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2008年5月

2008年5月31日 (土)

書店の風格/第7回 ブックスオオトリ 高円寺店

 高円寺はサブカル・ディレッタントな街だ。
 その数100をこえるといわれる古着屋が、そこかしこに見られる手作り風のカフェが、神保町顔負けの独特な品揃えを誇る古本屋が、文化や芸術へのラブコールを出し続けてやまない。情報の発信地である殺伐とした都心に比べて、なんと豊かな表情を持っていることだろう。
 何を隠そう筆者は大の高円寺好き(隠そうが露にしようが誰にも影響を及ぼさないが)。とは言っても残念ながら文化にたしなんでいるとは言えず、ただ古着が好きなだけである。よってどんな古着屋がどこにあるのかは良く存じているが、本屋さんを探訪するのははじめて。

 さて、飛び込んだのはブックスオオトリ高円寺店様。高円寺駅北口から徒歩2分程度とうれしい立地だ。今日お邪魔したのは他でもない、新刊『どこかで』のPRはもちろんだが近刊のサブカル向けと思われる本のリサーチのためだ。ドキドキしながら棚づくりをしていた女性にお声掛けすると、文芸書周辺棚の担当・山口副店長だった。

 「このあたりの方々がたいへん好みそうな本ですよ」と近刊の企画に太鼓判を押していただき(どんな企画かはまだヒミツ)、コレを好きな人はなかなかレアなのではないかと思っていた筆者は感動した。そうか、これが売れる土地か。ますます好きになれそうだ。

 「サブカルチャーの棚は、ジャンル分け不可能ですね」という山口さんの言葉通り、ゲーム関連本が三冊並んでいるかと思えばその隣がスポーツものだったり、お次は競馬とめまぐるしい。分類不可能な本は、サブカルチャーの棚に置く事が多いという。

 「私自身、置き場に迷うこともありますが、このあたりのお客さんは不思議に自分の欲しい本をサクッと見つけて買われます。棚に一冊だけ挿してあるような本でも、ふと気づくと売れていたりする。とくにサブカルチャーの本は、皆さん、本棚をご覧になりますから。台にドンと積まれているような本よりも、本棚にひっそりと一冊だけ佇んでいるような本のほうが、発見したという快感を覚えさせてくれるのではないでしょうか」

 分類に迷っても、ここに置いておけば、見つける人は必ず見つけてくれる。そこには書店員と客との、無言の信頼関係が垣間見えた。きっとお客も、「この棚を見ればきっと面白い本が見つかる」と思って書店に足を運ぶのだろう。まさに生きている本屋さんの姿を見た。地元民に向けて開かれているというのは、地域に根ざす書店に一番大切な要素ではないだろうか。

最後に、お忙しい中お時間を割いてくださった山口副店長、本当にありがとうございました!(奥山)

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2008年5月30日 (金)

『吉原 泡の園』第64回/グランドオープン

 改装工事も終わり大看板も一新、新しくSと改名した店がいよいよグランドオープンを迎えることになった。
 新店長、主任2人、ボーイ4人体制でオープンに望む。
 元マネジャーKは、新装にともないボーイも一新したい気持ちがあったようだった。つまり一度綺麗に「悪い血」を抜き取りたかったらしい。しかし新主任として赴任した新店長の片腕Sさんが、僕を店に残してくれた。鬼マネジャーや鬼店長の待遇に文句も言わずに黙々と働く姿をかってくれたのだという。
 情報喫茶からお呼びがかかると、ボーイがお客を口説きに行く。僕などは失敗が多く、2割程度のもんだった。元鬼マネジャーは怒り狂うが、新主任Sさんは決して怒らない。
「うん、そんなもんだって、いいよ遊ちゃん」
 それがSさんだった。元マネジャーが降格したため店には2人の主任いたわけだが、当然Sさんの人気がダントツだった。元マネジャーには元R店のメンバーを育ててきたのは自分だ、というプライドがある。Sさんが我が物顔で元R店であるS店を仕切っているのが気に入らないらしかった。ただSさんは新店長の側近。むやみに切れるわけにもいかない。陰でこっそりとSさんの悪口を言うだけになったのだった。
「偉いね、遊ちゃんは、俺ならとっくに切れてるよ。それなのにそんなに辛抱して頑張ってね」
 Sさんからよく言われた褒言葉なのだが、僕は辛抱していたのではない。怖くて言い返せなかっただけだ。借金もあって、どこへも行けないし、ただ黙ってその時をやり過ごすしかなかった。
 人生、そんな時もある。

 グランドオープン初日、朝から花屋がたくさん出入りした。入り口からロビーを超え、廊下の奥までズラリと祝いの花が届いたのだ。店内には花の香りが充満した。
 姉妹店の社長たちも改装された店内を見学に来た。
 大理石模様の壁と廊下。高級店の名に恥じない改装。待合室など見違えるようだった。ブルーの2人掛けソファーが10個、それに合わせるようにテーブルが並べられる。テレビも超薄型プラズマテレビである。現在でもそれなりに高価品だが、2002年当時はもっと高かった。100万円近くしたと記憶している。ただし2階のトイレは残念ながらそのままで、汚いし狭い。すべてが改装できたわけでもなかったのだ。
 13時オープン。会長や新店長が呼んだ知人などが義理で大勢駆けつけてくれた。車の台数が多すぎて、とてもではないが店の駐車場に停めきれない。仕方なく吉原にあるコインパーキングを利用するのだが、いかんせん遠いので、その往復だけでかなり体力を失った。それでも次から次へと客が来る。ほとんど義理で来ているらしく、どうやら会長などから金が渡っていたようだ。客としてみればタダで風呂に入りに来ていることになる。ちょっとお高い6万5000円の風呂だが……。
 その日だけはもうなんでもありのすさまじさだった。間違えて接客中の部屋のドアを開けても仕方がないみたいな。30分から1時間お客が待たされるほど店が混みようで、ボーイは元マネジャーの下でろくな教育も受けておらず、たいがいは経験を積むまもなく辞めていったから、忙しくなるとテンパッテお話しにならない。結局、ボーイ暦が半年を越えている僕に仕事がまわってきてしまう。
「H、もうええ、おい遊児、3号室セット行け」
 お客が続く場合、浴槽内部と風呂場のタイルの水気を完全に拭き取り、湯気で曇った鏡も念入りに拭く。女のコも大忙しだ。先ほどのお客に体をベロンベロンに舐めマワさていて、体中、前の客の唾液臭なのだから。僕が片付けをやっている間に、女のコは
「ゴメン、シャワー使うね」
 そう言って体中を洗っている。シーツの取替え作業をやりながら、ふと女のコの方を見ると、風呂場でシャワーを浴び、アソコにもしっかりとシャワーをかけている。大股を開いてである。
「こんな姿見ると、もう女のコを好きになれないかもね」
 一瞬だけ見た僕に、女のコがそう言う。ドキッとしても、知らん顔をしてまた作業を進める。部屋のセットは最低5分でやらなければならない。あまりにも遅いと後でどやされる。セット完了後は2つのゴミ袋と飲み終えたグラス数個を抱え込み、階段を降りる。それからやっと新しい客の案内に入る。それの連続がグランドオープンというわけだ。
 クタクタになりながらも、どうにか満員御礼の客をさばいていく。
 1日が終わったときには、魂が抜けたようになってしまった。女のコの裸など見たくもねぇと、その時は思ったりもした。そのクタクタの代償に、その日は大入りがめっぽう貰えた。もう、こんな日は2度とないだろう。グランドオープン初日だけの、まるで夢のようなひとと気だった。(イッセイ遊児)

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2008年5月29日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第11回 火元の部屋

20a_21 火元の部屋の写真である。床には灰が降り積もり、歩くと埃として舞い上がった。そのためか写真には白い円のようなモノが写り込んでしまった。ちなみに右下の明かりは、私が足元を照らすために持って入った懐中電灯である。

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年5月28日 (水)

お休みします

本日担当の「編集長」入院につき更新できないことをお詫びいたします。病院でパソコンは使えないので。命にかかわるとかそうしたレベルではないのでガッカリしないで下さい。残念ながら生還の予定です

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2008年5月27日 (火)

元乙女のゲーム生活~ときめきメモリアルGirl's Side~

Gsfront  あやや(松浦亜弥)がはまっているらしいゲーム『ときめきメモリアルGirl's Side 1st Love』(以下、GS)の葉月珪を攻略してみた。

 まずこのゲームの説明をすると、2002年にプレイステーション2(プレステ2)で発売、DSバージョンは2007年発売。大ヒットした『ときめきメモリアル』(以下、ときメモ)の女性向けとして発売され大ヒット。葉月(以下、王子)はその主人公。才色兼備でモデルをやっているスーパー男子高校生。声をあてているのは、緑川光! 
 このゲームのすごい所は、「EVS(エモーショナルヴォイスシステム)」。簡単に説明すると、キャラクターが自分の名前を呼んでくれるシステム。例えば、主人公の名前を「山田花子」にしたとして、キャラが「王子」とか「花子」と呼びかける(文章例:「山田(呼びかけ。キャラによって君づけ、呼び捨てなど異なる)、今度の日曜日あいてるか?」)ので、のめり込み度が高くなる。
 どうやら公式サイトの説明によると、このシステムは『ときメモ2』から使われ、そのパワーアップバージョンが今作に使われているもの。このパワーアップバージョンは、『ときメモ3』でも使われているそうだが、男女ともに呼んでくれるのは今作が初めてだそうだ。DSでもEVSは使われているが簡易バージョンで、プレステでできたイントネーションの変更や、女子からの名前呼びがなくなっている。好きな女子キャラから呼ばれないのはさみしい。

 さて王子だが、扱いがとても難しい。ちょっとかまってあげないとふてくされて爆弾点灯(ときメモ恒例イベント)するし、ときめいたらときめいたで依存度が高くなる。GS2の王子ポジションの佐伯君はツンデレだが、告白を断ったとしても気の毒な気分になるだけ(一人勝手に盛り上がり、「頼むよ、耐えられないんだ!」といって失踪するイベントはある……。50回見ても笑えるんだぜ)。なんていうか王子はせっぱ詰まってるんだ。告白を断ったらなんていうか死んでしまいそうなんだ。
 フリーマーケットで1人ポツンとアクセ売りをしているスチルや、恒例のときめき文化祭のシンデレラのセリフに、子猫の名前を主人公の名前にしちゃってるところなんて見てしまうと気の毒で気の毒で……。
 なんでこんなかわいそうなんだよ……王子は……。攻略は2回目だし、あんまり好きじゃないけど、告白されたら断ることができないんだ。かまったら最後、一途プレイをしないと、氷室先生に誘われない(王子は苦手評価になりやすい)し、爆弾処理に追われて他キャラ攻略の足かせになる(爆発させちゃえば楽だけど、とばっちりがきて他キャラの好感度が下がる)。王子ウゼー!

