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2008年3月 7日 (金)

遺された人びとが見つける「宝石」

41chtpgebl_aa240_  一生うち家族や友人の死に直面しない人はほとんどいない。つまり「遺された人びと」のほとんどは、いつか身近な死を乗り越えていく。ただし簡単ではない。特に事故や自殺などの突然の死は遺族たちを深い絶望の淵に追いやってしまう。
 それでも「大切な人の死と向き合う」ことには、なにがしかの意味があると『遺された人びとの心の声を聴く』(中島由佳利 著 三一書房)は教えてくれた。

「人は悲しみのなかに、宝石を発見することがあるんですよ。心のなかガレキを磨いていくと出てくる、悲しみのなかにある人間のいとなみの肯定的な要因を見つけ出すことがあるんです」

 これは本書で紹介されている精神科医の平山正実・聖学院大学教授の言葉だ。
 本書で「宝石」の具体的な内容が明らかになっているわけではない。そもそも光りによって輝きの変わる「宝石」を簡単に例示することは難しい。ただ「遺された人びと」や彼らに寄り添い「グリーフケア」をする人への取材から、死と向き合うことで生まれるある種の希望を感じられるのは本書の魅力のひとつだ。

 夫を過労死でなくした女性に取材したとき、過労死の遺族の会がどれほど慰めになるかお聞きしたことがあった。スッと背筋を伸ばし、夫を死に追い込んだ社会の矛盾と闘っていた女性だっただけに、「やっぱり気持ちが通じるから落ち着くんですよ」との言葉にはハッさせられた。もっとも身近な人の死を抱えながら、それでも前を見て闘い続けることの大変さと残酷さを、その一言が物語っているように感じたからだ。

 幸いにして私は恋人や妻を亡くしたことも、友達を喪ったこともない。父は57歳と比較的若く亡くなったが、存分に楽しんだ人生だっただろうと感じるせいか喪失感はない。「遺された」者の喪失感を味わうのは、きっとこれからなのだろう。そのとき自分が「宝石」を見つけられるかどうかは分からない。ただ、そんな可能性があることに正直ほっとした。

 著者の中島さんには、小誌でも原稿をお願いしたことがある。国内のクルド人難民問題についてだった。活力に溢れた方だったが、丁寧な取材をする人という印象があった。その印象は本書を読んでも変わらなかった。

「わたしたちは、幸せな家族だった、ということなんです。じつはとても単純なことなんですけれど、家族が幸せだったということは、夫も幸せだったんじゃないかな、ということに気づいたんですよね……」

 夫を突然亡くした女性から、こうした言葉を引き出すのは楽ではない。取材用に用意した言葉ではなく、実感がフッと口からもれたような自然な言葉。それは取材というより、遺族を支える仕事で重要だとされる「心で寄り添う」記者の姿勢が生みだした言葉だと感じた。

 こうした取材者の手触りが残る本は大切にしたい。
 役立つ情報が羅列してあるわけでも、ハラハラドキドキするわけでもないが、心のどこかをそっとつかまれる。そんな作品を世に出し続けることも出版社の重要な役割だろう。(大畑)

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