の経験が、照れながら手を差し出した実直な職人と握手したような手触りを生んだのだとわかった。

 以前、釜ヶ崎のホームレスを対象とした越冬炊き出しの取材をしてきた鎌田さんが、取材の写真を見せながら「ぼくはすぐになじむんだよ」とニコニコしながら話してくれたことがあった。そのとき正直すごいと感じた。私もホームレスの人たちをずいぶんと取材したが、久しぶりの取材だとどこかぎこちなくなってしまったからだ。
 きっと自分で壁を作ってしまうからだろう。
〈たまたま今の自分には仕事がある。けれど弱小出版の労働者なのだ。明日には自分だってホームレスかもしれない。彼らと何の違いもない〉
 そんな当然のことを置き去りにして、僕は彼らと向き合ってきた。きっと「労働者」としての根の張り方が弱いのだ。

 この本に描かれている無名の労働者のささやかな望みと、厳しい現実を前にした一人ひとりのドラマが涙を誘う。そして思う。社会の中枢にいる人々にはもちろん、会社の経営陣にさえ届かなかった彼らのつぶやきを背負い、ルポを書き続ける大変さを。
 睡眠薬を飲んで自殺した印刷会社の同僚の墓参りをした日の日記を、鎌田さんは本書に書き写している。
「――ばかだなあ、鈴木さん、死んだりなんかして。
 ――鎌田ぁ、おれはだめだったけど、おまえはたんばってなあ、しっかりなあ。
――ああ、がんばるさ、しっかりやるよ」
(大畑)

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2008年6月 5日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第12回 宿泊客の痕跡

20a_20  パッと見わかりにくいかもしれないが、洗面所のアップである。コンセントカバーは当然溶けている。蛇口もよくわからない状態になっていた。右の浴槽から栓につながる鎖が伸びているのが、何だか生々しい。風呂を浴び、水を抜いた後に火災に巻き込まれたのだろう、と想像してしまうからだ。死の痕跡より、生きていた跡の方が不気味に感じる。それは焼け跡に漂う死の影があまりにも強すぎたからかもしれない。(大畑)

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『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年6月 4日 (水)

闘病記が書きたくなる理由

入院して手術を受け先日退院した。その間つくづくと物書きが(そうでない方も)闘病記を書きたくなる気持ちがわかった。

生涯初の手術だったのも手伝って術前はその不安でいっぱい。手術中の光景(全身麻酔ではなかったので意識清明)もばっちり記憶している。術後は予後の心配が押し寄せてきて日常のすべてが敏感になる。頭のなかはそのことだらけ。命に別条ない小手術とわかっていてこのありさまである。

他のことを考えないでもなかった。しかしすべては自身の問題に劣後する。「自衛隊機でテントを中国に輸送するのか。そんなことより明日の手術だ」「諸物価の値上がりは問題だ。だが私の予後の方が問題だ」

手術で麻酔をかけられたら「このまま半身不随となったらどうしよう」と悩む。主治医を心から信頼していたので手術本番で突然「主治医の○○先生が急きょ執刀できなくなりました。代わりに新米の私が」などという事態が起きはしないかと憶測する。そうならないよう主治医へ念押しするが「執刀は私です」と一言告げられれば安心できるわけでもない。手術中に大地震が来たらとまで考えて危うく気象庁へ電話するところだった。

主治医の説明は十分に納得がいった。「説明と同意」は果たされた。そうなのだけれどもそうでない気もする。「予後は個人差がありますが皆さんおおむね大丈夫ですよ」と質問に答えてくれる。通常ならばそれで十分だ。ところが不安にさいなまれると「個人差とは何か」「私が『大丈夫』のカテゴリーに入らない可能性はあるのか」「その場合にはどうしたらいいのか」などなど聞きたくなる。まるで思春期だ。
前の入院の時と同じく医師は平然としている。彼らにとって私の病気などごくありふれている。当然だ。そうした豊富な経験を持つ専門医を事前に探してお願いしているのだから。と頭でわかっていても何か物足りなさが残る。
といって平然としていられなかったらもっと悩んだはずだ。深刻な顔をされたり取って付けたような笑顔を浮かべられたりしたら心ここにあらずとなったろう。主治医の説明は端的だった。これもまた理不尽な物足りなさを覚える。子どもにもわかるような懇切丁寧さで病状を一から説明され、手術の段取りをパワーポイントでプレゼンされたら病院から逃げ出したかもしれない。だから端的でいいのである。とわかっちゃいるけど心配なのだ。

