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2008年6月26日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第15回 7階の廊下

20a_17 7階の階段付近の写真である。現場検証のためなのか、壁や天井がかなりはがされていた。写真右側、壁に垂木が組まれ壁が取り付けられていたのが分かる。この壁が垂木とともに完全に灰となると、9階のようなコンクリートむき出しの状態となる。当時、奥まで入って撮影しようという気にはならなかった。火元でなかったせいもあるが、モノがある分、より不気味な感じがしたからだ。

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ホテルニュージャパン火災後の廃墟」カテゴリの記事

コメント

???壁紙には模様がなかったのか?
プロジェクトXのホテルニュージャパンで消火・救助活動をやった消防士達の漫画を見たら、豪華な壁紙だったが・・・・。

投稿: | 2008年6月27日 (金) 16時56分

未公開の写真ってあとどのくらいあるのでしょうか。あと、写真があるなら見せてほしいですが、焼失していないところ(エントランスやサービスカウンター、エレベーターホール)などの状況も知りたいです。どんな雰囲気だったか教えてください。平成生まれですが知りたいので…。

投稿: トニー | 2008年7月 1日 (火) 01時51分

コメントありがとうございます。まず壁紙ですが、廊下は白でしたね。部屋は燃えた後しか見てないので、ちょっと分からないのですが……。

トニー様、写真はあと数点です。廃墟ブームの前だったこともあり、燃えた現場以外はほとんど撮影していないものでうから。
 エレベーターホールは赤いじゅうたんの向こうに4機のエレベーターが懐中電灯に照らされました。手がススで汚れたことが強く印象に残っています。懐中電灯に照らされたエレベーターホールは、それほど荒れていませんでしたよ。イタズラに入る人もほとんどいなかったと思いますので。

投稿: 大畑 | 2008年7月 2日 (水) 21時26分

回答してくださってありがとうございます。なんだか妙に気になりまして。私の前世はここで死んでいるような気がして。火災当日の2月8日が自分の誕生日ですし。火災にあったことがないのに火を目の前にして「火事だ!」と言いたかったけど腰が抜けて言えなかった記憶があったり。だからホテルニュージャパンの火災を始めて知ったとき「もっと知りたい」と思いました。信じてくださるかは別として…。画像としての情報はとても少なく、(たぶん怖かったのでしょう。)あなたの勇気に感謝します。あと残りの写真も期待しています。何か覚えていることがあったら文章でも教えてくださったらなと思います。

投稿: トニー | 2008年7月 3日 (木) 00時19分

初めまして、ウイキから来ました。
トニーさんの仰る通りですね。歌舞伎町の判決あったけど、その原点とも言える本件は映像資料も書籍もほとんどないです。
私は火災自体も重要ですがもっと掘り下げて、このホテルがどういう経緯で計画され、なぜブロックの手抜き工事をしてまで赤坂の地にオープンさせ、繁栄、衰退、そして横井氏、大火災、廃墟に至るまで記した「ニュー・ジャパン物語」なる本があってもいいはずなのに、ないですね。トニーさんの仰るように、マスコミも出版社もみんな怖くて手を出さなかったのでしょう。
他のコメントに「現役時代の写真を」とあるように、世間から忘れ去られたようでも、人々の心のどこかに、この件がしまい込まれているのでしょうね。
火災規模や死者の数では川治プリンスホテルのほうが上回っているのに、俺の周りでは川治は火災があったことどこか、その名前すら知らないけど、このニュー・ジャパンは意外に知っているんですよね。
本がダメ(おそらくもう、どの出版社も出さないでしょうね)ならこのブログだけでも、たとえ所蔵写真が尽きても、この連載続けてください。期待してます!

投稿: オサム | 2008年7月 4日 (金) 09時45分

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