 王子はうざいけど、「ラブ羽交い締め」イベントは胸キュンものなんだぜ。サエキの深夜のクリスマスイベントと、若王子の優しい説教イベントの次にいい。
 逆に、猫に自分の名前イベントはキモい。冷静に考えて、「相手は自分のこと好きだが、自分は仲の良い男子の1人だと思っている」(←本編では、告白は卒業後なので、在学中はそのような関係です)状態で自分の名前をつけてじゃれていたら引く。イケメンなら引かないけど、頼むよ、耐えられないんだ!といってしまいそうだ。
 どうしてもキャラクターの絵が好きになれず2人しか攻略していない(王子と氷室先生)が、どうしてこの原稿のために2回以上攻略したかというと、緑川光がいい仕事をするからだ。
 中の人に興味はないが、乙女ゲームの重要要素として、シナリオのよさやシステムのよさも大切だが、やはり声をあてている役者(声優)の仕事具合が大きく占めているのではないだろうか。愛をささやいているシーンや甘ったるいシーンで棒読みなんて萎える。声をあてている人が上手だからこそシナリオのよさも際立つし感情移入ができる。こう書くと声優好きに思われてしまいそうでしゃくだが、こと乙女ゲームに関してはそう思うよ。3年間は長いけど、耐えられる。
 王子にハマるハマらないは別として、ときメモは中の人gj!(私は、緑川光より森川智之のが好きなんで、GS2をススメたい)の配役なので興味が沸いたらやってみてください。(奥津)

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2008年5月26日 (月)

玉ノ井バラバラ事件の現場を歩く

 海軍青年将校らが犬養毅総理を殺害した五・一五事件が起きた1932年の3月、人々を震撼させる事件が起きる。「バラバラ殺人」というフレーズが初めて使われた玉ノ井バラバラ事件である。
 まだ春も浅い3月7日、玉ノ井(現在の東向島5丁目)の通称「お歯黒ドブ」から、ハトロン紙にくるまれた生首と胴体が見つかった。今やほとんど見かけなくなったが、石けんや古い本のカバーとして使われていたのがハトロン紙である。その薄紙に腐乱した生首が包まれていたのだから見つけたペンキ職人も驚いたことだろう。
 当時では珍しい死体切断事件にメディアは熱狂。人気ミステリー作家だった江戸川乱歩に犯人像を推理させていたりもした。この報道合戦のなか東京朝日新聞が生み出したキャッチコピーが先述の「バラバラ殺人」だったのだ。
 しかし事件は暗礁に乗り上げる。被害者の身元がわれなかったからである。しまいには腐乱した顔写真を警察が死体発見現場近辺に貼り付け情報を呼びかけるまでになったが、近隣住民を気味悪がらせるだけに終わった。
 結局、犯人が逮捕されたのは事件から8ヵ月ほどへた10月末。被害者は秋田県出身の千葉龍太郎。殺される1年ほど前、こじきとして10歳くらいの娘とともに浅草の道端に立っていたとき、彼にたばこやバナナを恵んだのが加害者の長谷川一太郎だった。
 一太郎は春画販売を稼業としていたがほとんど収入がなく、同居していた妹・とみは妊娠後に男から捨てられる苦境にあり、62歳の母にも職はなく、一家の生活を支えていたのは帝国大学理学部土木課で印刷工をしていた弟の長太郎だった。この貧しい一家を被害者の千葉龍太郎は言葉巧みにだます。「故郷には莫大な財産がある」とウソをつき長谷川家に入り込んだのだ。一方の長谷川一家も合法的に財産を分捕り、なおかつ妹・とみが未婚の母になるのを防ぐために千葉ととみを結婚させた。
 しかし千葉はいつまでもたっても金をもってこないし、働きもしなかった。ついに業を煮やした長谷川一家がお土産持たせて秋田に財産分与の旅に出すが、千葉は手ぶらで帰ってくる始末。そのうえ血のつながらないとみの乳飲み子を虐待死させてしまう。
 そして2月、とみと激しく口論していた千葉を一太郎はスパナで殴り倒し、弟・長太郎と協力して絞殺した。後日、台所に下に隠していた死体を母に知られないように分解し、首などを一太郎ととみで玉ノ井まで捨てに行き、腕などを長太郎の職場である帝大内に廃棄したという。
 ほとんどのバラバラ殺人がそうであるように、この事件の死体切断も猟奇的な理由によるものではなかった。被害者の手足にやけどなどの跡があり身元が判明するのを恐れたことと、運搬に便利だったことが大きな理由だったらしい。
 結局、玉ノ井は遺体の廃棄場所でしかなかったわけだが、この地が選ばれたのにもそれなりの理由があった。当時、ここは私娼窟として賑わい、「お歯黒ドブ」にいたっては望まれぬ嬰児を売春婦たちがこっそり捨てることもあったというドブ川だった。当時は雨が降れば、すぐに水があふれ出したとも伝えられる。
 この事件の4年後、永井荷風によって書かれた玉ノ井が舞台の『濹東綺譚』にも、雨上がりに「アラアラ大変だ。きいちゃん鰌(どじょう)が泳いでいるよ」と住民が声をあげるシーンが描かれている。

Img_6658  荷風が玉ノ井に通って書き上げたとされるこの小説の風情を現場で味わいつつ、バラバラ事件の話を住民に聞こうと東武伊勢崎線に乗り東向島に降り立った。しかし改札を出てすぐ目の前に迫るのは赤い看板のマクドナルド。気を取り直して線路づたいに北に歩き、いろは通りに出た。道の両側どちらも玉ノ井と呼ばれていたが、西側が戦後の赤線地帯、東側が戦前の私娼窟だったという。
 まずは死体発見現場であるお歯黒ドブにたどり着かねばならない。白髪の商店主などに話しかけたが、「どこだっけ?」と首をひねられてしまった。やっと正確な位置を把握できたのは、荷風がラビラント(迷路)と呼んだくねくねと曲がりくねった路に迷い込んで20分もしたころだろうか。

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『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年5月25日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第19回 葬儀講習会レポ

 5月23日、朝日カルチャーセンターで行われた「納得できる葬儀」という講義に出かけてきた。講師は「木霊と凪」代表の葬儀コンサルタント、吉澤武虎氏。せんだって「葬送の自由をすすめる会」主催の「春の合同自然葬」に参加したとき、お会いした方だ。このたびは取材ではなくあくまで一般の個人として、講義を受けてきた。
 よって個人として感じたことをここに書いてみたい。

 集まったのは40人程度。講義の定員が40人なので満員御礼だ。テーマがテーマなだけに受講生はご年配の方が多い。男女比は、やや女性が勝っている。一番前に20代から30代と思しき女性が二人座っていて、なんだ、若い人もいるじゃない、と思っていたらスライドショーを操るお手伝いの方々だった。あとは私を除けば60代は下らない方ばかり。ということは、みなさん「自分の葬送について」学びに来たのだ。しかし「納得できる葬儀」という名の講義なのだから、ぜひ喪主になる立場の方にも受講していただきたい。葬儀について思いをめぐらすのは死者となりゆく人々でも、それを実行するのはひとつ手前の世代たちであるのだから。

 おじいちゃんやおばあちゃんが講師の言葉に合いの手を入れながら、というアットホームな授業が始まった。講義の流れはわかりやすく時系列を追っている。つまり死から始まって葬儀屋が登場し、葬儀・火葬が行われ納骨までの一連の流れに沿って講義が進んでいった。とくに、もと葬儀屋として印象に残ったのは「葬儀屋に言ってはいけない3つの言葉」。いわく、

1、「初めてです」(または、「何も判りません」)
2、「普通でいいです」
3、「おまかせします」

 とのこと。実はこの3つの言葉、葬儀屋にも「あとでクレームをつける客が言う危険な一言」として認識されている。この3つを発するお客様に限って、デートで「食べるもの? なんでもいいよ」と言いながら具体的な提案をすると「それだけはイヤ」と拒否するワガママ娘のようなことを言い出すのだ、しかも注文したあとに、だ。
 要するに、消費者として商品知識を予めつけておかないと双方不幸な結果になるということであろう。講義にうなづきながら必死でメモを取る受講生にも、消費者として強くあろうとする意気が見える。

 さらに講義は今当たり前となっている仏式での葬儀について詳しく切り込む。「葬式仏教」といって評判の悪い昨今だが、仏式葬儀で実際何がなされているのか理解している人は一体どのくらいいようか。理解されようとする努力がお寺のほうに足りないのではという主張もうなづける。しかし正しく理解しないで批判するのも、まごころがないというもの。吉澤氏は批判されがちな戒名料、何を言っているのかよくわからないお経、仏教と葬儀との関係などについて詳しく解説していく。時々漏れる受講生の「知らなかった」というつぶやきやため息などから察するに、こういった講義に関心を持つような人でもやはり正しくは知らなかったのだろう。「知らされない」ということは不安につながって、「良く知らないから納得できない、だから仏教で葬儀はしない」ということになりかねないところを、受講生は今一度深く考えるチャンスを得たのだ。

 「納得できる葬儀」--。そう、受講生はただ葬儀を簡素にしたいから講義に来たわけではない。そんな貧乏根性ではなく、納得できる送り方、送られ方をしたいと思って来たのだ。そのためにはいろいろな送られ方を知らなくてはならない。ただ簡素にしたいというのでは、「住職は呼ぶけれど戒名は要らない」などというへんちくりんな葬儀になってしまう恐れもある。仏式も、ほかのあり方も知った上で自分の「本当にやりたい葬送」を見つめなおす。今回の講義は、その起点となりうるのではないだろうか。(小松朗子)

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2008年5月24日 (土)

書店の風格/第6回 川越にて、手作りPOPの書き手

 埼玉県というと、景色としては「薄いなあ」という印象がある。どうして薄いと思うのか。白っぽい建物が多いからだ。大型のショッピングセンター、林立するアパートやマンション、工場。…決して田舎扱いしているわけではない。筆者の故郷は山形でも有名な豪雪地帯だし、新潟や千葉に居住した経験もある。営業という仕事柄、神奈川や茨城にも足を運ぶ。そんな中で埼玉といって思い浮かぶのが白っぽい風景である、その程度の話だ。

 最初から話がそれた。このたびの舞台は川越駅。東武線とJR線が使えるおりこうさんだ。東武側には多数のグルメショップやレストランがうれしい「EQUIA川越」、JR側には「ルミネ川越」があり、間断なく「アトレ川越」が続くという立地だ。駅の敷地内を出ないで満足なお買い物ができてしまうと思いきや、地上に降り立ったとたんから続く商店街もただ者ではない。ルミネやアトレでは絶対に手に入らない値段で靴やバッグなど小物が売っていて、他にもこまごまと喫茶店や食べ物屋さんが充実している。

 …などと言っている場合ではなく、書店様に行かなければならないのである。川越で書店様にご挨拶できるのはめったにないことで、ちょっと緊張していた。
 が、その緊張が思わず解けてしまった瞬間があった。
 
Ts3g0024  左のようなPOPを見たのだ。

 出版社提供のPOPではないな、と思った。表紙の画像を配したりDTPでコラージュを作ったりという処理が見られない。手作りであることは確かだが、手書き風のものを出版社が提供しているということはありうるし、チェーン店なら一店舗で書いたものを印刷して配るなんてこともありそうだ。