そこで、私はそもそも取材記者出身なので懸念を解消すべくさまざまに聞き及ぶ。看護師さんから薬剤師さんにまで。ご同病とも情報交換する。院内がネット禁止でなかったらかじりついていた可能性もある。こうして症状が現れてから今日までゆうに一冊の本になるほど情報を蓄えた。それは我が身にかかわるゆえに真剣・詳細だ。取材のレベルは情報源が自身に及ぶのでとても高いし信頼性もある。書ける材料はすべて手の内にあってモチベーションもいやが上にも高い。闘病記としてまとめたい誘惑はもっともなのである。
それを書かないのはまさにそれゆえである。まず取材者たる自身が興味を持って調べたのではなく否応なく降りかかってきた災厄を排除する経緯で体験し知った内容にすぎないこと。自身が患者であるため同じ病でもそれこそ「個人差」があるのを忘れて己の主観に満ちた断定をする危険性が排除できないこと。何より読者にとって迷惑千万であること……などだ。

それにしても自分とは我執とか自己愛というものに包まれたはしたない人間にすぎないと痛感した。命に別条ない治療でこのように惑乱するのである。「人は必ず死ぬ」「人生はむなしい」と常々公言してきた自分が少々の病気でこうまで不安にさいなまれるわけだ。まあその程度の人間だろうと以前より予測していたもののリアルにわかるとガッカリする。

辺見庸さんがいかに偉大かもわかった。彼は生命にかかわる闘病をしているにもかかわらず社会への警鐘を忘れず上梓し続けている。作品の評価はいろいろであろうが心根は文句なくすごい。月刊『現代』(講談社)での連載タイトルは「潜思録」。病床にあって「潜思」! とてもかなわない。もとよりかなうと思ったことなど過去一度もないけど改めて痛切にわかった。そしてそのショックよりも予後が順調かを気にする療養中の自分が今まさにいるという事実もある。「品格」の差とはこうしたものであろうか。(編集長)

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2008年6月 3日 (火)

ゲームやっほい!~頑張れ森川君2号~

Photo_2  好きな声優のことを考えていたら(一体、何を考えているんだ)、急に『がんばれ森川君2号』というプレイステーションのゲームを思い出した。
 1997年にプレイステーションからでたゲームで、Pitというキャラクターを育てるゲーム。
 このPitは人工知能(AI)が搭載されており、Pitの行うさまざまな動きに対して、正しければ覚えさせ、だめならば次からはさせないようにする。これを何度も繰り返すことで覚える。すると次回からその対象を前にするとその動作をするようになる。子育てをしている感じだと思ってもらえればいい。

 覚えさせ方も正しい動作を正しく教えるだけではなく、例えばゲーム中にうんこが出てくるのだが、あえて食べさせる。そうすると二度と近寄らなくなる。
 なぜこうするか。Pitは物をよく頭にのせる。乗せるくらいならマシだが、かばんに入れて持ち帰ったりするからだ。やはり「One ウンコ take away!」は困りものですしね。ならば最初に嫌な思いをしてもらったほうがいい。よしよし機能(頭をなでる)があるので、あえて食べさせ続け、食べたらよしよしする鬼畜プレイもできるが良心が痛みます。

 それにしても思い出せない。なんせ10年以上前のゲームだし、手元にないのはもちろん。薄く淡い記憶をたどって出てきたのが道端のうんこの対処法だからね。
 いや、キノコもあったんですよ。もちろん食べさせて覚えさせました。橋を動かすスイッチの押し方とか……。 あとは、音楽CDや洋服。CDを見つけるとBGMが変わったり、洋服だと着替えさせたりと、全体的に緩ゲー(緩いゲーム)。糞ゲーの雰囲気も否めないが、やるとハマる。たしかハマった。
 どうして森川君を知ったかは忘れたが、高校生の私はバッチリ限定版を買っていた。今じゃ買わない限定版。買うのを悩む限定版。
PS3だと仮想メモリーカードといって、ハードディスクにメモカを作成でき、互換性のあるタイプのハードなので今からでもできる。実家に戻って探してみよう。

今なら言える。

今度こそ変な物は食べさせない(食べさせてたのか!)!待っててPit君!(奥津)       

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2008年6月 2日 (月)

大道芸をみる!~上野でマジック~

 少し前になるが、秋葉原にあるヨドバシカメラの近くを通ったらイベントがをやっていたのでみていると、突如、マジシャンのセロが現れた。もちろんテレビ撮影のためだが。
 いくつかマジックをやっていったが、どれも手際がよい。一つ種を見つけたものの、果たしてどうのようにしてそこに物を入れたのかがわからない。それくらいスムーズに隠していた。
 マジックは小さいころから好きで、見に行ったり、テレビで見たりもする。しかし、舞台マジックは客席から舞台までが遠い。もう少し近くで見たいという願いはなかなか叶わないと思っていたところ、上野公園でやっていた。

