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2008年5月23日 (金)

出版する意義

 最近、出版する意味について改めて考えさせられた。最初のきっかけは友人の紹介で本を出版したい経営者にお会いしたことだった。

 自費出版ではなく、書店で売れる本を書きたいと願っている人に会うとき、まずお話ししなければいけないのが、現在いかに本が売れないかである。自身の経験を本にするならノンフィクション分野になるが、そうなると大きな書店以外は売るための棚がすらないとか。かつては堅い内容でもある程度は売れていたが、いまやそうした本は赤字覚悟の出版になってしまうとか。書店のビジネス本コーナーは競争が激しく、けっこうな本がすぐに店頭から消えてしまうなどなど。
 いずれにしても暗~い出版事情だ。

 ところが、その経営者はそんな話に驚いた様子を見せなかった。自費出版ではなく本を出版するのは夢であり、そもそも爆発的に売れることなど期待もしていなかったという。たしかに本を出版して大金を稼ぐのは並大抵ではない。
 例えば3万部刷って、刷り部数の10%を印税として払う無名の著者にはあり得ない条件で計算しても、1300円の本で390万円しか印税が入らない。1年かけて書いたら、これが年収になってしまう。自分で書く時間がなくゴーストライターを使って書いたら、たとえ印税の6割を取っても234万円。もちろん出版ともなれば、ゴーストを使っても雑多な仕事が一気に増える。経営者としてそろばんをはじくなら、出版なんぞにかかわりあわず、本業に力を注いだ方がよい。

 だいたい3万部刷って書店で半分売れても、1万5000人しか読んでくれない計算になる。人気ブログなら1日のアクセス数が数万なんて珍しくないから、自分の主張を広めたいなら書籍よりネットの方が手っ取り早いのだ。
 つまりビジネスなどとは別の意義、それこそ「夢」と表現される魅力が書籍にはあるということだろう。

 その次に出版の意義を感じたのは、あるジャーナリストからのメールを読んだときだった。
 ノンフィクションは、ときに個人情報をさらすことになってしまうケースがある。こうしたとき本で発表するのと、ネットに発表するのでは安全性が違うことを、そのジャーナリストから教わったのだ。
 ネット空間ではコピー&ペーストや改変が簡単にできるため、悪意ある「編集」を施した原稿が個人情報とともにネットを巡り、執筆者の想像を超えた個人攻撃に発展しまうケースがあるという。
 改変を繰り返されると、ネット上ではどれがオリジナルかも分からなくなる。そうなると、どれが真実が闇に埋もれてしまう。一方、書籍は印刷して原稿を固定から、少なくともどれがオリジナルかは示すことができる。
 
 既存のメディアは主役をネットに奪われつつある。それでも印刷する意味があるということに、少し嬉しさを感じた。まあ、私が嬉しくなっても本が売れるわけでもないんだが……。(大畑)

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コメント

昔はテレビが活字離れの元凶なんて言われたけど、今はネットにケータイとか加わって本どころか新聞すら読まない香具師が多いみたいだよ。忙しいんだよね。いくらガンバったって1日24時間しかないしね。
本屋行っても平積みされてるのなんかカジュアル系のばっか。またそーいったとこにヒト群がっている。お堅いノンフィクションなんて探すのも困難だよね。
社会全体が変な感じになっちゃった。個人情報のカラミかそんなのがフツーになっちゃったかわからんけど、ノンフィクションものなんて、テレビでもタブーになっちゃったよね。お笑いワハハハ番組がフツー。怖いね。
中国地震で思い出したけどたとえばね、漏れがガキんころなんて、必ず世紀の大惨事なんて番組が年1回はやってて、ヒンデンブルグとかタイタニックから始まって、ジョエルマや火山噴火なんてものやってて、見るたびにエリただしたもんだったんだが。今じゃそんな番組企画スルコト自体タブーなのかな。タイタニックは映画で有名になっちゃったけど、ジョエルマなんて「何それ」状態だもん。地球がオカシクなってる今こそやるべきなのに、津波、サイクロン、地震が起きようが特番やらないし、そんな本もないもんー・・・
で、また同じ失敗が繰り返されるのでありますた。チャンチャン
でもさ、やっぱネットってスゴイと思うんだよね。きのうのブログにあった燃えた風呂場なんて、それこそ「本」なんてないじゃない。Y・ヒデくーんの圧力かしれんがテレビでもやんなかった。それともさっき漏れが言った「世紀の大惨事」扱いじゃないからか?これこそネット様々。便利なモンは手にしちゃうと手放せない。辞書ひくより検索で、重たい百科事典よりウィキでググッちゃってる漏れが偉そうなコトいう身分じゃないけど。
でもさ、ネットなんて所詮ネット。匿名でデタラメなコト書いて、それがまかり通ってさ。漏れも、ホントはウィキだって信用してない。貴重な情報あっても、誤操作で消えちゃったり改ざんされたりさ。出版物なら少なくとも削除や改ざんなんかされないし、国会図書館に永久保存されるでしょ。本も捨てたモンじゃないよ。ノンフィクション・草の声万歳!!

投稿: 浩一 | 2008年5月23日 (金) 12時09分

コメントありがとうございます。たしかにテレビもノンフィクション番組は作りにくいみたいですね。一つはカメラに撮るのが大変ということ。それからせっかく取材できても視聴率が取れない。以前にディレクターに取材したとき、「もう深夜枠でしかノンフィクションは放送できない。視聴率競争がないから逆に安心だけど」なんて話していましたから。
そうなると発表場所はネットかなんて感じになるんですが(笑) 今度は映像が本当かどうか怪しくなるという……。なかなか悩ましいメディアですね。ネットは、はい。

投稿: 大畑太郎 | 2008年5月26日 (月) 20時30分

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