 非礼を承知で触ってみた。と、縁取りの雪の部分に盛り上がりが。これは修正液や黒字に書くペンの盛り上がりだ。このお店で作ったオリジナルなPOPであろう。

 そう考えてから店内をぐるりと見渡すと、ところどころに手書きと認められるPOPがかなりの数である。いろんな書店様を見てきたが、こんなに手書きのものが豊富に掲示されているのは珍しい。店内全体に華やかでしかも優しい雰囲気を醸し出している。しかも見事なレタリングで装飾されてある。上に紹介したPOPは逸品で、レタリングの見事さはもちろん、本のイメージに沿いつつ細かく流星のイメージでホワイトをちりばめたところがいい。控えめながらもメッセージ性が強く、ただ「新刊」であることと「タイトル」と「著者の名前」しが書いていないのに訴求性の高い仕上がりになっている。他社の本なのに思わずカメラに収める承諾を得てしまったゆえんだ。

POPでここまでやれる書き手がいれば、書店業界も安泰。
人材でほかの書店に差をつける。それが目に見える形で実現している好例。(奥山)

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2008年5月23日 (金)

出版する意義

 最近、出版する意味について改めて考えさせられた。最初のきっかけは友人の紹介で本を出版したい経営者にお会いしたことだった。

 自費出版ではなく、書店で売れる本を書きたいと願っている人に会うとき、まずお話ししなければいけないのが、現在いかに本が売れないかである。自身の経験を本にするならノンフィクション分野になるが、そうなると大きな書店以外は売るための棚がすらないとか。かつては堅い内容でもある程度は売れていたが、いまやそうした本は赤字覚悟の出版になってしまうとか。書店のビジネス本コーナーは競争が激しく、けっこうな本がすぐに店頭から消えてしまうなどなど。
 いずれにしても暗~い出版事情だ。

 ところが、その経営者はそんな話に驚いた様子を見せなかった。自費出版ではなく本を出版するのは夢であり、そもそも爆発的に売れることなど期待もしていなかったという。たしかに本を出版して大金を稼ぐのは並大抵ではない。
 例えば3万部刷って、刷り部数の10%を印税として払う無名の著者にはあり得ない条件で計算しても、1300円の本で390万円しか印税が入らない。1年かけて書いたら、これが年収になってしまう。自分で書く時間がなくゴーストライターを使って書いたら、たとえ印税の6割を取っても234万円。もちろん出版ともなれば、ゴーストを使っても雑多な仕事が一気に増える。経営者としてそろばんをはじくなら、出版なんぞにかかわりあわず、本業に力を注いだ方がよい。

 だいたい3万部刷って書店で半分売れても、1万5000人しか読んでくれない計算になる。人気ブログなら1日のアクセス数が数万なんて珍しくないから、自分の主張を広めたいなら書籍よりネットの方が手っ取り早いのだ。
 つまりビジネスなどとは別の意義、それこそ「夢」と表現される魅力が書籍にはあるということだろう。

 その次に出版の意義を感じたのは、あるジャーナリストからのメールを読んだときだった。
 ノンフィクションは、ときに個人情報をさらすことになってしまうケースがある。こうしたとき本で発表するのと、ネットに発表するのでは安全性が違うことを、そのジャーナリストから教わったのだ。
 ネット空間ではコピー&ペーストや改変が簡単にできるため、悪意ある「編集」を施した原稿が個人情報とともにネットを巡り、執筆者の想像を超えた個人攻撃に発展しまうケースがあるという。
 改変を繰り返されると、ネット上ではどれがオリジナルかも分からなくなる。そうなると、どれが真実が闇に埋もれてしまう。一方、書籍は印刷して原稿を固定から、少なくともどれがオリジナルかは示すことができる。
 
 既存のメディアは主役をネットに奪われつつある。それでも印刷する意味があるということに、少し嬉しさを感じた。まあ、私が嬉しくなっても本が売れるわけでもないんだが……。(大畑)

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2008年5月22日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第10回 真っ黒なバスルーム

20a_22  怪しげなラブホテルの黒いタイル張りかと思うほど、真っ黒にすすけたバスルームだった。撮影した当時は気にしなかったが、写真を見ると浴槽横の石けん置き場に何かがある。油が原料の石けんが残るわけもなく、いったい何だろうと不思議に感じている。(大畑)

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『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年5月21日 (水)

盛満侑斗作『どこかで』リリース

私が発行人として上記著作をリリースした。ジャンルは今はやりの「ケータイ小説」であるもののアストラが出す以上は……といくつかにこだわってみた。それが吉と出るか凶と出るか。今までたいがい凶と出ていたという暗い社歴が心配ではあるけれども頑張ってみたのでよかったらお目通しを。

①実名・顔写真付き
「ケータイ小説」のほとんどが覆面である。匿名性を愛するユーザーとの相性がいいせいだろうか。しかしそれでは作品として真っ当な評価を得るのは難しい。そこで慣例を破って堂々と名乗りを上げてもらった。盛満さんも気後れするところはない。彼は自らのブログでも実名を示しているのだ(http://blogs.yahoo.co.jp/yutoyuto26302630/)。

②筆者が男性
「ケータイ小説」は匿名ながら暗に筆者が女性であるようほのめかしている。「ケータイ小説」の主要な買い手は女性であり、共感や共有感を生むには同性の方がいいのであろう。そのなかであえて男性の著者を売り出した

③処女作
小社がこだわっているポリシーの1つである。鎌田慧氏を除くと小社刊の筆者はほとんどが処女作ないしはその続編。出版社が新人を送り出さなくなったら終わりである。

④著者は現役高校生
執筆時点で17歳。私などおなじ年頃には何をしていたかさえ覚えていない。そんななかでブログを開設し少なからぬファンを持ち、思いを訴え続けている。①で述べたように実名なので年齢詐称はなく、したがって少女におもねるような書き方をしているだけで筆者は実は立派な大人……などということはありえない。

⑤短編小説と詩のコラボレーション
内容は分量としては詩が圧倒的である。「詩集は売れない」という業界の常識を打ち破りたかった半面で日々ブログで綴られる詩をいくらかにカテゴライズしないと本として成立しないというジレンマに陥った。そこで筆者は「あるストーリー」を10編小説として書き、その行間を本来汲むべきところを後に続く詩が埋めていくという謎解きのような仕掛けにした。単純化すれば「喜怒哀楽」という小説があった後に「喜」の詩、「怒」の詩……とつながっていく。編集部内では「携帯小説詩集」と名づけている。H氏賞狙っています。関係者の方がいらっしゃいましたらぜひご連絡を!

⑥「ケータイ」作品のレベル向上
「ケータイ小説」は評論家の評価外という常識を打ち破りたかった。もちろん小説部分は小説なのでフィクションである。ただし詩の部分も含めて従来「ケータイ小説」に冠せられていた「荒唐無稽」のレッテルは張られないですむクオリティーを目指してきたし達成できた気もする。もちろんそれを決めるのは気高き読者の皆様であって編集者ではないけれど

なお私個人の感想を述べると作品のあらましがわかった時点でポリスの「シンクロニシティ」をイメージした。もう約30年経つロックの名盤だけれども醸し出す雰囲気がよく似ているような。というわけでポリス世代のおじさんだって十分に楽しめる内容である。携帯小説は多く書店の一隅にあって大人が立ち入りがたい雰囲気だが大丈夫です。ぜひ手にとって(構わない書店さんの場合は)パラパラ見てやって下さい。野心作なんです。社運もかかっています。助けて下さい……じゃない!いつも最後はこちらへ行ってしまう。そうではなくてぜひ作品を吟味していただきたい。(編集長)

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2008年5月20日 (火)

元乙女のゲーム生活!“ザ・シムズ2 サバイバル”

 何かおもしろいゲームがないかと探していたときに見つけた『ザ・ジムズ2』。

 我が愛機ニンテンドーDSでは、「はちゃめちゃホテルライフ」「ワンニャンライフ」「ザ・アーブズ シムズ・イン・ザ・シティ」「サバイバル」の4タイトルが発売されている。
 ちなみにこのシムズとは、アメリカのゲームソフト会社エレクトロニック・アーツが出した『シムピープル』という大ヒットしたシミュレーションゲームの続編で、シム(自分の分身といえばわかりやすいだろうか。実際は違うけど)の人生をシミュレートして楽しむゲーム。簡単にいうと箱庭ゲームです。
 自分のためのPCがあれば確実に購入していたが、家族兼用のため買えませんでした。しかもヒッキーゲーマーのため、これ買ったら確実に廃人になれる自信がある!  てなわけで我慢していたが、なんとなんと、DSで発見!

これはやるしかない!

 レビューサイトで検討した結果、収集癖がある私にぴったり、かつ、好評だった『ザ・シムズ2 サバイバル』(英語タイトル「The SIMS2 CASTAWAY」)を選択。
 洋ゲーだけあってシムが……、シムがゴツイよ、ママ! 日本製ゲームの特徴であるアニメキャラのような顔ではない。だがそこがいい。キャラ絵だと便意を催されるとなんかイヤ。“アイドルはウンコしない幻想”と似た気分に陥るので、アメコミ風の姿のがいい。いや、それでないと日本のゲームができなくなる。乙女ゲームをやるたびに悲惨な気分になるのが目に見える。ゲーム中、シムの欲求がグラフ化されていて、ゲージが下降していくと倒れたり、漏らしたりとさんざんな目に遭う。倒れると持ち物をサルに取られてしまったり、漏らすとばっちくなるなどイヤーな感じ。2次元の世界でシムは息をして生きているんだよ。

 肝心のストーリーだが、ちょっとしたアクシデントで無人島に漂流してしまったシムが、他の漂流者たちの依頼をこなし、最終的に島から脱出するというもの。
 依頼者(漂流者)は4人で、グリーンカレーが食べたいだの、かまどのグレードアップをしろだの、バナナの木を育ててバナナを持ってきてくれだの、服を染めたいから虫を捕ってこいだの、「自分でやれよ」とツッコミたくなる(いや、ツッコミましたごめんなさい)内容だが、この依頼も同時進行で受け別の依頼をこなさないと別の依頼が片付かないこともあり結構面倒。
 ただ各人のストーリーをクリアすると、いろいろなグッズや作成テンプレートなどを交換してくれるようになり、収集癖のある人が泣いて喜ぶような要素が追加される。
 もちろん交換してもらわなくても会話をして作成のヒントをもらえたり、作らないとわからない謎のアイテムレシピがあったりする。

 ゲーム攻略はこんつめてやれば1日くらいで終わる。クリアすると制限が外れるので好きなだけ遊べる。
 ただ、これをやって思ったのは、収集癖がない人には向かない。あと、単純作業が嫌いな人も。
 魚を捕って、野菜や果実を栽培・収穫、漂流者と交流、洋服作成など本当に「サバイバル生活」をするのだ。ゲームというよりは作業。たんたんと暮らし依頼をこなし脱出するだけ。これのどこにゲーム性があるのだろうか。ないね。ベルトコンベア作業を想像させる。
 とにかく単純単調、結婚生活のような作品であることに間違いはない。

 私は収集癖と単調な作業ゲームが好きなので気に入った。ただクリアした後は、たまに起動してちまちまとコンプリート作業をするという状況になってはいるが。

 特に遊ぶゲームもなく、しかも収集癖のある(←これ重要!)人。騙されたと思ってやってみて。たぶん、気に入る……かな。(奥津)

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2008年5月19日 (月)