Photo  日差しを浴びながらふらふらと歩いていると、「これからマジックをやりますよ」という声が聞こえてきた。 はじめる前だったので一番前の見やすいところを大人気なく陣取った。
 カードを使ったマジックや、コインマジックなどいろいろやっていた。一番前の真ん中という位置だったので、2回ほど手伝った。一つがトランプマジック。もう一つが指輪を使った瞬間移動。
 瞬間移動は、マジシャンに指輪を貸し、私は袋を持つ。数を数え手を振るとマジシャンの手の中にあった指輪はなくなっている。袋をあけてくださいという指示に従いあけると、口をきつく縛られた袋が2つ入っている。2つめの袋の中に小箱が入っていて、開けると小箱の中に指輪が入っているというマジック。
 指輪を貸した身としては、是非ともなにがなんでも種が知りたい! という気分になった。

 マジック終了後、話を聞いてみた。マジシャンのマジカル京さんは三重県からやってきたそうで、退職後から大道芸の道に入り8年目。
 マジックそのものは20年ほどやっているそうで、東京のヘブンアーティストを受けたのは、こちらにお孫さんがいるようで、一緒に手品をできたらいいという希望があり受けたそうだ。
 舞台で行うマジックを路上で行うことはできないのかという質問をすると、「舞台で行うマジックは、後ろから見られると種がばれてしまうからできません」という回答。どうやら舞台で行われる大がかりなマジックのほとんどが壁側(うしろ側)に仕掛けがあるので、9割はできないそうだ。
 そういわれると後ろ側を見てみたい気になってしまうが、種がわかってしまってはマジックは楽しくない。
 一生懸命、種を見つけるぞと思いながら見て騙されるのがマジックの楽しみ。
 テレビや舞台で見るようなマジックは大がかりでおもしろいが、こうやって近くでみるクローズアップマジックもおもしろい。
 もし路上でマジックをやっていたら足を止めて見てはいかがだろうか。運良くマジシャンに指名されて手伝った日には、種が気になり夢中になること間違いなし。
 瞬間移動マジックのネタは本当に知りたい。(奥津)

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2008年6月 1日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第20回 葬儀講習会レポⅡ

 第19回の続き。
 吉澤氏は、仏教葬儀の知られざる実体について次々と語っていく。そのうち、戒名料の話に移った。話によると、全日本仏教会は「こんにち、戒名料が問題になっている。戒名そのものに対して料金を設定するのはおかしいという意見だ。戒名料だってお布施のうちなのだから、今度からは「戒名料」という表記ではなく「お布施」を使おうではないか」と取り決めをしたそうな。でもそれって、呼び方が変わっただけで実態は何も変化しないような気が…。
 これは私個人の意見だが、仏教で葬儀がしたいのならば戒名料は生きているうちにいただいていたほうが良いと思う。戒名は仏弟子につけられるものだから本来なら出家しなければならないが、もらっておくだけなら了承してくださる寺院も多いだろう。自分で戒名料…じゃない、お布施を払うのだから納得ずくの名前にしておきたいだろう。寺院だって本人に渡すものと思えば名づけにも力が入るし、遺族にそのぶん負担をかけなくてすむ。いかがだろうか。あ、戒名ぶんのお布施は支払い済みだということは絶対に文書にして寺院と遺族となる人に渡しておかなければならないが。

 さて、吉澤氏の講義は火葬についての話に移った。火葬と言えば長い箸で骨を拾うお骨あげが必須だが、東日本と西日本では拾う部位が違うらしい。東日本は全てのお骨を骨壷に入れるが、西日本では喉仏周辺しか骨壷に入れないというのだ。知らなかった。当然二つの地方では骨壷の大きさが違い、東日本で骨あげして西日本に持って帰ると墓に骨壷が入らないなんて悲劇が起こるという。へえー! というか、ひえー! それからの処理のほうがもっと悲劇的な気がする。骨なんておいそれと捨てる気分になれないし。十分気をつけよう。

 そして講義は最終局面に入った。理想の終わり方は、というものだ。吉澤氏はホワイトボードに「PPK」と書いた。PPK?
 「お若い人の間では、「KY」なんて言葉も流行っているようですね。それではPPKは何の略語でしょう。若い人を代表して、小松さん」
 吉澤さんに指名されてしまった。ええと、正直にわからない。そう告げると、教室中が笑いに包まれた。ありゃ、結構有名な言葉なのね…お恥ずかしい。お伺いすると、なんと「ピンピンコロリ」の略。元気に生きてサクッと逝くというのが最近の理想らしい。あっさりとした死に様が良い、そう考える人が多くなっているようなのだ。

 若者の間では結婚観が多様化しつつあり、オリジナルスタイルで新しい生活をするカップルが増えているけれど、もしかしたら高齢者の間でも終末観がどんどんユニーク化していってるのかもしれない。若いもんに負けず、どんどん新しいスタイルを実現して欲しい。そして未来につなげていっていただきたいものだ。(小松朗子)

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