冠婚葬祭ビジネスへの視線/第21回 手元供養展in多摩
去る5月31日、三越多摩センター7階にて行われた「自分らしい葬送を考える企画展~手元供養展in多摩~」に行ってきた。副題にある言葉が示すとおり、主催はNPO手元供養協会。手元供養とはお骨を手元に置く形での供養方法で、ペンダントトップに骨粉を忍ばせたり、遺灰からダイヤモンドを精製したり、遺灰をオブジェの中に入れて飾ったり、故人の名前を彫って写真をはめ込んだエターナルプレートを作ったりと形は様々だ。
会場に進むと、さすがに高齢の方々ばかり。私のような若造は見あたらない。専門家の講演があり、私は第一生命経済研究所(ライフデザイン研究本部)・主任研究員、小谷みどり氏の講演を聴いた。講演開始から30分ほど遅れて席に着いたが、作りはささやかながらほぼ満員。50名程度の聴講者がいて、真剣に耳を傾けていた。
お話は具体的な葬送準備の話だった。「葬儀用の遺影を準備している方は」という問いかけに、一人の手も上がらなかった。「ではみなさん、明日にでもぱりっとした服を着て、お化粧もして、写真屋さんに遺影を撮りに行って下さい」と講師がいうと、そこかしこから笑いがおきた。性急すぎると思ったろうか。みなさん、自分の葬送を考えているとは言いながらどこか他人事なのかも知れない。私事で恐縮だが、祖父は15年前から自分の遺影を持っている。5年前に撮り直してもう2枚目である。いつでも覚悟は出来ているが、今年95にしてまだ元気。息子たちの方が余程危ない。
講義が終わると、展覧会会場の手元供養用オブジェに人だかりが出来た。お地蔵さんの形をした愛くるしい物、香水のビンをモチーフにしたおしゃれな物、アクセサリーなどに触れる参加者に主催者側が声をかけて説明する。壁際には相談所があり、遺言や相続、墓についての相談を受け付けていた。自らの意志で葬儀を準備したい、死に支度を始めなければならない、そんな緊迫感があった。
一方、6月2日付の朝日新聞三面に「寺離れ 地方も自治も」という記事があがった。曰く、「葬式仏教」との揶揄もままならないほどに檀家離れが進んでいる。そんな中お寺も知恵を絞り、法事に送迎バスを用意したり都会に出張して派遣僧侶となったり必死のようだ。
ようやっと「自分の葬儀」について関心を持つことが出来てきた消費者と、離れていく消費者をつなぎ止めるのに必死な寺院。
そしてどちらの動きにも敏感になって動いてゆく葬祭ビジネスの作り手。
これからも、一層激しくなるであろうその動きをつかみ取ってゆきたい。(小松朗子)
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