大道芸を見る!~南京玉すだれ~

Photo さてさてさてさて さても南京玉すだれ 

といって、すだれをさまざまな形に変化させて見せる芸、南京玉すだれ。唄は聞いたことがあるものの生で見たことがなく、一度でいいからどんなものか見てみたいと思っていた。
 いつものように都内でやっている大道芸のリストを見ていたら、近くにある両国の江戸東京博物館の江戸東京ひろばで南京玉すだれが見られるということで行ってきた。
 南京玉すだれ初体験の感想は、唄いながらすだれを国旗、釣竿、東京タワー、柳など自在に変化していく様が、見た目が太巻きを巻く簀巻きにしか見えないのに、すだれ自体に仕掛けがあるのは当然だしわかってはいるがおもしろい。小さい頃に自宅の簀巻きで真似をした記憶が蘇った。

 演技が終わったあと、演者の高橋令子さんに話しを聞いた。
「この世界に入ったのは今から23年前です。師匠に芸を教えると誘われたのがき
っかけですね」

高橋さんは大大道芸研究会に所属しており、そこでは南京玉すだれをはじめ日本の伝統芸のガマの油売り、バナナの叩き売りなどの芸を伝承している。

 修行の初歩は、「発声練習からです」ときっぱり。マイク使わなくても出せる大きな声、屋外でも通る声を出すには発声から始めることが大切だそうだ。
「もし声が小さくても、発声練習をすることで通る声を出せるようになるので大事ですね」。
 発声の基礎を学んだら芸の練習。芸は自分がやりたいものを選び、その芸と平行して発声練習も続けていくそうだ。

 やはり南京玉すだれといえば独特な柄の袴。
この袴を美しく着こなすために、高橋さんは日本舞踊を習っているそうだ。
 芸で食べていくためにする努力を惜しまない姿は、これまで取材をしてきた人全員に共通する。日々の努力があるからこそ、芸の世界で20年以上活躍できている。努力を嫌う人が増えているが、小さな積み重ねが成功する秘訣だということを彼らが教えてくれる。努力をすることは格好悪いことではなく、舞台で最大限の力を出すためのプロセスだということだ。

 そして玉すだれやバナナの叩き売りなどは、歳をとっても続けられる芸と高橋さんは言う。
 「会長は現在80才を越えていますがまだまだ現役です」
 80歳を超えてもなお現役で居続けられるというのは、芸の種類もだが、日々の鍛練と努力あってこそではないだろうか。

南京玉すだれはおもしろいので、もしやっていたら立ち止まって見てほしい。次はガマの油売りか、どうしても見たいバナナの叩き売りをぜひ見てみたい。(奥津)

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2008年5月18日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第18回 携帯仏壇

 「携帯」と聞いて思い浮かべるのはどんなことだろうか。持ち歩けていつでもどこでも活用できる、そんな印象だろう。では、「携帯仏壇」はどうか。やはり持ち歩けて、いつでもどこでも供養・・・したいか? という疑問は別にして、実際にあるのだからしょうがない。今回は、携帯仏壇にアプローチしてみた。

 インターネットでの販売もしている(株)よねはらの携帯仏壇は、12センチ×8センチと、携帯電話を二回りほど大きくしたサイズ。「長男ではないけど両親の位牌を持ちたい。家を継いでいないけど位牌をお祀りしたい。実家の両親が亡くなったけど、主人の家の仏壇には入れられない。そんな方におすすめしたい」との文句で販売している。

 そうか、「いつでもどこでも供養ができる」をうたい文句にしてなくて良かった、とちょっと胸をなで下ろした。プチお仏壇のように使えばいいのね。ただでさえ核家族化がすすみ一戸建てを持つことが難しくなってきたこの時代、仏壇を持っていない、置く場所もないという家族も少なくないだろう。携帯仏壇、お値段を見れば戒名を書き入れても一万五千円程度からある。なんてお手頃なんだ!

 ただ、これを唯一無二の仏壇にできるかというと、既に位牌が作られている場合はいささか無理がある。大多数の携帯仏壇は、位牌ではなく平たい戒名板を収めるように作られているからだ。新しい仏様なら戒名板のみを作るということも可能だろうが、携帯仏壇のみで供養したいといった場合、もとの位牌から魂移しを行わなければならないだろう。

 ・・・・・・と思っていたらありました、位牌を収められるタイプのものが。もちろんその分カサは出てしまうのだが、(株)森正の「同行二人」は位牌と本尊、又は遺影を同時に収納することができる携帯仏壇だ。当社のホームページではオープン価格としているが、これなら今ある仏壇からそっくり位牌を抜いて供養することが可能だ。

 ではこれからの時代、携帯仏壇だけで供養はイケるのだろうか。安くて小さくてこれだけで供養が済んでしまうとしたら画期的なことではないか。

 しかし、ここに従来の仏壇と決定的な違いがある。携帯仏壇は位牌を一つしか入れることができない、つまりお一人様用の仏壇なのである。新しく仏様が出たら、また一つ仏壇を増やさなければならないということになるのだ。一人一仏壇、響きだけ聞けば何とも贅沢である。一つ一つは、仏壇にしては破格のお値段なのだけれど。「携帯は一人一つの時代」という言葉が、電話ではなく仏壇を指す時代が来るのだろうか。
(小松朗子)

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2008年5月17日 (土)

書店の風格/第5回 ジュンク堂書店新宿店

 2004年の新規開店時の新聞広告では一面に本棚がズラリと並び、ようく目をこらせば一冊の本のタイトルに「閣下ごめんなさい」の文字が・・・という、危ないユーモアが記憶に新しいジュンク堂書店新宿店は、紀伊國屋書店新宿本店の目の前にある。はっちゃけた広告の印象とは裏腹に、店内は粛々とした雰囲気だ。そしてこれは新宿店に限ったことではなくジュンク堂全店の特色だが、専門書の品揃えにこだわりを持った棚構成で、図書館を模している。棚にはベンチが横付けされており、ゆっくり本を選べるスペースが確保されている。読書家、専門家、本マニアにはたまらない空間だろう。

 とくに新宿店は開催されるフェアにも客層をずいぶんと反映していて、例えば今なら「岡田光司写真展」「菊地成孔ファッションフェア」「大谷能生・門松宏明の今ここで、フランス革命フェア」など、メディアや芸術に興味のある学生が好みそうなラインナップだ。さすがに隙がない。

 さて、小社より新刊『どこかで』が発売のはこびとなって1日目。うきうきしながらお店に入って、棚を探った。歴史、医学、語学と専門棚の並ぶ中、ライトエッセイのコーナーにありました! ケータイ小説、言わずもがなの大ヒット『恋空』や新刊『Bitter』に囲まれて『どこかで』。写真を撮りたいと申し出ると「どのような方でもご遠慮いただいています」粛然としたお答えが。うーん、ハイクオリティ。

 それにしてもこの「ライトエッセイ」の棚、異色である。一冊のみ棚挿が基本のジュンク堂において例外的に全て表紙を見せて陳列しているというのもあるが、「モテ本」の類から芸能本、ケータイ小説、ブログ本にいたるまでがずらっと並んでいるのだ。エンタメ系はノンジャンルということか。それとも、この棚から卒業していちジャンルとして飛び立てる日を、じっと待ちながらひしめき合っているのだろうか。そんなふうに考えると、この混沌が生き物のように思えてくる。本すら有機物にしてしまう、ジュンク堂の魔法に魅せられた。(奥山)

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2008年5月16日 (金)

 『吉原 泡の園』第64回/女性の調達ルート

 吉原ソープで働く女性の入れ替わりは激しい。ボーイもけっこうなものだが、女のコ程ではない。
 通常、スタッフの入れ替わりが激しい業界は、個人の夢や目標の踏み台として利用されることが多い。そのため人が辞めるのも早いが、就職希望者も多い。求人を出せば均等が保てるのだ。

 ならば吉原ソープはどうか?
 吉原では女は商品である。コンビニでたとえるなら、おにぎりやドリンクと変わりはない。いうまでも客は飽きっぽく、浮気性である。おかげで息の長い女のコはほとんどにいない。大抵のコは自分が売れないことを店やボーイのせいにして違う店に移ってしまう。
 あまり売れない女のコでも、店にいてくれれば最低2本はボーイ達が頑張ってつけてやる。それでもつかなければ義理風呂になる。それほどのマイナスを背負ってでも、やはり店に女のコがたくさん在籍してくれていれば、経営の助けにもなる。店としてはよほどの奇人変人でない限り、女のコは留めておきたいのである。

 それでも女のコは辞めていく。2002年の当時、すでに性風俗産業は不況の兆しがあった。完全に性風俗産業は底をついた感のある06年ほどではないが、売れないコは店を変えても売れなかった。そのため彼女たちは吉原を出て鶯谷に流れていった。デリバリーと呼ばれる無店舗型の性風俗のメッカだったからだ。

 とにかく辞められては困るから、ボーイも女のコには気を遣った。
 義理風呂に入ったコがR店に出張しにて来る時は、ひと騒動だった。姉妹店のボーイが義理風呂に来たという事実を女のコに悟らせまいとボーイも必死なのだ。そのコと義理風呂であたったことのないボーイが女のコに部屋を案内するのが鉄則だ。以前、馬鹿なボーイが、自分が義理風呂に入ったコとたまたま遭遇。
「ああ、あの時の義理のコ」
 などと口を滑らせ、それを聞いた女のコがワンワン泣き出し、仕事どころではなくなる事態に陥ったことがあった。

 ボーイは何としてでも女のコを店に留めておこうと必死なのだが、やはり店には残ってくれない。女のコが辞めたら穴埋めをしなければならない。求人雑誌に広告をぶつ。ナンバー○ギャル情報やナイ○タイといったソープ情報マガジンなどで募集するのも手だが、なにしろ広告代が高い。それに載せたからといって女のコが集まる保証はない。また、店長などがキャバクラなどにスカウトに行くこともあったが、やはり餅は餅屋。スカウトをしたところで畑違いで、なかなかうまくいかないのだ。
 新店長は、プロの風俗系スカウトマンとのパイプを持っていたため、店のコは8割方スカウトマンの紹介に頼っていた。ただ自ら進んで応募してくるコはけっこういた。ただし吉原ソープに就職活動に来るコは大抵プロの中のプロである。自身の代表AV作品などを持ち、それをプレゼンの道具にするコもいほどだ。もっともR店にしても他店にしても、当時の吉原ソープなら、ある程度のスタイルと会話術さえあれば、どんなコでも売りこみなど無用で採用した。とにかく喉から手が出るほど女のコがほしかったのだから。

「おいマル、鶯谷に面接のコが着いたから、迎えいってくれ」
新店長から言われ、颯爽とベンツに乗りこむ。
「ぶつけるなよ~」
 声が背中から届く。
 白いベンツで鶯谷に着くと、コンビニの脇でミニスカートを履いたかわいらしいコが立っていて。
「R店の面接のコですか」
 などと聞くとコクリと頷く。一見普通のコで、どうしてこの業界に足を踏み入れたのか、そのワケが気になったものだ。ラジオの代わりに新店長の自前のCDを流す。それを聞きながら駅から店までのしばしのドライブだ。
 その時だけは禁断の妄想などをしてみたりする。もちろん妄想だけだが、それならば自由だし、何よりタダなのだ。
 短い時間だが、白いベンツに2人きり。しばしのドライブデートを貧乏ボーイが満喫していると、あっという間に店につく。ただ、スカウトが紹介する場合、大抵余計なスカウト君まで同乗することが多く、バックミラーから後ろの2人の様子を覗うハメになったりするのだった。(イッセイ遊児)

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2008年5月15日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第9回 ゆがんだ鉄扉

20a_23  当時の報道などを読み返すと、ほとんどの従業員は初期消火すらできなかったらしい。熱でペンキが落ち、サビにまみれた消火栓には消火用のホースは残されていなかった。焼けてしまったのか、それとも消防隊が使ったのかは定かではない。ただゆがんだ鉄扉が当時の惨状を物語っていた。(大畑)

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年5月14日 (水)

ホームレスが小社刊『ホームレス自らを語る』を読んでいた!

