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2008年6月20日 (金)

『吉原 泡の園』第66回/姉弟で吉原勤め

 同じ寮で生活をともにしていた元プロレスラーのHちゃんは、体だけは人の3倍も4倍もあるが、仕事はカラっきしできなかった。喧嘩が強くとも、ソープの世界では役立たないのだ。毎日毎日幹部連中にいじめられて、寮に帰って顔をあわせても僕も素っ気無い。一応僕も苦労してきたんだという自負があったのだ。いじめられたことをそのままやるつもりはなかったが、吉原ボーイの洗礼を知らずして、ボーイを語るなかれ、などと先輩面していた。それでもでかい体に似合わず、いつも。
「マルちゃんマルちゃん」
 そういって以前飛んだ先輩Tさんのように僕になついてくる。僕は一人っ子のためか、先輩や年上に対する抵抗力がなく、言われたことを素直に聞く姿勢になっていたので、年上の人からすると扱いやすいのかもしれない。ただ、Hさんは後輩。しかも僕より10以上歳が上で、先輩面を演じるのがどうも気が引けた。
「マル、お前舐められてんだよ」
 主任Kが言う。その言葉が引っかかり、顎でHちゃんを使ってみた。すると
「おいマル、オメーいつから人を顎で使えるようになったんじゃい」
 と今度は主任に怒られた。
 ええー。僕は一体どう演技したらいいの? 

 こんな僕の混乱に関係なく、Hちゃんはなついてくる。そんなとき僕より6歳くらい年下のMという小柄な男のコが入店してきた。TさんとKさん、そして前の店長までもが飛んだこともあり、ボーイが少ないとみんなが悩んでいた時期でもあった。
 Mは一見気が弱そうに見える。どうしてこんな業界に来たのだろうか疑問に感じた。借金か、好き者なのか、それとも実は刑務所経験があるとか。
 彼は仕事は一生懸命に頑張り、客引きもかなり気合が入っていた。下っ端ボーイたちと比べても、かなりの確率でフリーの客をモノにしていった。電話営業にも盛んにトライしていて、主任Kなどは
「おいマル、オメ―抜かれるぞ」
 と僕を脅した。僕自身はそんなことに生きがいを見出してはおらず、一生懸命やってダメならばそれはそれ、と思っていたのだが……。
 ある日、Mが客引きをやっていると、カーステレオから大音量を響かせた1台の車が店の前で徐行し始めた。Mはその運転手と何か話している。その運転手をよくよく見ると、それは女だった。彼女かな、それとも知り合い?と思っていたら、それは実のお姉ちゃんだと言うではないか。
 いいのか、M! 家族にこんな店で働いていることが知れても。そう思った僕が甘かった。
 Mの姉さんは、吉原中流店の現役ソープ譲だったのだ。弟がボーイとして吉原デビューをした姿を見に来たのだ。
 姉弟揃って吉原勤めとは、一体どんな家庭で育ったんだろう。悪いとは思いながらもそれとなく聞いてみると。
「うちの親父、すごくだらしなくて……」
 泣き出しそうで答える表情を見て、悪いこと聞いてしまったのかなと感じたものだ。
 彼の両親は離婚し、親父に育てられたという。ただ親父は酒ばかり飲んでいたそうだ。家族の愛、親の愛を知らないことは、それだけでも人生において大きなマイナスになってしまうと感じた。なにせ人に愛を注ぐ方法を学びづらいのだから。
 たまたま僕は教えてもらう機会があった。けれどもひとつ間違えば、僕だって愛を知らない人生を送っていた可能性がある。それを考えるだけでも体が震えるほど切なくなり、生きる力がすり減るような思いがこみ上げてくる。
 Mの人生を聞き、ふっと主任Kの新人ボーイいじめを思い出した。あれだけ熱心にいびるのは、彼なりの歪んだ愛情表現かもと思ったからだ。お前はオレに最後まで付いてくるんだろうな、お前の愛情は本当だろうな、と暴力で確かめたかったのかもしれないと。
 いじめても、いじめても付いてくる後輩を見つけて、愛を知らない自分を救ってほしかったのかもしれない。愛を知らぬまま義務教育からも見放された人間のあがきだったと考えるのは同情的すぎるだろうか。(イッセイ遊児)

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コメント

 そーそーそれで、ドラフトの高校野球児がそのまま(つまりスターってことですが)プロに入って、活躍できる人は一流で他大勢はだいたい二軍落ちになるよね、そんなにキャリアを経たわけではないけれど、どうも見てるとスロースターターの方が勝つ気がするよ(ここはハッキリ刮目される作品を生み出せる存在?になりうるような)。結論ですが、20代と10代の孤独は異質であって、20代になると言い訳(自身に対するそれが上手くなってしまって)がってとこ、さらに30過ぎると技術に走ってしまって結局は淘汰されてしまいがちで、ハイティーンの憎悪と孤立の2セットは芸術の宝石千カラットだよ! 全然、焦ることはないんだって。
 大丈夫。うまくいくよ、きっと。

投稿: 巻太郎 | 2008年6月20日 (金) 21時36分

私は吉原ソープ専門客です。当然ながら客の立場ですと、なかなか店の内部事情は分かりません。このブログはそれを作者の実体験を元にリアルに描かれている。非常に参考になります。今後もずっと続けて下さい。楽しみにしております。

投稿: 援護団 | 2008年6月22日 (日) 18時41分

私は吉原ソープ専門客です。当然ながら客の立場ですと、なかなか店の内部事情は分かりません。このブログはそれを作者の実体験を元にリアルに描かれている。非常に参考になります。今後もずっと続けて下さい。楽しみにしております。

投稿: 援護団 | 2008年6月22日 (日) 18時44分

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