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2008年6月13日 (金)

『吉原 泡の園』第65回/そして、また飛んだ

 内装から店名までリフレッシュしてグランドオープンを果たしたS店も、徐々に暇な日々へと戻っていき、数日たった頃には忙しさのかけらもなくなった。それでも新店長は仕事ができる人なので、電話で自分の客を1日に数人は呼んでくれた。おかげで、どうにかお茶を引くコだけはでなかった。だからボーイが義理風呂に行くことだけは免れていた。
 給料も15万前後はもらえるようになった。家賃などを払う必要がなく、食費も2000円貰えていたので、15万ほぼまるまる小遣いにできる。これは大きな変化だった。もし、初めからこのようなシステムの店ならば、自己破産しなくて済んだ。貯金もできるし、寮を出てアパートを借りることも可能だ。そう思ったとき、ふと“飛ぶ”ということが頭をよぎった。
 今まではボーイが飛べないように、ボーイに金を持たせないようにしてきた。でも、今なら辞められる。そう思った。しかし、そのころの僕はもう辞める理由はなくなりつつあった。新店長はおもしろくおおらか。姉妹店から来たSさんも好青年。元マネジャーで現主任Kは、まだうるさいものの、少なくとも暴力は減った。だから僕は“飛ぶ”必要がない。しばらく貯金して、ライターの学校にでも行こう。そう思っていた。
 自分は暴力の心配がなくなったと思っていたが、意外な人が標的になっていることがわかった。結婚していて、奥さんも中学生の娘もいるIさんが、密かに主任Kから暴力を受けていたのだった。Iさんは、その憂さを、僕ら下っ端ボーイにぶつけてきた。ジャンピングニーパットと言いながら、プロレス技をかけてくる。僕もとうとう切れ。
「やめてくださいよ」
 眉間にしわを寄せて言うと、始めて怒った僕の態度がおかしかったのか、主任Kは笑っていた。
 仕事が終わり、僕らが焼肉屋Tに行っている間、主任KとIさんが後から来て、二人だけで遠くの席で話しをしていた。なんだろうと気にはなったが、僕らは僕らで盛りあがっていた。できれば主任Kは来ないほうがいいのだから。
 翌日、Iさんは突然来なくなった。“飛んだ”のだ。
「Iのことを夕べ表で殴った」
 主任Kが突然話し出した。とうとう元ヤクザで家族持ちのIさんまでが主任Kの餌食となった。いったい、この男は何人いじめれば気が済むのか。僕も早いところ金を貯めないと、いつどうなるか分からないと不安がよみがえる。
 Iさんが飛んだので、ボーイの人数も減り、仕事のしわ寄せが当然出始めた。1人で2人分動く。あちらからもこちらからも指示される。突然お客がトイレはどこ、などといって待合室のドアを開ける。基本的に待合室から客が出る場合、女のコや他の客とのバッティングがないように気を配り、トイレなどの場合でも、あがりの客とのニアミスがないよう非常に気を使う。
 ただ救われたのは、待合室の客が突然帰り出すトラブルがほぼなくなったことだ。今までは、元マネこと主任Kがガラの悪い飲み屋のように怒鳴りちらし、嫌気のさした客がサービスも受けていない待合室の客が突然帰るトラブルも頻発していたのだ。新店長はヤクザの息子でありながら、そうした大人のマナーには通じていた。逆にマナーの悪い主任Kを叱責する場面さえあった。 
“親はなくとも子は育つ”とはうまいことを言ったものだと思う。学校にもろくに行かなかったという新店長だが、人間としてかなりしっかりしている。
 ただ、会長である新店長の親父は息子である新店長に
「良い組紹介してやるから、そこで少しは修行をしてこい」
 よくそんなことを言っていた。組とはヤクザであり、修行とは若衆としてお勤めをして来いということである。
 親が息子に「ヤクザに行け」と言うあたりに、非常にヘビーな親子関係を感じたのだった。(イッセイ遊児)

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