本当の話である。
都営地下鉄新宿線の新宿駅ホームには新宿三丁目側にいくつかのベンチがある。夜10時過ぎ、乗ろうとしてその周辺にいたところ旅装?といい出で立ちといい雰囲気(におい?)といい明らかにホームレスと思われる男性の方がその1つを独占して眠り込んでいた。
足は地につけたままベンチの背もたれに沿うように体の背中を倒すようにして寝ていた。多少無理のある姿勢だったのを支える役割か両手をいす部分に突き立てるようにしていた。
その手先に、正確には両手のひらの間に一冊の本が置いてあった。

「ホームレスは働かない」は偏見である。同時にホームレスに向学心がないというのも偏見だ。以前取材したホームレスは何冊もの専門書を読んでいた。だから本がある自体が変なのではない。

驚いたのはその本が小社刊『ホームレス自らを語る』(http://www5b.biglobe.ne.jp/~astra/booklist/less.html)だった点だ。
それはあるだろうと思ってはいた。この本を出すときに取材だけで終わらせず著者校正を取りにいったし、発売後は登場いただいた方へ献本にも向かった。ただホームレスはなかなか一個所に止まらず、去った後の足取りもつかみにくいためかなりの空振りとなったけれども……

ただしその寝ている方は『ホームレス自らを語る』にご登場いただいた方ではない。出版から8年ほど経ち人相風体が変わっている可能性もあろうかと失礼ながら回りをウロウロしてみた。やはり該当者ではない。では買われたのであろうか。同書は在庫こそあるが一般書店の棚からは残念ながら大方消え去っている。となると注文か。それとも仲間にもらったのだろうか。しおりまではさんであったから熱心に読んでいただいているらしい。
考えてみれば『ホームレス自らを語る』をホームレスの方がどんな心境で読まれるのかを確認したことがなかった。だから聞いてみたい。電車を数本やり過ごして起きてこられるのを待った。しかし熟睡されていて気配がない。ここで私が起こして「もしもしこの本を読まれた感想はどうですか」「どこで手に入れたのですか」と聞くのも変だ。というかおかしいような気がした。最後は後ろ髪を引かれるようにして場を去った。

大半が少部数のせいか、身の回りで小社刊の本を読んでいる姿をほとんど見たことがない。ごくまれに見つけると驚く。そして驚く自分に驚く。驚いていてどうするんだと。
ただし今回見た光景は別種の驚きだった。やはり聞くべきだったのではないかと今になって悔恨しきりである。(編集長)

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2008年5月13日 (火)

乙女遊戯/乙女的恋革命★ラブレボ!!~イブに立った変なフラグ~

ダイエットをしながら恋人を探すというなかなかおもしろいゲームがあると聞いてやってみた。

1周目はシステムがよくわからず適当に遊んでいたら年下の男の子ルートに入っていたようで、「あれ? 狙いは保健室の先生だったはずなのに、後輩とその婆ちゃんと三人で飯食ってるし!」と驚く。

とりあえず彼をクリアし、「次こそは待ってろ、若月先生」とギラギラしながら進めていると、休日に遊びに行く部屋にお兄ちゃんの部屋が追加されている。
ちなみに主人公の住むマンションは、彼女の親の持ち物で、そこに学園ナンバー5人組と幼なじみ、若月先生が住んでいるという美味しいシチュエーションのマンション!
これは兄ちゃん攻略解禁の証だろうということで、とりあえず無視。兄ちゃんに用はないので若月&幼なじみ&病弱先輩を攻略後、お腹いっぱいになり放置。

しかし、たまたま2ちゃんねるのとある板のとあるスレで兄ちゃんルートが衝撃的だということで特攻。「近親s(ryと聞いてやってきますた」と、さっそくDSのスイッチオン。

いやー、二周はきつかったんだゼッ。だがな、私はショックを受けた。兄ちゃん、浴衣はだけすぎ。思わずおっき…はしてないが、脳裏に三百万回記憶しますた。
いやー、兄と妹の二人旅。仲良きことは美しいかな。
それ以後のイベントも、兄のシスコン振り炸裂。お腹いっぱい! になりかけたとこで来ましたよ。

クリスマス。二人きりのクリスマス。恋人たちのクリスマス。あぁ、マライアが唄ってる。

乙女ゲーにおけるクリスマスイベントといえば、若王子先生(お前ら先生と生徒なんだから、学校行事で手を握りあって見つめ合うな)、VitaminXの二階堂先生(手の早いキス魔め♥)、衣笠先生(付き合ってもないのに結婚式強行とはッ!どんだけ強引……)あたりがいろいろな意味で印象的だったたが、さすがにあの兄妹はビビった。

一言でいうと、
「変なふいんき(なぜか変換できない)になるな」。

これは変なフラグ立ったね。 ( ̄ー+ ̄)キラーン

一周目はノーマルEDなので、変なフラグが立った後の兄ちゃんの道ならぬ恋に悩むイベントもあったとしても、シスコンが度を過ぎて暴走しちゃったエヘヘですむがラブラブEDはまずい、ヤバい、危ないだろ。

最後のイベントで思いのたけをぶつける兄。つうかそれなんて告白?
その後の選択肢で(ゲーム的に)正しい方を選ぶと出てくるスチルが…耳甘噛み自重…。そして囁かれる「やっと俺だけのものになった」(←オレだけの物発言自重)。いやー、背筋がFreeeeeeze!

そしてキーワードをいれると開かれる後日談。
大人(女?)になった主人公と兄ちゃんの語らいもビビった。

「猫、欲しくない?」(主人公のセリフ)

一見、なんの変哲もない台詞だが、私、最近そのセリフ言った気がする。それも決まって子作りの話と一緒に。子供ができなかったら猫を飼って暮らそうって。ぬっこぬこにしてやんよ ( ・ω・)っ≡つ ババババ

おまいらどんな気持ちで「猫」欲しがってんだよぉぉぉ!つかおまいら夫婦かよ!なんか泣けてきたお。( ;ω;)ぶーんはみんなのこと忘れないお。

簡単にいうと兄ちゃんルートは、「低年齢でもできる乙女ゲームの限界に挑戦した」。純粋に台詞だけ読んでいるとフツーの言葉やシチュエーションも、深読みすると一気に警報が鳴ってレッドピラミッドシングがなぜか現れる。
他のシナリオは安全。幼なじみルートはほのぼのするし、若月ルートはガキと張り合う元カノが滑稽だし、病弱ルートはなんか泣けるし。( ;∀;) イイハナシダナー

外道な私には兄ちゃんルートが一番おもしろいけれど、このレーティング(CEROB)で兄ちゃんラブラブED有りにするなら、もう少し違う内容を考えられたのではなかろうか……とも思う。禁忌度が高いのは刺激的だが考えもんだ。

とはいえ、なんだかんだいって私の心をつかんで離さなかったのは、兄と妹の道ならぬ恋の物語ではなく、ミョーに多い(記録なみ)誤字脱字だったとさ。(奥津)

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2008年5月12日 (月)

セレブバラバラ事件の現場を歩く

Img_1246_2   自宅マンションから500メートル、徒歩にしてわずかに5分。そんな空き屋に、彼女は夫の下半身を捨てた。先ごろ、東京地裁が懲役15年の判決を言い渡した「セレブバラバラ事件」である。
 三橋歌織被告は2006年12月12日午前6時ごろ、自宅である渋谷区富ヶ谷のデザイナーズマンションにおいてワインのビンで夫・祐輔さんをめった打ちにして殺害した。彼の頭には8ヵ所の挫創と亀裂骨折が刻まれていたという。

 この12日、彼女が何をしていたのかは明らかではない。ただ殺された夫の会社では無断欠勤した祐輔さんを心配し、携帯に次々と連絡を入れていた。そして殺害翌日の13日には、彼を心配した同僚が「自宅を訪ねたい」と歌織容疑者に電話をかけている。
 ドメスティック・バイオレンスで自分を苦しめた夫は死んだ。しかし死体は残る。彼女は、その当たり前の事実に恐怖した。そのうえ冬の12月とはいえ、殺害2日目にして遺体は少しずつ腐臭を放ち始める。葬式で使うドライアイスを用意していたわけではないのだ。同僚の訪問と遺体への恐怖と臭い。3つの問題が彼女を追いつめていく。
「怖くて家に帰りたくないが行く場所もない。そのときに遺体を運び出すしかないと考えた」
 裁判の被告人質問での彼女の言葉だ。だが遺体を運び出すのが容易でないことを、彼女は殺してから知る。
「遺体は予想以上に重かった。一刻も早く目の前から取り去ってしまいたかった」
 身長170センチ、「背が高く、スタイルが良くモデルのよう」と評された歌織被告だったが、180センチの大男だった夫の遺体を1人で運べるはずもない。選んだ方法は遺体の「分割」だった。
 彼女は遺体を処理するために、14日から精力的に動き始める。まず土・ブルーシート、台車、キャリーケース、ノコギリを買い込み、倒したクロゼットに土を詰め、血が流れでないようにしてから遺体を切り刻み始めたのである。頭・胴体・下半身・左腕・右手首。携帯に便利な5つのパーツが土の盛られたクロゼットに並んだ。当時、被告のノートには、「フット、ヘッド、ハンド、バラバラ、完了……」と書き残されていたという。

 15日の深夜から16日の早朝にかけて、彼女は廃棄にかかる。
 まず、胴体をゴミ袋で梱包し、キャリーケースに入れてタクシーで新宿に向かった。「よく出かけていたので土地勘はあった」と供述した場所だったが、タクシー運転手から「においますね」とキャリーケースの臭いを指摘され、慌てて車を止めて降り、西新宿の路上に投げ捨てたとされる。
 すでに殺害から5日がたとうとしていた。葬儀に詳しい友人は「湿気がなく寒い東京の12月は遺体にとって理想的な環境。でも2日目からは相当に臭い。3日目以降ともなれば耐えられない状態だったでしょう」と説明してくれた。歌織被告自身、自宅の腐臭に日々おびえていたはずだから、この運転手の指摘はかなり恐ろしかったに違いない。
 だからこそ彼女は自宅に取って帰し、下半身の運搬にかかる。しかし彼女が選んだのは、キャリーバックに入れて台車で運ぶ方法だった。
 指紋からの発覚を恐れ、左腕と右手首は生ゴミに。人物の特定につながりやすい頭部にいたっては、翌日電車に乗って町田の公園に持っていき35センチの穴を掘って埋めている。人の特定につながらない夫の体など、彼女にとって生ゴミぐらいにしか思っていなかったのかしれない。
 だからだろうか。彼女は下半身を捨てた現場について、「自宅近くだが、知らない場所だった」と供述している。つまり気の向くままに台車を走らせ、適当に捨てたわけだ。

 マンションのエントランスを出ると、方向は2つ。軽い坂を上がり、井の頭通りを沿いを歩いて行くか、坂を下り井の頭通りを横切る交差点に出るかである。すでに新宿に胴体を捨てためかなりの体力を消耗していたとすれば、彼女が坂を下ったのもうなずける。また坂を上がるなら、夜でも交通量の多い片側3車線の大通りの脇を歩くことになる。これは遺体を持つ者にとってはマイナスだろう。

 だが、次の方向選択は少し不思議だ。彼女は駅に向かう商店街はもちろん、マンションが建ち並ぶ高級住宅街も避け、さらに代々木公園の方角も避け、渋谷東急本店に向かう遊歩道へと台車を向けたのだから。
 この選択を考える上で1つヒントになるのは彼女の殺害直後感想である。
「自宅の目の前に広がる代々木公園が、とにかく真っ暗に見えた」
「代々木公園だけが真っ暗で、世界中に自分ひとりしかいないように思えた」

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年5月11日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第17回 ダイヤモンドは永遠の

 エターナル・ペンダントというものをご存知だろうか。
 遺灰をジュエリーに仕立てたアクセサリーだ。
 第15回で紹介した株式会社メモリアルアートの大野屋(長い社名だが正式名称がこれ)も提供している手元供養のひとつで、大野屋では「アッシュペンダント」と称して真珠の中に遺灰をこめたもの、「メモリアルペンダント」と称してホワイトゴールドのペンダントヘッドに遺灰をこめたものがある。最愛の人といつまでも一緒にいたいという遺族の気持ちにうまく応えた品だと思う。

 まあ、「ハイ、お父さんの遺灰が中に入ったペンダント」と母親から渡されたらなんだか微妙だが。やっぱり恋人や夫やよくもって自分の子ども(持ったことがないからわからないが)位までだろうと思うのは私だけだろうか。遺物として配るような類のものではなく、持つにふさわしい人は限られているような気がする。

 さてこの類にはゴージャスなものがある。数年前に一時騒がれたので記憶にある人もいるだろうが、遺灰をダイヤモンドにしてしまうというものだ。ダイヤも灰も炭素系。遺灰をグラファイトに精製→高熱・高圧をかけて圧縮しダイヤモンドを造成→カッティング・研磨という工程を踏んで、灰はダイヤモンドに生まれ変わる。
 このサービスで代表的なのはアメリカのライフジェム社、スイスのアルゴダンザ社だ。まず気になるのはやっぱりそのお値段。果たしておいくらまんえんなのか。

各社ホームページにて調べたところ、一番手ごろなのは

アメリカのライフジェム社

0.2カラット(0.20~0.29カラット)
¥400,000 ~¥500,000

スイスのアルゴダンザ社

0.2カラット(0.16~0.25カラット)
\399,000

 細かく大きさに応じて価格設定をしているか、認定カラット数ごとに価格設定をしているかという違いはあるがアクセサリー加工をしていないことを考えるとなかなかのお値段だ。しかし記念と考えれば巷の天然ダイヤと価格を比べるような品物でもない。まさに世界にひとつだけのジュエリーになるのだから。

 奇想天外なこの企画、しかし墓地不足の日本にとっては将来的に「アリかも」と考える。馬鹿高い墓地と墓石(占めて100万か200万か、上を見ればきりがない)を買ったり待ったりするよりは、一粒のダイヤに40万、そっと箪笥にしのばせる。手ごろだしコンパクトに供養ができる。スリにあったら泣くどころの騒ぎではないけど。スリも嫌だろうな…
 あわせて、故人が散骨を希望しているがそれだけではちょっと寂しいという遺族にもすすめて良いだろう。遺髪からダイヤモンドを作れるサービスもあるようだから、献体希望者の髪を加工してもらっても良い記念になる。献体希望者は、亡くなって大学病院などに引き取られれば2年は帰ってこれない。実際、髪やつめを骨壷に入れて供養することが多いのだ。

 問題は抵抗感。「遺灰をダイヤモンドに」という感覚が、お骨に対して強い執着を持つ日本人になじむまでどのくらいの年月を費やすか。そしてサービスが普及したとしても、仏壇に納めるものとしてふさわしいかどうかと問われると首を傾げざるを得ない。さらに子どもや女性、ペットはまだいいが「おじいちゃんがダイヤモンドになったよ」と言われてもなんだかしっくりこなくて納得がいかない。なにより自分がダイヤモンドになるとなったら…なんだかニヤけてしまう。「私が死んだらダイヤモンドにして」って、どうよ? シャイな日本人には似合わないこの趣向、やっぱり遺された人向けのサービス。当たり前だけど。(小松朗子)

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2008年5月10日 (土)

書店の風格/第4回 TSUTAYAサンストリート店

 サンストリートは総武線亀戸駅のから徒歩3分、手頃な雑貨屋あり、玩具屋あり、スーパーあり、ファッションのお店あり、ファミレスありカフェありの総合エンターテインメント施設だ。ご近所の家族に嬉しいこの空間内にTSUTAYAサンストリート店はある。一階がレンタル専門、二階が書店になっている。
 二階へ向かう階段を上がると、まずは「小学一年生」ののぼりがある。そして目の前に広がるのは広い児童書のコーナーだ。お店に入ってすぐ目につくのが新刊書ではなく児童書。こういう本屋はあまり見たことがない。さらに進むとコミック、文庫と広がっていく。子連れのファミリーと若者が集う活発なお店だということが、棚の流れでわかる。
 さらに奥に進むと文芸書、続けてビジネス書のコーナー。最奥が雑誌で、売れ筋に絞った品揃えが清いほどに潔い。

 さて、出版も迫ってきましたということで、ここは行くでしょうケータイ小説のコーナーに。アピールしなきゃでしょう『どこかで』を。と、棚を探すとケータイ小説部門のベストテンが貼り出されており、一位から十位まで面で陳列されている。目に留まったのは丁寧に書き込まれた手書きPOP。つい読み込んでしまうこのPOPを作ったのはどんな人なのだろう? お声がけさせていただいたのは文芸書ご担当のモギさん。まだお若い、可愛らしい女性だ。

「POPは私が作成しています。出版社から送られてくるものもありますが、手書きのものを足すことで更に効果があるかと思います」

 なるほど、モギさんがPOP職人だったのだ。若い女性ならではのやさしい書き文字がケータイ小説の紹介にもよく合っている。それにしても、気になるのはランキング。これはTSUTAYA全体の売れ筋ランキングなんだろうけれど、こちらのお店では少し傾向が違っていたりするのでしょうか?

「いえ、やはり同じですね。表紙を見ると、結構ピンとくるものから売れていくんですよ」

 「ピンと来るものから売れていく」とは、さすがプロの書店員さん。ところで、こんなふうにランキング化されていると、お客さんにはたいへん有り難い情報になりますね。

「そうですね。やはりケータイ小説は、それぞれの内容が接近してますから、どれを買えばよいのか悩まれるお客様も多いようです。人気のあるものが明示されれば、読者にとっても選びやすくなります」

 見れば、総合ランキング、ビジネス書ランキングなどランキングとともに本が並んでいる棚がちらほら。ランキングを掲示する書店はたくさんあるけれど、スペースを空けてランキングに沿った本の配置までする書店というのは大規模でなければなかなかない。レンタルCDやDVDのコーナーで先だってランキング順に並べるという戦略をとってきたTSUTAYAならではの棚作り。あくまで人気にこだわった品揃えに期待は高まる。

 お忙しい中丁寧にお話をして下さったモギさん、本当にありがとうございました!

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2008年5月 9日 (金)

ある意味頑張った船場吉兆

 社長自ら刺身を使い回したとは、なかなか思い切った行動に出たものだ。
 そう、船場吉兆使い回し事件である。
 吉兆となれば懐石。だから一品一品が客の前に置かれている時間は短い。とはいえ手を付けていない皿をすぐに下げるわけにはいかない。しかも刺身が出てくるのは先付け、吸物も続く3品目である。まだお酒が進んでいるころの皿だから、早くても15分近くは客の前に置かれていたはずだ。
 これぐらいの時間で刺身が変色するとも思えないが、生ものだけに社長の行為が料理人に与えたインパクトは大きかったろう。料理人の緊張の糸が一気に切れ、刺身が使い回せるなら焼き物はすべてOKだと思ってもおかしくない。

 新聞報道によれば、銀ダラやハモ、牛肉などの焼き物、さらにアユの塩焼きも使い回しされていたという。これらを自分が食べて気づけるかというと自信がない。まず、アユの塩焼きについては、夏に露天などで売っている鮎でさえ「ウマイ、ウマイ」と食ってしまうのだから焼き直しに気づくはずがない。銀だらにいたっては味の濃い粕漬けとかなら絶対2度焼きを見破れないし、塩焼きでも油が多い魚だけにムリ。牛肉なんて最初がレアに焼いてあれば、火を入れ直したってこんなものかと思いそうだし……。見破れる可能性が若干でもあるとしたら焼きハモだろうか。繊細な味わいだけにって、いや、よく考えたら味が繊細過ぎて、いつもどんな味か思い出せないのに見破れるわけない。
 となると私は船場吉兆でも特に不満はないってことになる。

 船場吉兆には訪れたことはないが、以前に京都吉兆にはうかがった。とても緊張する食事だったので味はよく覚えていないのだが、まあ、場を保たせるという意味合いではよい店だったという印象がある。京都吉兆とすれば同じ括りにされるのも癪だろうが、事件発覚前の船場吉兆も似たような評価だったのではないか。
 ネットの情報によれば、船場吉兆のお値段は、お座敷で懐石コース料理を食べると昼で26250円から、夜ともなれば36750円である。ここまで高くなれば客が求めているのは味だけではない。欲求は好みの分かれる味よりも、空間やサービスに向かっていく。会合に向いているかどうか、招待する自分のメンツが立つかどうかが重要なのだ。そういう意味では落ち度のない料理さえ出してくれれば、もだえるほど美味しくなくとも「名店」としてやっていける。
 ただし、こういった店で鳥肌が立つほど美味しい食事に巡り会うことはない。なぜなら料理人がだれるからだ。祇園の千ひろ、駒場東大前のミラヴィル、ジャック・ボリー時代のロオジエ、一口食べた途端身もだえた名店はどこかに緊張感が漂っていた。ギリギリまでウマイものを追求しようとする緊迫感が、温かなサービスと別に店を覆うからだろう。
 逆に社長自ら刺身を使い回した姿を見れば、厨房はソコソコの料理でいいかという気分に満ちる。残念ながら、そんな場から最高峰の料理は生まれない。

 以前、箱根で素敵なフレンチをだすホテルがあった。夜のフルコースはもちろん、朝のリゾットまで一切手を抜かなかった。20年ほど前、生まれて初めて食べたリードボーは、今でも鮮明に記憶に残っているほどだ。
 ところが10年ほど前にオーナーとシェフが経費削減の問題でもめ、シェフは独立して北海道に店を構えてしまった。そこから料理の味はもちろんサービスの質も低下していった。
 数年前に久しぶりに訪ねたら、もう店を包んでいた緊張感はまったくなく、以前のレシピをまねて作ったであろうトンデモない料理がテーブルに並んだ。当然、ホテルとしての付加価値はなくなり、値下げ競争の第一線で「活躍」するホテルとなってしまった。
 そんな凋落を目にしているだけに、20年前から緊迫感を失ってようもったな、と船場吉兆には妙な感心をしてしまった。(大畑)

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2008年5月 8日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第8回 残されたグラス

20a_24  先週の写真を縦に撮ったものだが、鏡があったであろう壁の前にグラスが置いてあるのが怖い。火災の勢いがすごすぎ、ほとんど人の痕跡など残っていなかっただけに、このグラスの印象は強い。歯を磨いたのか、あるいはコンタクトでも入れていたか、いずれにしても出火から13年以上、誰も触れることなかった品である。

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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2008年5月 7日 (水)

ショーン・キングストンはなぜモテる

男はイケメンに限る。ブタは論外!と明言する女性と話す

私:「あり」かどうか答えて。ジャスティン・ティンバーレイクは?
女:「あり」に決まっているでしょう!
私:クリス・ブラウンは
女:あり
私:でも彼ってそんなイケメンかなあ
女:あのね。イケメンというのは顔だけではないの。総合力なの。見かけのね
私:ジャミロクワイのジェイ・ケイは
女:顔の印象がない
私:でも総合力で決めるのではなかったの
女:でも顔は不可欠
私:矛盾してるよなあ
女:何ですって!
(議論白熱につき中略)

私:話を戻そう。チリペッパーズのアンソニーは
女:あり
私:フリーは
女:ポール・ロジャースのこと?
私:違う違う。チリペッパーズのフリー
女:……ない
私:何で?才能豊かだし
女:でも「ない」の
私:ロッド・スチュワートはどうだ。イケメンの代表だけど60歳だぞ
女:あり
私:そんな理不尽な。60歳……
女:イケメンに年齢関係なし。「ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール」見た。あの時のロッドのエアギターったら……
(独白が長いので中略)

私:U2のボノはどうなのさ
女:あり
私:でも彼はどう見てもイケメンではないし……
女:また言っている。総合力だって
私:でも先に「顔は不可欠だ」と君は
女:いいの!細かいことは。大金持ちだろうし
私:チリペッパーズのフリーも大金持ちだと思う
女:混ぜっ返さないで!
私:混ぜっ返してはいない!
(けんかにて中略)

私:ええい!だったらマドンナはどうだ
女:女性じゃない
私:確認まで。女性は「ない」でいいのか
女:……「あり」かも……
私:何で? それは男性として「あり」という意味?
女:というか貴方は男でしょ。あなたは「あり」なの
私:僕はゲイじゃないから
女:ゲイならば「あり」なわけ?
私:……本題からずれた。いよいよ本題だ
(本題に入る)

私:ショーン・キングストンはどうだ!
女:……
私:明らかにブタだしイケメンではないしガキでもある
女:……
私:どうだ。「ない」だろ?
女:……「あり」にする
私:どうして!君のポリシーに明らかに反する発言だ
女:でも彼はもてると思う
私:なぜ?彼がもてるというのは我々「もてない男同盟」の感覚からすると許されないのだ
女:「もてない男同盟」にはハナから興味ないから反論になっていません
私:ではブタだという点はどうだ。その一点で語り合おう
女:そうかな。PV見た限りでは結構踊れるじゃん
私:あれが踊りか。揺れているだけでしょう。BBキングみたいに
女:それに美女とうまく絡んでいる
私:僕はあれを絡んでいるとは認めない。単なる美女と野獣だ。美女の3倍ぐらい恰幅があるじゃん
女:それもまたよし。スラム街でもボディガードしてくれそうだし。だいたいそんな歌じゃなかった
私:歌うだけなら誰でもできる
女:でも守ってくれる人かどうかは別。あなたはショーン・キングストンと闘って勝てる?
私:……自信はない
女:イケメン云々もそう。あなたのいう「もてない男同盟」にショーン以上の顔がいる?
私:「以上」と言われると……
女:要するに美女と絡んだPVで売れているということは女が認めているという意味。少なくとも帰納法的に私の主張の方が正しいのは明々白々。参ったか
私:……参りたくない

-Post Postscript-
私:カート・コバーンは
女:何言ってるの。「あり」に決まっているでしょ
私:でも死んでいる
女:死んでいても追っかけたいの。生きている「もてない男同盟」より価値があるの!
私:そ、そんな……
(編集長)

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2008年5月 6日 (火)

今日のゲーム→VitaminX Evolution

 ついちょっと前まで脳内ブームだったときめきメモリアルGS2のおかげかどうかはわからないが、とにかくドット落ちが酷く修理に出すのもいや。というわけで買い換えました。二代目はシルバーです。

 さて、先週のテーマ『VitaminX Evolution』ですが、ちまちまとT6(教師6人組)ルートの全EDと一部キャラのシークレットEDが終了。
 感想としては、プライベート感想は最萌が違うキャラになったこと。二階堂先生(;´Д`)ハァハァ。
 お仕事感想としては、ボイスがフルではないのならもう少し内容があっても。せっかくPS2版でなかったT6ルートが解禁されたのならもう少しあっても……というのはわがままか?
 しかし、EDの種類も豊富、アペンドストーリーもいくつかあるということを考えると仕方がないか。見ていないおまけも豊富だし……と、おまけを見てみたらなんかすごいことになっていた。いろいろな意味で中の人お疲れ様。ライト→ノーマル→ヘビー→コアの順番で中身がヤバくなっている。中の人なんていないかもしれないけど、中の人お疲れ様です。
 ここは思い切って、ときメモのクリア後のご褒美ボイスも聞かなくてはならないのか……。罰ゲームだな。
 なんというかこのゲームは、各キャラのストーリーが全部違うし、サクサク進行できるなかなかの良ゲーだと思っていたが違ったようだ。
 このゲームは、おまけがいい。びっくりした。ここまで充実しているとは。まじめに見ていなかったが、こりゃすごい。声オタでも声好きでもないので音質など気にもならないが、こんだけボイス入れてるのならDSはもったいない。できればPSP移植の方向でお願いしたい。見る見ないは別として、買う買わないも別として。
 一本目が成功すると必ず2も出るが、こればかりはやめてもらいたい。本当にラスエス2でがっかりしている(ラスエス2ショック)ので、変な下心は出さないでもらいたい。既存のゲームで続編出すよりは、新しいゲームを作った方がファン獲得も大きいだろうし(だからといって関連商品を出し過ぎると客は引く)。
 ファン心理として、一作目で大ハマりした人はそこに思い入れが強くなるだろうから、下手に続編を作って前作よりもダウングレードしたら失望される。システムは既存のままにして設定等を別物にするくらいの勢いで行かないと面白いものは作れない。ただそうすると、名前だけを冠した別物ということで、それならば新作にすればいいのに……となる。ただ企業としては新しい物を作るより既存の物の続編を出す方が確実なヒットが見込めるのではないか……と考えてしまいそうだ。確かに、続編にすればそれから入った人は前作をやりたくなるだろうからソフトも売れる。ついでに関連商品も売れれば収益が見込める。続編に前作キャラを食い込ませれば、嫌でも前作がやりたくなるのが心理ってもんで。製作費の問題もありそうだし。
 今後も企業とユーザー心理が歩み寄ることはないだろうが、とりあえず続編や番外編を作るよりも一本でも多く新作を出して欲しい。そうしないと、女性向け恋愛シミュレーションゲームというジャンルの今後は暗い。

さて、テニスの王子様でもやるか!(奥津)

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2008年5月 5日 (月)

大道芸を見る!~In London~

 ここ数年、海外暮らしをしたり旅行に行ったりと海外づいている。今では飛行機禁断症状が出るようになった。 そんな話は置いておくとして、ロンドンへ行ったときのことだ。
 地下鉄に乗るために駅に向かって地下道を歩いていると、大勢のパフォーマーが自分の芸を披露していた。
 どこの駅かは忘れてしまったが、小規模なオーケストラ(いや、四重奏か?)が演奏していたのはすごった記憶が。人だかりもできていて、演奏も上手だったし一見の価値があると感じた。
 滞在期間中、いろいろなパフォーマーを見てきたが、彼らが首から何かを下げていたのが気になった。
 今から思えば彼らに聞けばよかったのかもしれないが、聞いていないので調べてみた。
 どうやら大道芸を見るならコヴェント・ガーデン(Covent Garden)が有名だそうだが、地下鉄(Under Ground)も負けていないらしい。
 その地下鉄で芸を披露している芸人(Busker)が首から提げているのは、2003年に導入された法の許可書。それ以前は無法で好き勝手行われトラブルもあった。そもそも違法行為。
 違法だったがロンドン地下鉄が法制化を働きかけ改正。それから演奏許可制になったそうだ。
 BuskerがPerformanceをするまでの手順はこうだ。2週間前からブッキング→オーディション(前科が調べられ、監視カメラのおまけ付き)→選ばれて晴れて地下鉄で演奏権獲得。
 東京都でもヘブンアーティストという登録制度をとっているが、そこでもオーディションがあるそうだ。さすがに前科まで調べられるかどうかはわからないが、合法的に芸を披露するためには道のりが長い。
 ただ、こうした手順を踏むことで、きちんと場所が与えられ時間内に思いっきり活動することができるのはBuskerにとってはいいことなのではないだろうか。特に大きな楽器を使って演奏するグループとか。それに、こちらとしても上手な人を見たい。
 上手な人といえば、同じく地下鉄構内で見たすごいパフォーマーを思い出した。
 ギターのサウンドに耳を傾けながら歩いていたところ、蛇遣いが吹いてるかのような、ピューッと吹くジャガーのような、不思議なサウンドが聞こえてきた。
 思わずその音の方を見ると、ナイスミドルという冠がぴったりの中年女性が縦笛(リコーダー)を吹いていた。 格好は小ぎれいな服装で、イギリス人のおばさんってこんな感じだよなぁ、という容姿。
 手にはリコーダー。そしてコインを入れる缶。どうやら彼女もBuskerらしい。演奏自体はヤバイ。はっきり言えないので英語で書くと、Not Good.
 正直、ビックリした。日本の路上にいる下手くそな歌手の歌以上の衝撃度。リコーダーで活動している人は見たことがない。前衛的すぎて通り過ぎてしまったが、あれから2年もたつというのに未だに忘れられない。猿にかまれたときよりも、だ。日本でもそれくらい前衛的な大道芸人に出会えるだろうか。
 さて、東京の地下鉄・東京メトロでも制度導入がされるそうで、そのためにロンドンを視察しているそうだ。 導入したら大手町駅構内や日本橋駅構内は広くて良さそうだが、面白い試み且つ、私の取材地域も土日に限らず行えそうなので、いち早く導入してもらいたいと切に願うところだ。(奥津)

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2008年5月 4日 (日)

冠婚葬祭ビジネスへの視線/第16回 みんなニコニコ霊柩車料金は無料

 こんな連載を持っているけれど、恥ずかしながら上京してからは通夜のお手伝いを一回した限りで、葬儀に積極的にかかわったことがない。よってここでどうのこうのと書いていても実情に全く即していないのではないか、そんな不安が日々付きまとっていた。
 しかし今回、通夜・葬儀とひととおり参列できる機会を得、行ってきましたよ落合斎場へ。見てきましたよ田舎と違う諸々を。

 式次第が進む中で、一番気にかかったと言うか笑ってしまったのは霊柩車の存在。

 落合斎場は、火葬場と葬儀式場が向かい合わせに設置された総合施設だ。葬儀から火葬に移行する流れはもちろん、火葬のみも可能だし、火葬後のお食事会を組み込んだプランも提供している。火葬場と葬儀式場が一緒になっている施設にお邪魔するのが初めてで、移動時間が少ないから楽だなあ、くらいに思っていた。葬儀が終わり、花を大量に棺に入れ、蓋を下ろして霊柩車へ。さあお旅立ちだ、と手を合わせたとき。

 ん?

 火葬場が目の前……ということは。

 そう、霊柩車は高らかにクラクションを鳴らして出発していった。ぐるりと回って火葬場ウラの入り口へ。故人が霊柩車に滞在する時間は、わずか2分。って、短いよ! そして合わせた手を元に戻したあと、遺族は歩いて向かい側の入り口から火葬場へ。うーん、遺族もバスに乗り込んで何分か揺られ、という図がないとなんだか物足りないなあ……まあ、この「なんだか物足りない」という感覚こそが、滞在時間2分の霊柩車を生み出したのであろうが。どう考えてもそのまま手移動、もしくはキャスター移動のほうが効率がよいのにもかかわらず、裏から回り込むという小技を使ってまでも霊柩車を使いたい。クラクションを鳴らす霊柩車に向かって手を合わせたい。積極的にそれをしたいと言うわけではないけれど、なかったならばなんとなく寂しい。判るような気もする。しかし、「霊柩車を見送り、火葬場まではバスに揺られて20分」の世界にいた小松には、不謹慎なユーモアさえ感じられるお旅立ちだった。

 問題は霊柩車料金。こんなんで金を取られたらたまらないと落合斎場(施行:佐藤葬祭)のホームページで調べたところ、セット料金の明細に「霊柩車使用料」はない。それはそうだろう、とひとまずほっとする。だがしかし、霊柩車料金は葬儀屋にとって結構重要な項目のはずだ。初期投資が半端な額じゃない分、遺族はラッキーだが、結局霊柩車自体は用意せざるを得ない葬儀社のほうが泣きを見ることになるのだろうか。当然、その分も配慮しての料金設定だろうが(おそらく火葬場の使用料などにそっと組み込まれている、多分だけど)。

 まあ、表面上は霊柩車料金がないから遺族はニコニコ。揉めない上に他の料金で上乗せできる葬儀社もニコニコ。しかしこれは「葬儀には霊柩車が必要である」という常識が浸透しているからこそ成り立つものだ。小松が遺族だったら「こんな距離で霊柩車使うのなんてばかばかしいじゃん。その分安くなんない?」とゴネてしまいそう。え、葬式代をまけろだなんてバチがあたるって? そんな常識も、確かにアリマシタネ。(小松朗子)

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2008年5月 3日 (土)

書店の風格/第3回 ときわ書房IY船橋店

 ときわ書房は本店をはじめ15店舗を構える、千葉県船橋市を中心に展開している書店だ。チェーン店とはいえ、それぞれの書店に特徴がある。例えば船橋駅南口から徒歩1分の本店は3階建て、老舗を思わせる風情を漂わせている。1階は雑誌、文芸、ビジネスなどの話題書が並ぶ。一般的な品揃えかと思いきや、サブカル系の品揃えにこだわりが見える。漫画論、風俗論、犯罪論などの本が並ぶ中、平積みされてある「たのしい中央線 vol.5」。ここは船橋では? 

51df0tuc3ol_sl500_aa240_  2階はさらにコミックとライトノベルが所狭しと置いてある。さらに3階はレンタルと、船橋の若者を支えるラインナップ。船橋にいながらにして中野にスリップしたかのような感覚がある。とにかく好みの本が多くて、2時間でも3時間でもいれる(仕事しろ!)。

 そんな「濃い」本店の裏、イトーヨカドー内にあるのがときわ書房IY船橋店だ。こちらはショッピングセンター内ということで、児童書中心の優しい優しいラインナップだ。児童書の棚の前にはスペースがゆったりとってあり、大きい絵本を開いてもそこかしこにぶつかる心配がない。なお、毎月第4日曜日にお話会が開かれたり折り紙教室があったりと、お母さんと子供に嬉しい空間が出来上がっている。

Ts3g0009  そして店内に珍しい案内版を見つけた。
 「アメつかみ大会!」
 本を買ったら整理券がもらえ、アメをたくさんわしづかみにして1位になったら図書券5000円分がもらえると書いてある。何とも豪華だ。
 「この大会は、ときわ書房全店でやってますよ」
 今回お話に応じて下さったのは、文芸書担当のKさん。今度出版されるケータイ小説『どこかで』のご案内にお邪魔したというのに、魅力的なイベントに惹かれてついついこちらが質問してしまった。話題をもとへ。こちらのお店では、ケータイ小説は売れていますか?

 「はい、やはり人気がありますよ。最近は小学生も、買っていきますね」

 「急激に売り上げが落ちてきている」といわれるケータイ小説だが、そんな事情は関係なく、売れるところでは売れているのだ。それにしても小学生とは恐れ入った。小学生でも『恋空』を読んで共感したり、泣いたりできるものか??

 「いえ、やはり小学生は恋愛ものよりも少しコメディータッチのものを好まれるようです」

 そう言ってKさんが例に出して下さったのが『妖精なアイツ』(スターツ出版)。出版社のサイトによると、自らを「妖精」と名乗る、ちょっとアヤしいイケメン高校生と主人公の女の子とのラブコメストーリーらしい。なるほど、売春だとか麻薬だとか自殺だとかいう過激な内容は出てこないようだ。コレなら親御さんも安心だろう。そして「まだ出たばかりですが」と紹介して下さったのが、ホラーものの『誓い』(双葉社)。同著者が書くホラーシリーズの最新作だ。

 「やっぱり、新刊が出たらそれから手に取る子が多いですね」

 若い感性は貪欲だ。次々と新しいものを求めていく。ということは、新しいものを出し続ければ、まだ勝ち目はあるということだろうか。
 おいとまを告げて、雑誌コーナーにチラリと目を遣った。ティーンズ向けの雑誌がズラリと並び、そして雑誌からとびだしてきたかのようなおしゃれ少女達が食い入るように雑誌を覗き込んでいる。彼女たちのフィーリングに溶け込んでいけたら、どんなに物作りはラクだろう。しかしそれはできない。できないながら、彼女たちの欲するものを敏感に感じ取って品物を取りそろえることができるお店もあるのだ。それは、若いお客様と日々接する中で生まれた書店員さんの感性が、自然と「売れるもの」に向かっているからではないか。そんなふうにも思えた。

 ご多忙にもかかわらずにこやかにお話を聞いて下さったKさん、本当にありがとうございました!(奥山)

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2008年5月 2日 (金)

『吉原 泡の園』第63回/マネジャーの降格

 店長が飛んでから、ますますR店の団結力は緩みガタガタの状態に陥った。そんな中、店内改装は着々と進み、グランドオープン間近となった。マネジャーがトップになって指揮していくなんていくらなんでも無理、と首脳陣はやっと分かってきて、急遽、姉妹店からグランドオープンに向けてスタッフが派遣された。
 Rグループ内最高値を誇るE店のスタッフ2人が助っ人として紹介された。1人はスラリとした体で笑顔を絶やさないさわやか系ボーイSさん。もう1人は会長の実の息子であり、将来はRグループの跡取りと目されるMさん。Mさんは僕よりも4、5歳は若かったと思う。ただ、色々苦労したらしく貫禄はある。僕を含めR店の古株連中もMさんの指示に従う事で一致した。
 そんな中、Kちゃんは。
「あのM、ただ口だけで粋がってるんじゃないの」
などと言っていたが、Mさんの支持に従うことに抵抗を示さなくなるまでそう時間はかからなかった。
 Kちゃんが理由もなく屈したわけではない。時間とともにMさんの人間的魅力に惹かれていったからだった。ミスばかりを責めるのではなく、良い部分を見つけ、認めてくれる。僕も次第にMさんが好きになっていった。
 マネジャーも会長の息子であるMさんには歯向かえず、Mさんのお気に入りのSさんにまで媚を売っていた。
 そんな助っ人組の2人だったが、グランドオープン後にはR店のスタッフとして正式に働く方針を会社が打ち出した。Mさんが新店長になるというのだ。これで毎日食費代2000円が確実にもらえることになった。義理風呂も大半は店が持ってくれることを承諾してくれた。
 さて、ここで問題が起きる。今まで大威張りしてきたマネジャーが、Sさんと同等の主任に降格され、R店に2人の主任が存在することになったのだ。ただ、M店長の側近であるSさんの方がボーイからの支持から高かった。Sさんはもともと陸上自衛隊あがりで、根性はある。それに加えてさわやかな笑顔が売りでもあった。そのうえ義理にも人情にも厚いのだから、マネジャーより人気あるのも当然だった。
 新店長Mさんは会長の息子であり、限度額無限のブラックカードと呼ばれる代物まで持っていた。しかもケチな金持ちではかった。毎晩仕事が終わると、飯代2,000円とは別に、僕とSさんだけにコンビニでカゴ一杯好きなものをジャンジャン買ってくれた。それでもここに辿り着くまでの貰えるべき食費やらボーナスを考えるとまだまだマイナスだったのだが、とにかく生活は一変した。
 また新店長は白塗りのベンツに乗っていた。Bクラスくらいのものだが、自分で仕事をしてきて貯めて買ったものだという。忙しいときなどには送迎車として使わせてもらい、運転する機会も少なくなかった。
 ベンツに飛び乗り、客の待つ場所に勢いよくかっ飛ばす。そんな様子を目に留めても、
「人にぶつかりそうになったら、よけて壁にぶつけろ」
 などと男らしいことをいうのだった。
 今までの幹部とは言葉も態度も180度違う。時々マネジャーが怒りを顕わにすると、それすらなだめるのである。
 そうやって生活もよくなり始めていくなか、R店の改装が終わり、店名も「S」へと変わった。一から出直すという意味も込め大看板は白になった。新しいシンボルマークは花の画。
 グランドオープンまで、もうわずかな日数を残すだけとなった。(イッセイ遊児)

※次回の『吉原 泡の園『』は5月30日になります

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2008年5月 1日 (木)

ホテルニュージャパン火災後の廃墟・第7回 真っ黒にすすけたタイル

20a_25  火元に近い部屋のバスルームはススで真っ黒に汚れていた。タイルこそ割れていなかったが、陶器の洗面台は何かでたたき割ったのかと思うほど粉々に砕かれていた。風呂の蛇口付近で色が変わっているのは、水道管から水がもれだしたからだろう。ひたすら不気味だった記憶がある。

※ここから先の記事は…

『あの事件を追いかけて』(本体952円、アストラ刊)にてご確認ください。

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